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2013年6月24日月曜日

バッグの色の選び方

昔のルールでは、
バッグと靴の色は合わせることになっていました。
しかし、今では、必ずしもそうする必要がないと考えるのが一般的です。
ただ、それならば好きな色を適当に持ってくればいいかというと、
そういうわけではなく、ちょっとした法則があります。
何パターンかあるので、
順に説明していきます。

まず、バッグの色を靴と同じにする。
今では必ずしもそうではないといっても、
やはり基本はこれです。
何色のバッグを買えばいいかわからない場合は、
とりあえず一緒にあわせようと思っている靴と同じ色のものを選んでください。
特に、黒と茶については、靴と同色のほうがあわせやすいです。
また、よりオフィシャルな感じを出したいときは、
黒い靴に黒いバッグ、茶色い靴に茶色いバッグにしたほうがよいでしょう。
黒と茶色については、昔から一般的な靴の色です。
その黒と茶の靴に、オーソドックスな形のバッグをあわせる場合は、
やはり昔からのルールどおり、色は合わせたほうがよいです。
失敗はありませんし、どこへ出ても恥ずかしくないスタイルとなります。

次に、バッグと服の色を合わせる。
靴の色と同色ではなくても、服の中の1色を使うのも、
取り合わせとしては簡単で、しかもおしゃれに見えます。
この場合、たとえば全身が黒と茶のコーディネイトだった場合、
靴は黒、だけれどもバッグは茶色を持ってきても大丈夫です。
また、バッグを黒と茶のバイカラーや、黒と茶のひょう柄などにしてもよいでしょう。
統一感があれば、問題ありません。

3番目に、差し色としてバッグの色を選ぶ。
バッグの中でも、特に、実用というよりアクセサリー的な要素の強いもの、
たとえば小さなクラッチバッグやパーティ・バッグ、、ボディ・クロス・バッグなどの場合、
全体のコーディネイトの差し色として、
バッグにまったく違う色を持ってくることもできます。
たとえば、黒一色のコーディネイトのネオン・ピンクの小さなバッグ、
グレーのグラデーションのコーディネイトに赤いバッグなど、
色をきかせることによって、おしゃれ具合は増します。

最後に、全体のコーディネイトや靴とは関係ない色。
これは、たとえばかごバッグや布のバッグ、銀や金のビニールワイヤー・バッグなどです。
ラフィアやつる植物の色合いは決まっているので、
全体とはまったく関係がない色でも、問題ありません。
銀や金のバッグも、どちらかといえばアクセサリーなので、
銀や金のジュエリーをあわせるのと同じ感覚で使えばいいでしょう。


全体的に言えることは、
オフィシャルな雰囲気を出したい場合、色を合わせ、カジュアルな場合は色を合わせる必要がないということです。
選んだ靴が黒や茶色のローファーや、クラッシックなパンプスの場合、
色を合わせると、より一層オフィシャルな感じは出ますし、

靴がカラフルなサンダルやエスパドリーユ、スニーカーなどの場合、
バッグの色を合わせる必要はなくなります。
また、バッグ自体も、ピンクや黄色、グリーンなどの色もの、
または白い場合、靴や服と合わせる必要はなく、
アクセサリーや小物を付け足すように、色を付け足すと考えればよいでしょう。

こうやって考えていくと、
バッグの色合わせはかなり複雑です。
よくわからない、考えるのがいやな場合は、
とりあえず同じ色を選ぶのが、もっとも無難な方法です。
また、靴は黒か茶のみなどという場合は、
黒と茶の2色使いのものを持っておけば、
黒の靴でも、茶色の靴でも、両方使えますので、便利だと思います。

ここ数年、ある特定の、いわゆるブランドもののバッグを、
どんなスタイルにでも合わせるという人が多いですけれども、
あれは決しておしゃれではありません。
バッグの色のことなど、考えていないという証拠です。
工夫の跡が見られません。
それに比べたら、
ブランドものでなくても、
高くなくても、
自分で考えて、選択した色のバッグを持つほうが、ずっとおしゃれに見えます。

あなたがほかの人に伝えたいのは、ブランド物のロゴではないはずです。
そこから脱するためには、とにかくまず自分で考える、
そして試してみることです。
絶対的な答えがあるわけではありません。
いろいろ実験してみるうちに、自分なりのしっくりくる靴とバッグの色合わせのルールが見つかるでしょう。
そのルールが見つかるまで、探し続けてください。
あきらめなければ、見つかります。

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2013年6月17日月曜日

足もと(素足、ソックス、ストッキング)

