2012年5月7日月曜日
シンプル・ワードローブが与えてくれるもの
シンプル・ワードローブでも、ミニマム・ワードローブでも、どんな呼び方でも構いません。
つまり、数少ない厳選されたアイテムでワードローブを構築するということです。
当初の目的は節約ということでしたが、それ以外にも、
大変たくさんのものを私に与えてくれました。
私はこのやり方を、主義主張から始めたわけではありません。
最初から、少ないほうがよい、という考えで始めたわけではありませんでした。
ただ単に、経済的な理由からです。
たくさん買うことは、できないからです。
「チープ・シック」など、数冊の参考となりそうな本はありましたが、
どうやって少ないワードローブを構築するか、そしてそれをおしゃれに見せるかが書いてある参考書は、日本にはありませんでした。
ですから、仕方がないので、自分で工夫に工夫を重ねて作り上げて、今のやり方にたどりつきました。
(詳しい方法はラベルの「おしゃれのルール」部分をお読みください)
当初、お金がないから買えない、そのために始めたこの方法ですが、
振り返ってみれば、それ以上に多くのものを私にもたらしてくれました。
私はもう何年も、シーズンごとのセールというものに行っていません。
まだ学生のときや、アパレル会社に勤めているときは、
ここで買わなければ損とばかりに、セールに行っては買い物をし、結果的に、あまり役に立たないものを買ってしまったりもしましたが、今ではそういうこともありません。
(といっても、決してすべてのものを定価で買っているわけでもありません)
あのセールのときに感じる、妙な焦燥感というものが、今は全くないのです。
また、流行のものに、すぐ飛びつくということもありません。
自分のワードローブを見極めたら、流行だから着たいという気持ちは、まったく起きません。
流行よりも、自分らしいと思えることのほうが大事なので、これが流行だからといって、
安易にそれを自分のワードローブに取りいれたいなと思わないからです。
ですから、雑誌を見るときも、適度な距離感を持って見ることができ、
これはこれ、私は私と、別に考えることができます。
同時に、いわゆる「安物買いの銭失い」をすることがなくなりました。
長く着るものはそれなりの品質のものを買うので、長持ちすると同時に、心が満足します。
自分の本当に満足しているものばかりがそろっているので、
常に何かが足りない、何かが欲しいという状態にはなりません。
そして、自分の目の届く範囲、手入れできる範囲の枚数しかもたないので、
たくさん持ちたいという気さえ、起こりません。
セーターなども、全部、自分で洗うので、逆に、これ以上、枚数を増やすのは嫌なのです。
しかし、ただ枚数を少なくするのではなく、おしゃれに見える勘所はおさえるようにしているので、
私のことをよく知らない人から、「洋服、たくさん買うんでしょう。」と言われます。
これを言われるたびに思うのが、他人というのは印象しか見ていないということです。
よく観察すれば私が1年間を通じて同じものを着ているとわかるはずなのに、そのことに気付く人は、ほとんどいません。
おしゃれに見えるかどうかということと、枚数をたくさん持っているかどうかということは、明らかに別問題です。
欲望をコントロールしているつもりはありません。
けれども、結果的に、いつも何か足りない、何か欲しい、これでは満足できない、ほかにもっとよいものがあるかもしれないという欲望に振り回されることが、こと服に関しては、まったくありません。
いつかとか、どこかとか、ほかの何かとか、
ここにはないものを求めても得られない苦しみからは、遠く離れた場所にいます。
少ない枚数しかもちませんから、絶対妥協はしません。
妥協した選択の結果は必ず不満が残るということは、経験から知っています。
一枚一枚の妥協しない選択の結果、組み立てられたシンプルなワードローブが与えてくれるのは、いつも心が満たされない飢餓感ではなく、自由と安心でした。
自由と安心があれば、人は好きなところへ行けるのではないでしょうか。
スーツケース1つで自由に旅する旅人のように、多額な保険はかけなくても、
日常を旅するように過ごせる、
そんな自由は、 案外、簡単に手に入るのかもしれません。
そう、あなたが望みさえすれば。
☆写真はアメリカの現代美術家ジェニー・ホルツァーのTシャツ。あなたの欲望からあなたを守れるのは、たぶん、あなただけです。
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おしゃれのルール