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2021年12月31日金曜日

選んだ1枚が未来を形作る

今、御持ちのワードローブはすべて、過去にあなたが選んだ結果です。

選択の基準は人それぞれでしょう。
値段で、あるいは色で?
それとも自分らしいと感じたから、または着ると楽だから?
誰かがお勧めしていたから、もしくは誰かみたいになりたかったから?

いずれにせよ、その選択の基準にのっとって選ばれたものたちによって、
あなたのワードローブは作られています。

この過去の選択の結果、あなたの未来は形作られます。
行きたいと思った場所へ行くのにふさわしい服、靴、バッグがあれば、あなたは迷わず、すぐさまそこへ行けます。
堂々と、自信を持って、望みの場所に立つことができます。

教師は教壇に、
畑を耕す人は畑地に、
役者は舞台に。

スタイリッシュなインテリアのカフェに行きたい人はそのカフェに、
いつも前を通り過ぎる、センスのいいお店に入ってみたい人はそのお店に。

過去の選択があなたの行動力にエネルギーを注入します。
ですから、望みと行動が一致している人は、
自分のワードローブが完璧だということです。
あなたは行動し、何かを経験するために地上で生活しています。

では失敗したワードローブとはどんなものでしょうか。
それは、あなたの行動と経験を制限し、
自分らしさから離れ、誰かのアイデンティティにのっとられ、
着ていないものばかりがたくさん詰まったワードローブです。

そんなワードローブはあなたの生活を心理的にも、経済的にも圧迫します。
あなたは常に満たされない思いを抱え、
次から次へと新しいものを買うことこそが解決の道だと勘違いするかもしれません。
けれどもそれは何の解決にもならず、
さらなる打撃と悩みと自己嫌悪をあなたに与えるだけでしょう。

未来の行動と経験を変えたいのなら、
ワードローブ選びの基準を変える必要があります。

好きな仕事をしたいのなら、好きな仕事にふさわしいものを、
自分らしく生活したいのなら、自分らしいものを、
楽しくなりたいなら、自分が楽しいと感じるものを
選択の基準にする必要があります。

選択の仕方を変えれば、未来は変わります。
変えないのなら、明日は今日の続きです。

変えると決めたならば、
いつもと違う基準で選ばれた一枚のシャツがあなたの行動を変えるでしょう。
そしてその行動の積み重ねによって、未来は違う方向へ動き出すでしょう。

もちろんなんでも選択できるわけではありません。
肉体と資金と時間は限られています。
それでもまだ、工夫次第で選択の余地はあります。

違う景色が見たいのなら、違う選択を、
そのままでいいならそのままで。
自分で自分に対してベストなプレゼントができるように、
明日からまた、着るものを選んでいきましょう。

2021年12月15日水曜日

みんな「いいね」が欲しいんだ!

いろいろ勉強して、たまには誰かに習ったりして、
おしゃれのコツがわかるようになって、
練習の段階が終わり、実地訓練だとばかりに、
おしゃれして本番にのぞみ、その回数がふえてくるころ、
感じ始めてくることがあります。

誰かから、何か反応がないかな、と。

それは「素敵」や「おしゃれだね」という誉め言葉かもしれません。
または、具体的な誉め言葉ではなくても、「どこで買ったの?」という質問かもしれません。
そしてSNSをやっている方の場合は、それは「いいね」や💛マークでしょう。

やったならやったなりの、何らかの反応が欲しいもの。
しかもそれはできうるならば、いいものであってほしいもの。

それなのにどうしてなのか、これがどこからもなんとも反応がかえってこないのです。
友達からも、家族からも、たまたま出合った人からも。

そうするとあなたは悩みます。
このおしゃれは間違っているのだろうか?
単なる自己満足だったのかしら?
それとも逆に変だった?
などと想念が頭の中を駆け巡ります。

けれどもご安心ください。
ほとんどの人は褒めてなどくれないのです。
あなたのおしゃれに対しては、SNSにアップした猫ちゃんよりも、
反応が薄いのが常なのです。

なぜでしょうか。
それは皆、褒められ慣れていないから。
褒められなれていないから、誉め言葉が思いつかないから。

思い出してみてください。
あなたは常日頃から誰かに向かって、
「素敵!」「おしゃれだね!」と言っているでしょうか。
ここでよく言っている方は、いい反応をそれなりにもらっている方でしょう。
それでもそれは出した分だけのエネルギーが戻ってきたわけではありません。
送電線を通る電気のように、それはところどころで漏れて、全く同じものは戻ってきません。

言わなければ言わないほど、何も反応はありません。
まれにおだてたい人もいるので、そういう方からは思ってもいない言葉を聞けるものですが、心から出てきた誉め言葉はなかなか返ってくることがないでしょう。

残念ながら、これは不思議な宇宙の法則です。

ではどうしたらいいか。

褒めてほしかったら、まずは誰かを褒めるところから始めましょう。
友達、家族、そして鏡の中の自分自身を口に出して褒めてみましょう。

そうこうしているうちに、少しずつその投げたボールは返ってきます。
投げた回数よりは少ないけれども、それでも投げなかったころよりは多いはず。

お金は一切かかりません。
やってみる価値はあります。

慣れない人ほど、褒め言葉を言葉にするのは難しいもの。
まずは練習が必要です。

一種の天才を除いては、褒め言葉でさえ、それは練習して習得するもの。
そして褒められ方も、同じように練習してみるといいでしょう。

「いいえ、そんな」とか言わずに、素直にその言葉をいただきましょう。
それが誉められ上級者というものです。

「いいね」が欲しかったら、誰かに「いいね」すること。
そして誰もが「いいね」が欲しいと覚えておくこと。

これは誰でも実行可能な簡単な方法です。





 