足元というのは、決して装いの主役ではないけれど、
忘れるわけにもいかないところです。

足元、つまり、ボトムから靴までの間は、
素足、
ソックス、
ストッキング(タイツ)
の可能性が考えられます。

この足元、どうしたらおしゃれに見えるかにも、
実はルールがあります。

まず、ソックスです。
ソックスを選ぶときに重要なのは、その色です。
ソックスの色選びの基本は以下のとおりになります。

まず、靴と同色、または同系色。
次に、ボトムと同色、または同系色。
最後に、差し色、です。
これはタイツの色選びも同じです。

靴やボトムと同色にすることによって、
色による脚の切れ目が少なくなり、
脚がすっきり、長く見えます。
ですから、そういう効果をねらう場合は、
このどちらかにするといいでしょう。

もう一つの方法はソックスに差し色を入れる方法です。
たとえば、帽子、マフラー、バッグなどと同じ色を
ソックスにも使用します。
色だけでなく、
水玉のスカーフと水玉のソックス、
ストライプのマフラーとボーダーのソックスなどをあわせてもおしゃれです。
これはどちらかといえば、上級テクニックですが、
ソックスは気軽に取り入れやすいので、誰にでもでもできてお勧めです。

次に、素足にするか、ストッキングにするかの問題です。
足元を素足にすることにより、
抜け感が生まれます。
ストッキングも同じように肌色ではありますが、
抜け感という点では、やはり素肌にはかないません。
また、サンダルなどの場合、素足にきれいに塗られたネイルは、
それだけで美しいです。

ただ、あらたまった場においては、ストッキングのほうが好ましく思われるでしょう。
また、服装全体がコンサバだったなら、
素足よりはストッキングを選ぶのではないかと思います。
日本は靴を脱ぐ習慣がありますから、
どこかへ上がるとわかっているときは、
素足だと、やはり少し気まり悪いです。
(ただ、その場合はソックスを持参して、上がる前にはけば、その問題は解決します)

ただ、いくらファッションがコンサバとはいっても、
真夏のサンダルにストッキングは、少し暑苦しいと思います。
外国に行くと、肌色ストッキングをはいているのは日本人と思われているらしいですが、
暑いのにわざわざ肌色のストッキングというのは、
おしゃれかどうかという点では、少し落ちます。
ただ、これも、ストッキングをはかなければいけないルールがある会社などもあると思いますので、
その場合は、もちろんそれに従っておいたほうがよいでしょう。

真夏のストッキングではなく、寒い季節の、
黒いシアーのストッキングは、脚をより美しく見せてくれるので、
おしゃれ度は上がります。
真冬だからといって、どこでもいつでもマットなタイツをはくというのではなく、
全体のスタイルを見て、使い分けするとよいでしょう。

最後に、最近、ミニ丈のボトムが台頭してきたために、
よくはかれるようになったレギンスとトレンカです。

レギンスとトレンカのほとんどは黒ですが、
やはりこれも、どんなスタイルにでも黒いレギンス、トレンカでは、
おしゃれではありません。
ただ単に実用ではいているようにしか見えません。
特に、ソフトなシフォンのような素材のパステルカラーのふわふわしたミニスカートやホットパンツに、黒いトレンカは興ざめです。
レギンスやトレンカもソックスと同じように、
靴、またはボトムとつながるような色を選ぶときれいです。
だからといって、パステルカラーのトレンカというのもないでしょうから、
その場合、レギンスやトレンカはあきらめて、潔く脚を見せるか、
またはニーハイ・ソックスを選んだほうがよいでしょう。

逆に冬場などの、黒いミニスカートやホットパンツに黒いレギンスやトレンカは、
いろいろな意味で効果的です。
黒に黒をあわせることで、
脚にコンプレックスがある人でもかなり補正できますし、
人の目もごまかせます。
もちろん、腰から下が長く見えます。

「美は細部に宿る」と言います。
トータルでコーディネイトするためには、
細部までチェックしなくてはなりません。
それができていないと、つめが甘くなり、
完成度が低くなります。
紙の束の角をあわせるように、
足元の選択をきっちりすると、
全体が引き締まります。

ソックスやタイツは、決して高いものではありません。
手軽におしゃれを楽しめる、小さな部分です。
小さな部分を、手抜きせず、
きちんと丁寧につめていく。
その積み重ねが、おしゃれです。







2013年6月10日月曜日

カーディガン

カーディガンを今現在、持っていない方はいらっしゃるかもしれませんが、
今まで一度も着たことがないという方はいらっしゃらないと思います。
また、ファッションがコンサバでも、モードでも、
カーディガンの形やスタイルに大きな差はありません。
もちろん、中にはデザイン性の高い、
オーソドックスなカーディガンからは程遠いデザインのものもありますし、
時代によって、体に対するフィット加減は違いますが、
それでもなお、カーディガンというものは、
年齢を問わず、時代や流行を超えて、
誰でもが持っている、稀有なアイテムだと思います。

そんなカーディガンですが、なにがカーディガンかというと、
定義は簡単です。
ニットで前あきのもの、これだけです。
考案したのは、イギリスのカーディガン伯爵で、
カーディガンという名称は、この伯爵の名前が由来です。

ニットで前あきのものすべてがカーディガンなわけですが、
前あきの形はVネック、またはクルーネック、
そして、中には襟つきのものもあります。
また、ボタンもあるものと、ないものがありますが、
基本的にはボタンどめです。
袖は長袖がほとんどで、まれに半袖のものもあります。
あとは、そのときの流行のシルエットがあるのみで、
タイトなものもあれば、大きなものもあります。

デザイン性が高いものは、ないわけではありませんが、
ほかのアイテム、たとえばワンピースやジャケット、シャツほど、
大きくデザインされたものはあまり好まれません。
その理由は、カーディガンが、寒いときの羽織ものという位置づけにあるからだと思われます。
そのために、その羽織ものとしての機能が失われるようなデザインは嫌われます。
ですから、形のデザイン性よりも、たとえば色であるとか、刺繍による装飾などによって、
バラエティが作られています。

また、カーディガンは1年を通して使えるアイテムです。
真夏の日本でさえも、冷房の風から体を守るために、カーディガンは重宝します。
素材を変えれば、1年間、どんなときにも使えます。

そして、カーディガンは、そのボタンの存在により、ふつうのセーターより、
あらたまったイメージを醸し出します。
特に、ツインセットとしてカーディガンを着れば、より一層ノーブルになります。

1年じゅう使える、流行による変化があまりない、羽織ものとしての機能性、1枚でも着られる、
色のバラエティの豊かさがあるなど、
カーディガンは、白シャツと並ぶ、最強のアイテムの1つなのです。

そんなカーディガンですが、大人が選ぶとしたら何に注意したらよいでしょうか。
まずは素材です。
シンプルなデザインのカーディガンであればあるほど、
素材が目立ちます。
冬のカシミア、夏の海島綿など、上質な素材のものを選び、
丁寧に扱えば、何年も長持ちします。
買うときは、値段が高いと感じるかもしれませんが、
ごくごく普通のシンプルなものを選べば、結果的に、それは決して高くはない買い物です。

そして、次は色。
カーディガンは、自分がいつも使うメインの色のものを選ぶのもいいですし、
差し色の色を選ぶのもお勧めです。
肩にかけたり、腰にまいたりという、小物としての使い方もありますので、
そのときは、差し色のものを選ぶと、全体のコーディネイトが決まります。

そして、そんな上質なカーディガンをよりノーブルに着こなそうと思うのなら、
首元にシルクのスカーフや、パールやターコイズのネックレス、ダイヤモンドのペンダントなど、
やはり上質なアクセサリーを持ってくるとよいでしょう。
また、丁寧で豪華な刺繍などがされているものは、アクセサリーがなくても、
それだけで絵になります。

また、カーディガンはもちろんシャツの上に羽織ってもよいものですが、
シャツではなくて、女性が下着やキャミソールの上に直接、着ると、
それは男性にはできない着こなしであり、セクシーです。

カーディガンは、なんてこともないアイテムです。
子供から大人まで、男も、女でも、誰でも着ています。
そして、そんなカーディガンだからこそ、慎重に、じっくりと選んでほしいと思います。
なぜなら、ここにはパラドックスがあるからです。
誰でも着ているものだからこそ、誰とも違うように見せることができるということ。
簡単だからこそ、難しいということ。
男女の性別のないアイテムだから、より一層、女性らしく見えるということ。

まずは自分にぴったりのカーディガンを見つけましょう。
そして、その次の段階は、
上記のことを意識してみてください。
誰もが着ているもので、どれだけ自分を表現できるのか。
何の変哲もない形のいカーディガンを、どれだけおしゃれに見せることができるのか。
鏡の前でいろいろ試してみて、
自分なりの答えを見つけていきましょう。
簡単なようでいて、難しいです。
だけれども、その難しさに取り組んだ分だけ、それは自分の実力となります。

それをやってみたか、やらなかったかの差が、
おしゃれな人とそうでない人との差です。
おしゃれとは、結局のところ、知恵と勇気の結果です。











2013年6月3日月曜日

おしゃれ上級者への道とは

普通の人のおしゃれと、
おしゃれ上級者のおしゃれには、決定的な違いがあります。
それは、どれだけデザイン性のある服を取り入れているか、ということです。
おしゃれ上級者のワードローブには、単なるシンプルではない、
デザイン性の高い美しい服が並びます。

ファッション業界とは関係のない一般の人は、
おしゃれの基本をきちんと守り、
シンプルな服を美しい色合いで着こなせれば、
それだけで十分におしゃれだし、美しいとわたしは思います。
また、特にそれ以上、おしゃれに力を入れる必要もないとも思います。
人生には、もっと重要な事項がたくさんありますから。