2021年12月8日水曜日

「年齢はただの数字」ではない

 「年齢はただの数字」とよく言われます。
私も長いこと、そのように考えていました。
しかし最近、これはちょっと違うのではないか、と思い始めました。

自分のことを振り返ってみたときに、
10代のころに着ていたもの、20代のころに着ていたもの、30代のころに着ていたものと、それぞれ年代によって違いがあります。
その年代にはその年代なりの装いがあり、それを楽しむことができました。

10代、20代、30代、
「年齢はただの数字」などと言う人は周囲にいませんでした。
年齢は成長のあかしであり、どこまで頑張ってきたかを知るための指標でした。

それが40歳を過ぎるころ、それは単なる数字にすぎないと、
急に言われるようになります。

そう言われたところで、自分が過去に積み上げてきたものが崩れてなくなるわけでも、
消したい過去が帳消しになるわけでもありません。

10代のころ、20代のころ、30代のころ着ていたものがあって今があります。
それなしでは今には至っていません。
その指標である年齢を意識することは、これから先の未来を考える際には重要です。
なぜなら、私たちはずっと若いままの肉体と容貌で、
好き勝手に好きなものを好きなだけ着られるわけではないからです。

ただし、これは自分だけの指標です。
他人の45歳と私の45歳は比べても意味がありません。
人生の長さは人それぞれ違います。
肉体の変化も、容姿の変化も人それぞれ。
またそれだけではなく、若いときに好きなものを買える人、
40代を過ぎてから自分の好きなものを自分で買えるようになる人のように、
経済的な問題も人それぞれです。

これまで何を選んできたのか、
その中で何が残っているのか、
何が残らなかったのか、
何を着ることができたのか、
何を着ることができなかったのか、
これから着られそうにないものは何か、
これから着たいものは何か、
これらについて、年齢を指標に、
過去を見直し、
未来に思いを馳せれば、
あなたがこれから何を選び、何を着たいのかが見えてくるでしょう。

「年齢はただの数字」だと思っていると、あっという間に年を取って、若さは失われてしまいます。
また、「人生100年」といっても、のびるのは若い肉体の時期ではなく、年老いた老齢期の時間だけです。

人間の一生は有限です。
好きなものを好きなように着られる時間も限られています。
今のあなたの姿は永遠に続きません。

誰かと自分の年齢を比べる必要はありません。
けれども、年齢をただの数字として取り扱わないほうがいいでしょう。
そうではなく、大事な自分だけのフラグとして利用しましょう。
未来の誕生日にフラグを立てつつ、
自分だけの壮大なワードローブ計画を立てましょう。

2021年12月4日土曜日

大人のひと工夫

 老若男女、カジュアルなTシャツ、ジーンズ、スニーカーを着用するようになりました。
またそれは以前は着てはいけなかったような場所へも着ていけるスタイルとなりました。

以前ほど堅苦しいドレスコードを要求される場面はなくなり、
どこへでもカジュアルなウエアで気後れすることなく行くことができるようになりました。

カジュアルウエアには動きやすい、快適である、どこでも手に入れることができるなど、
メリットはたくさんあります。

しかし、人によってはデメリットも生まれました。

大人、それもいい年の大人の場合、若いはじけるような肉体のお隣に、
全く同じTシャツ、ジーンズ、スニーカーで並ぶと、
どうしても見劣りするのです。

洗いざらしのTシャツも、色あせたダメージジーンズも若さをより一層際立たせますが、
若くない人が気を付けないままにそれを着用すると、
目立ってくるのは同じような「くたびれ」加減です。

若い肉体のお隣で、同じカジュアルウエアを着て、若い人と同等に素敵に見せるのは、非常に難しいのです。

全く同じものを着てお隣に並んだら、若い人の引き立て役になること間違いなしでしょう。

そこで必要なのは大人のひと工夫です。

わかりやすいのは、クオリティを上げる方法。
布帛のスニーカーを皮革のものに、
カットソーのボーダーシャツをコットンカシミアのニットのものに、
ダメージジーンズはやめて、きれい目のチノパンに、
こんなふうに全体のクオリティ、端的に言ってしまえば、少々お値段がはるものを取り入れれば、少しは安心して若者のお隣に並ぶことができます。

もう一つの方法は、ジュエリーやアクセサリーを付け足すこと。
簡単に言うと、輝きをプラスすること。
いい年の大人が失ったのは肌の輝きですから、それをジュエリーで補うのです。
華奢なジュエリーでは輝きが足りないので、大ぶりの指輪やバングルのほうがいいでしょう。
きらめきが、いい年の大人を救います。

そして最後にできる方法です。
それは、カジュアルな格好の人が多いところへはカジュアルな方法では行かないこと。
つまり、外すこと。
同じになったら、見劣りしますから、もう同じところへ同じ格好では出ていかない。
ここはきっと、みんなスニーカーで来るだろうなと思ったら、そこはスニーカーははかずにサンダルにする、ジーンズはやめてタイトスカートにするなど、とにかく他人とかぶらないように外しまくります。

私のお勧めは3番目。
とにかく比べないこと、競争しないこと。
比べなければ、気まずい思いをすることもありません。
競争しなければ、負けることもありません。

ひと工夫できる知恵。
それがいい年の大人である印です。
ただ漫然と選ばないで、考えてから着ていく服を選ぶ。
それだけで随分と違って見えます。

カジュアル化の波はもうとまらないでしょう。
より一層進んでいくだろうと思います。

それならばなおのこと、一工夫を忘れずに。
それがいい年の大人の貫録であり、素敵さです。