しかし、ある程度、おしゃれの基本を理解し、実際に実践できるようになって、
何か物足りない、もうちょっとおしゃれを楽しみたい、
そして上級へいきたいと思ったら、
ただのシンプルではない、デザイン性のある服を取り入れてみるのはいいことだと思います。

なぜならシンプルな服はどうしてもほかの人と同じ格好になりやすいという欠点があるからです。
白いシャツにブルー・ジーンズ、白いコンバースにトレンチコートは、
王道のスタイルではありますが、似たような格好をしている人はたくさんいます。
そこから抜け出し、より自分らしさを表現するためには、
デザイン性の高いアイテムを取り入れる必要性が出てきます。

コレクションに集まるファッション関係者を撮ったスナップ写真に見られるスタイルは、
シンプルでシックというよりは、
まさにこのデザイン性の高い服のみで構成された、おしゃれ上級者スタイルです。
彼女たちが競っているのは、その難しいアイテムをどれだけ自分らしく取り入れて、
着こなせるかどうかという点です。
ただ、ごく普通の一般の人が、ここまでやる必要はないと思いますし、
実際にパリ、ロンドン、ニューヨーク、東京といった都市でも、
そんな格好をしている人たちは、ほんとうにごく一部です。

あそこまではいかなくても、少しデザイン性の高いものを取り入れるだけで、
おしゃれの度合いは上がります。

では、その取り入れるべきデザイン性の高いアイテムは、どうやって選べばよいでしょうか。

その1つの方法は、世界的に有名なブランドのファッションを取り入れるというスタイル。
世界的に認知されているブランドが作りだす服は、それなりに完成度が高いものです。
もちろんすべて何でもいいというわけではありませんし、明らかな失敗作もありますが、
ある程度の基準はクリアしています。
そこから、自分がどうしても、理由もなく好きだと思うものを選びます。
価格にしても、デザインにしても、少し冒険になることとは思いますが、
まずは1点取り入れてみることから始めてみてください。

次に、別に有名ではないが、個性的なファッションを発表しているブランドのもので、
自分が好きなものを取り入れるというスタイル。
世界的に有名ブランドでなくても、デザイン性の高い服を扱っているブランドはあります。
そこは有名ではないので、雑誌にも取り上げられることは少ないでしょうし、
情報もあまりないため、自分でさがしに出かけなければなりませんが、
自分が気に入れば、そういった小さな、
しかしセンスのいいブランドのものを取り入れてみるというのもお勧めです。

しかし、何でもかんでもデザイン性の高いものを取り入れれば、
それでおしゃれになるというわけではありません。
世の中には、センスの悪いデザインの服を作っているデザイナーがたくさんいます。
意味のない、あり得ない、デザインや色合いの服も存在しています。
意味のないダーツ、意味のない切り替え、意味のない端の始末、
意味のないフリル、過剰な色合いなどなど、
デザイナーのエゴ丸出しな、着る人のことなど考えていない、
どうしようもないデザインの、下品な服がたくさんあります。
そんなものを着たところで、おしゃれには見えません。
ですから、そんなものを買ってしまわないためにも、
何よりもまず身につけるべきは、本物を見る目なのです。

いいものを見続けることによってしか、本物を見る目は養われません。
これは芸術でも、音楽でも、文学でも、骨董でも、何でも同じです。
ジャンクとフェイクに囲まれていたら、いつまでたっても、
ほんとうにいいものなど、わからないのです。
わからないから、単にブランドのロゴやマークが入っていればおしゃれであるという、
勘違いが起こります。
優れたデザインであることと、ブランドのロゴやマークが入っていることとは、
何の関係もありません。

最新流行を発信しているブランドの商品が、
ほんとうに優れたデザインである場合、
古くなっても、その優れたデザイン性は失われません。
 半年たったら腐ってしまう流行ではなく、
その中には確かに、何年も着られる、完成度の高い美しいデザインのものがあります。
そういったものを選ぶためにも、
何億とある服の中から、美しいものを選ぶ審美眼を育てる必要があるのです。

おしゃれの基礎がマスターできたと思ったら、
どうぞ次のステップへ進んでみてください。
一朝一夕ではできません。
自分をよく知ることと同時に、世界の中に散らばって存在している美を見つける目を養うこと。
そして、自分とその美しいデザインとの間に、
よい関係を築いていくことがおしゃれ上級者への道です。

なんでも簡単にはできません。
読んで知っているだけではだめです。
見て、着て、さわって、袖を通して、経験しなくてはなりません。
そのたびにわかっていきます。
服というものを、
そして、自分という存在を。









2013年5月27日月曜日

みんなと同じ服

制服は、ほかのみなと同じ服を組織の意向によって着せられます。
その集団に参加するために、制服着用は必須となります。
制服は学校、会社、団体、スポーツなど、いたるところで、その着用を義務づけられます。
もちろんそれを好んで着る人たちもいるでしょう。
しかし、その義務から離れても、
まだみなと同じ服を着るという行為は、なにを意味しているのでしょうか。

見渡せば、みなと同じ服を好んで着る人もいます。
誰からも強制されても、義務づけられてもいないのに、
あえてほかの人たちと同じ服を選ぶのです。
(それが誰の意思なのかまでは不明ですが)
それを見て、
これでは個性がないよ、もっとみんな個性を発揮した服を着ようよと、言うのは簡単です。
だけれども、ここには、こんな気軽なアドバイスではすまされない、
もっと深い何かがあると思うのです。

服装とは、自己表現であり、他人に与える印象、そしてメッセージです。
よく知らない相手の場合は特に、まず着ている服を見て、
その人がどんな人なのか、瞬時に、そして無意識に私たちは判断します。
制服を着ているときは、一目見て、その人が何の集団に属しているのかわかります。
それはもしかして、それを見た相手にある種の安心感や信頼感を与えるかもしれません。
制服を着てない人を見ると、私たちの判断基準は揺らぎます。
何を根拠にしていいのか、わからなくなります。
制服を脱いだ側からすると、制服を着ていたときのように、
相手に確固たる印象を与えることは不可能になります。
相手が自分を見てどう思うかについては、もはや自分のコントロールをこえています。
みなと同じ服を着るという行為は、このコントロールできなくなった相手に与える印象を、
何とかつなぎとめようとする行為のように思えます。

まず、同じもの、または同じようなものを着ることによって、
相手と同じだというメッセージを与えられます。
また、大多数に支持されているスタイルを自分もすることによって、
自分は決して時代に外れてはいないということも強調できます。
同じだよ、時代おくれってわけじゃないよ、知ってるよというメッセージを、
相手に与えることによって得られるのは、一種の安心感でしょう。
こうすれば、たぶん仲間はずれにはされないだろう。
ある程度のところまで、自分のことを認めてくれるだろう。

もちろん、これは意識的に行われるだけではなく、
無意識の選択です。
逆に、意識的に、ここまで戦略的に服を選ぶのは、きっとどこかの国のスパイでしょう。
みなと同じで、目立たなく、相手に受けいられるスタイル。
これは、本気で諜報活動をする人たちに必要な戦略です。

無意識で選んだものほど、その人の深層心理をあらわします。
言い分はいくらでもあります。
近所でそれしか売ってなかったから、安かったから、なんとなくいいと思ったから、
面倒だから、などなど。
スパイでないとしても、人生の一時期、そういった安心感を必要とする時期は、あると思います。
だから、それが一概に悪いとは思いません。
思いませんが、体型も髪形も顔も身長も違うそれぞれが同じ服を着るということには、
どこかしら無理があります。
もちろん好みだって違うはずです。
理由もなくこれが好きというものは、誰にだってあるでしょう。
それを全部飛び越えて、みなと同じ服を、もし着続けたとしたら、
その無理は、後になってモンスターとなり、その人を襲います。
その日は必ずやってきます。

原因不明の腰痛や肩こり、やる気のなさ、
何が好きだかわからない、人生に目標を持てない、
楽しいことがわからない、食べることが制御できない、
不毛の恋愛におぼれる、打算で結婚をするなど、
あらゆる形で、しかもその原因はまったく不明で、ある日、その人たちを襲います。
そうなってしまうと、そこから脱出するのは大変困難になります。
なぜならいつまでたっても、なにがそうなった原因なのか、わからないからです。

もし、無意識のうちにみなと同じ服を選ぶ自分がいたら、
まずはそのことに気づいてください。
そして、気づいた後は、そのことによって、自分は何が得られるのか、
考えてみてください。
安心感なのか、目立ちたくないという欲求が満たされるためなのか。
そこまでわかったら、なぜ同じ服による安心感が必要なのか、
なぜ目立つのが悪いのか、もう一歩進んで考えてみましょう。
何か過去に思い当たる出来事があるかもしれません。
まずは自分自身を理解することが先決です。
その上で、それでもなお、同じ服が必要なのだったら、
もう必要ないと思えるまで、そうしたらいいと思います。
けれども、少しでも違和感を感じるのであったら、
そこで、たとえば外から見えない部分に、ひとつでもいいので、
みなとは違うものを身につけたらいいと思います。
それはインナーかもしれませんし、シャツの下のペンダントかもしれません。

誰にも見せないのだったら、自分は何を選ぶのか。
誰も何も言わないのだったら、自分は何を着たいのか。
モテるとか、おしゃれとか、節約とか、安いからとか、
どこでも売っているからとか、太ってるからとか、スタイルがよくないとか、
そんなことを取っ払って、ほんとうに着たかったものは何なのか。
誰も批判をしない、あなただけのユートピアに住んでいるとしたら、
どんな服を着たいのか。
みなと同じ服を着てしまう自分がいたのなら、
これらを自分に問いかけてみましょう。
実際にはそんな服を着ないとしても、それを自分で知っていることは重要です。
なぜなら、それはあなたの魂やスピリットからのメッセージだからです。
そして、その中に、あなたが人生で真に満足できること、達成したいことのヒントが隠されています。
魂やスピリットは、あなたが選ぶ服を通して教えてくれます。
無視し続けてきた魂やスピリットのかすかな声を、
そろそろ聞いてあげてもよいころではないでしょうか。
手遅れになる前に。
魂とスピリットが死に絶える、その前に。

2013年5月20日月曜日

きちんと感っていったい何?

雑誌などでよく出てくる「きちんと感」という表現。
「きちんと感」の定義は、たぶんどこにも出ていません。
定義がはっきりされないまま、いろいろなところで使われています。
では、この「きちんと感」とは、いったい何なんでしょうか。

「きちんと」という言葉は日本語の副詞です。
ですから、本来ならば、動詞の前につく言葉です。
きんとする、などという使い方が正しい使い方です。
「きちんと」の意味は、辞書によると、「よく整っていて、乱れたところのないさま」となっています。
日本語の意味からだけ考えると、「きちんと感」とは、
「よく整っていて、乱れたところのない感じ」ということになりますが、
どうやらそれでは正しくないようです。
整っていて、乱れたところのない体操着のことを「きちんと感」とは呼びません。
「きちんと感」には、どこかそれ以上のことを要求する響きがあります。

よく整っていて、乱れたところがなく、しかもプラスアルファのものがある着こなしが、
「きちんと感」のようです。
そのプラスアルファとは、プライベートというよりはオフィシャルな感じです。
公式の装いとでもいうのでしょうか。
その感じがなければ、「きちんと感」とは呼びません。

では、その公式の装いとは、どんなものでしょうか。
西洋には、さまざまなドレスコードがあります。
昼のパーティー、夜のパーティー、ホテルやレストラン、晩さん会など、
それぞれにふさわしい装いが決められています。
その取り決めは、西洋文化の文脈の中ででき上がったものです。
ですから、西洋文化以外の文化圏に住む人たちにとっては、
なぜそうなのか、考えてもわかりません。
そして、地球上のそれぞれの文化圏には、それぞれのドレスコードがあり、
それは他から見たら、なぜそうなのか、その理由や理屈は、知るよしもありません。
なぜならそれは文化、宗教、風俗によって長年のあいだに培われてきたものであって、
理屈でも、論理でもなく、習慣にすぎないからです。

明治時代以降、洋装を取り入れた日本では、
和服の世界ではさまざまなルールがあるものの、
洋服に「長年培われた習慣」というものはありません。
日本人にとって、洋服において公式な装いというものは借り物でしかないのです。
借り物であるため、なぜそうなのか、ほんとうのところ理解はしていません。

定義はあいまいで、理解もできていないにもかかわらず、
「きちんと感」は求められます。
それは会社勤めや何かの会、また、いわゆる公の席でのことが多いと思います。
では、なにをもって「きちん感」とするのか、ここから考えていきたいと思います。

まず、なにが最も公なのか、わたしたちは理解できていないわけですから、
(たとえば、女王陛下の前ではモーニングを着なければいけないなど、
そんなこと、わかりません)
なにを着てはいけないかから考えてみましょう。

まず、公でない感じとは、その格好では公の席にふさわしくないと思われるものです。
最初に挙げた体操着はそのいい例です。
整っていて、乱れていなくても、体操着は体操をするときに着るものです。
オリンピックなど体育関連の公の席以外では、ふさわしくありません。

ですから、体操着を思わせる服装や、体操着から派生した服は除外されると考えます。
その意味では、ポロシャツはポロというスポーツのスポーツウエアなわけですから、
「きちんと感」は満たしていません。

次に除外すべきもの。
それは下着から派生した服です。
キャミソール、タンクトップ、Tシャツなど、
これらはどれももとは下着でした。
下着で人前に出るということは、まずありません。
ですから、これらも除外します。

それから、次は労働着です。
労働の場が公ではないとは、決して言い切れないのですが、
いわゆる汗水たらして働いているときに着ている服は、
「きちんと感」に欠けます。
その代表がジーンズです。
ジーンズはもともと作業着です。
同じように、ワークパンツ、カーゴパンツも作業着です。
つなぎも作業着なので除外されるでしょう。

では、次に除外されないものです。
制服は除外されません。
制服は「きちんと感」の代表選手のようなものです。
同等に、軍服を起源に持っている服も除外されません。
軍服は制服だからです。
もちろん、人々は制服を着て働いています。
作業着は除外されて、制服ならなぜいいのか、
その理由は、ありません。
そうだと誰かが決めたので、そうなったまでです。
作業の種類が違うだけで差別はおかしい、
そう思われるかもしれませんが、これは理屈や理論で決められた取り決めではないので、
そうなります。
ちなみに、日本の皇室の正装は洋装だそうです。
これを聞いただけでも、きちんとしているという定義は、
必ずしも服の格式や歴史とは、関係ないものだとわかります。

最後にまとめです。
「きちんと感」とは、制服的な要素を含むもので、
かつ、体操服、下着、作業服など、公にはふさわしくないと思われている要素を除外したもの、
ということになります。

ただ、実際は、ほんとうにそうなのかと言えば、
最近はちょっと違ってきています。
なぜなら、ファッション全体のカジュアル化が進んできて、
必ずしも除外すべきもの、すべてが除外されてはいないからです。

たとえばジーンズ。
昔はスニーカーとジーンズでホテルには入れないというルールがありましたが、
今はそうではありません。
それからポロシャツにしてもそうです。
多くの企業で、夏の通勤着として、ポロシャツが許されている職場はあるでしょう。
たぶんその理由は、襟がついているからだと思います。
逆に、襟がついていないTシャツは許されていない職場もあるかもしれません。

結局のところ、なにがきちんとなのか、なにが公なのか、
洋服の文化の歴史の浅い日本では、わからないのです。
誰かが決めたら、そうしなければならないし、
誰かがだめだと言ったら、だめになります。
そして文化圏といっても、地方、地域、会社内、学校内など、
それぞれの中にそれぞれまた別のルールがあります。
ジャージで授業を受けてはいけない学校もあれば、
ジャージで授業を受けなければいけない学校もあります。
タータンチェックのスカートがどうしてきちんとしているかなんて、
誰も答えられません。

「きちんと感」には、何となくこんな感じではないかという、
大まかなイメージはありますが、
絶対にこれであるという確固としたルールはありません。
服装に規則があるところでは、それに従わなければなりませんし、
その規則が「きちんと感」になります。

それでは、ルールがなにもないところ、誰も決めていない、
誰もだめだと言っていないところではどうすればいいか。
それはそのときそのとき、自分で判断すればよいでしょう。
ほんとうのところ、「きちんと感」などない、
その中で、自分はどういう装いをしようか、
この場面ではどう見られたいのか、
相手はなにをこちらに要求しているのか。
そこで判断して服装を決めて、
それに対して相手がどう反応したかは、
自分のコントロールできない範囲の問題です。
相手にあわせるべき場面なら、相手に聞いてそのとおりにする、
そうしなくていいのなら、自分の好きにする。

このようにかくもあいまいな「きちんと感」です。
そんなものに振り回される必要はありません。
きのうは右と言ったのに、
今日は左と誰かが言います。
その中で、自分はどこの位置に立つか、
右なのか、真ん中なのか、左なのか。
それはその都度、自分で判断して決める以外、方法はありません。
ファッションとは、しょせん、その程度のものです。










2013年5月13日月曜日

柄物ボトムは印象に残る

今年になって、柄物のボトム、特に柄物のパンツが大ブレイクしています。
これはかなりの勢いで広がりそうです。
柄物のスカートを持っている方は多いと思いますが、
自分のワードローブに柄物のパンツがある人は少ないでしょう。
だからこそ、今年、新たに柄物パンツを足してみたくなるのもうなずけます。

ところで、衣服は寒さ暑さを防ぐために身につけるものでもありますが、
同時に、情報の伝達手段としても存在しています。
そのひとがどんなものをどのように着ているかによって、
自分以外の人々に多くの情報を伝達しているのです。
そして、受け取る側も、その人の服装から、ある程度のことを判断します。

わかりやすい例は制服です。
同じ衣服を身につけることによって、学生の場合はどこの学校かがわかり、
働いている人の場合は、どんな仕事なのかがわかります。
制服は、単に動きよいとか、寒さ暑さを防ぐとか、機能や安全のために身につけるわけではなく、
そのひとの帰属をあらわし、それを他人に情報としてつたえる役目を持っています。

特に意識しなくても、小さいころからの習慣で、
私たちは、他人を着ているもので判断します。
蓄積された情報から、その人がどんな人なのか導きだします。
これはほとんど無意識に行われます。

人間の脳は、たぶんほとんどのことを記憶する力を持っています。
パソコンと同じように、誰かを一目見て、情報をダウンロードします。
けれども、それをすべて引きだす能力はありません。
脳の中に情報としての蓄積はあっても、
引きだされるのはもうすでに処理された情報です。

私たちが、他人の情報を衣服から読み取ろうとするとき、
実は全身をチェックしているわけではありません。
重要なポイントのみ引きだし、それに基づいて判断します。
大体、思い出されるのは顔に近い部分の衣服、
持っていたバッグ、靴などです。
ついで、つけているとしたらアクセサリーとなるでしょう。

特に、顔に近い部分の衣服は重要です。
色、襟の形、あき具合など、覚えている場合が多いです。
それは、人と人がコミュニケーションをとるとき、
おもに見ているのは顔と、その周辺だからです。
私たちは、おなかより下を見ながら、コミュニケーションをとりません。
そのせいもあって、ボトムというのは、他人の印象に残ることが少ないのです。

しかしそれとは別に、人は、何か変わったもの、印象が強いものを覚えているという傾向があります。
ボトムであっても、ものすごく短いスカートや、破けているもの、
目立つ柄などの場合、人はそこに注目し、覚えていることが多いです。
柄物のボトムを選ぶということは、相手に与える印象を1つふやすということにつながります。
柄物ボトムを選ぶリスクは、そこにあります。
そして、そのリスクのため、選び方は難しくなります。

まず第一に、下半身が目立ちます。
ですから、下半身をあまり見てほしくない、または印象に残したくない場合は、
避けたほうが無難です。

今年の柄物パンツの流行は、小さい子供から高い年代層まで、
かなり広範囲です。
これからたくさんの人が柄物パンツをはくだろうと予想されます。
そうすると、おしゃれには見えなくなります。

ここで何回か書いていますが、
おしゃれに見える1つの条件として、あまり人が着ていないものを着るというものがあります。
ある程度以上の人が着ると、それは飽和状態になり、
見慣れてしまうことによって、あまりおしゃれには感じなくなります。
もうそうなると、流行は最終段階にきてしまうのです。
流行がおしゃれに見えるのはごく初期だけ、
そのあとにつづくフォロワーがふえればふれるほど、おしゃれの密度は薄くなります。

次に難しい点として、、
柄物というのは、そのよしあしが分かりにくいものということがあります。
とてもおしゃれな柄とそうでない柄は、特に素人目にはわかりづらいです。
リバティやエミリオ・プッチ、エトロといった、特徴のある柄以外は、
その他大勢という感じで、どの柄だったらおしゃれなのか、
あるいはそうでないのか、なかなか判断できません。

また、印象に残りやすいということは、着まわしに向かないということです。
なぜなら、柄物パンツを繰り返しはくことによって、
同じものばかり着ているという印象を他人に与えてしまうからです。

ここまで考えると、
おしゃれに柄物パンツを着こなすのは、かなり高難度ということになります。
印象に残りやすいので何回も着られない、
下半身が目立つ、
柄のよしあしは他人には理解してもらえない、
街に出ると多くの人が、しかも子供までもが着ている。
ざっと挙げただけでも、これだけ取り入れにくい要素があります。

では、柄物パンツはやめましょうと言ってしまったら、芸がないですので、
それでもなお、柄物パンツを取り入れたい場合、どうしたらよいか考えてみましょう。

まず、全体のコーディネイトの中で浮かない柄を選ぶこと。
2色、もしくは3色以内で構成されたプリントを選び、
全体のコーディネイトも3色ルールをきっちり守る。
こうすることで、柄が悪目立ちしませんし、シックに見えます。

あまり大きな柄は選ばない。
柄が大きいというだけで、印象に強く残ります。
大きなひまわりの絵などは、それだけで強い印象ですので、避けたほうがいいでしょう。

意味のある絵の柄は避ける。
何か具体的なものが描かれているプリントより、抽象的な柄のほうが印象には残りにくいです。
たとえば、亀の柄だとしたら、すぐに覚えられてしまいますが、
なんとなくグリーンの丸模様だったら、はっきりとは覚えられません。

柄の面積を小さくする。
ワイドパンツよりは、タイトなもののほうが印象は薄いです。

最後に、どうしても柄物パンツでおしゃれに見せたい場合は、
他人と同じようなコーディネイトはしない。
私が予想するに、ことしの夏は、ふわっとしたチュニックやビッグシャツに、
タイトな柄物パンツという姿の人があふれると思います。
しかし、大多数と同じコーディネイトをしたら、もう特別おしゃれには見えません。
だから、あえてそこは避ける。
避けてどうするか。
それはいろいろあると思いますが、きちんとしたジャケットと柄物パンツをあわせるとか、
革のジャケットに白いTシャツ、そこに柄物パンツをあわせるとか、
ワンピースの下に同色の柄物パンツをあわせるとか、
とにかくそこは工夫と努力をします。

印象とは、相手に対するあなたという人の情報のプレゼントです。
もしかして、相手はずっとそれを持ち続けるかもしれません。
初対面の相手だとしたらなおさら、それを変えるのは難しいのです。
でも、その情報は簡単に操作できるものです。
服装で情報を操作するのは、難しいことではありません。


他人の目を気にすると言うと、もうすでに主導権はその他人に渡っています。
だけれども、そうではなくて、他人の目に与える情報を操作する主導権は、
いつでもこちらにあります。
そのためには、受け身ではなく、こちらから仕掛けていくという姿勢が必要です。
柄物パンツに踊らされないで、
柄物パンツをはいて踊ってください。
こちらから仕掛けていけば、それは可能です。