2018年1月10日水曜日
トレンドに影響されないことは可能か?
そのどれもに、
「トレンドなど無視するように!」というようなことが書いてありました。
この指針の前提は、「トレンドは無視することができる」、
つまり、トレンドの影響を受けないでも服を買うことができる、ということです。
果たしてそんなことは可能でしょうか?
例えば日本でトラッドと呼ばれるテイストの服は、トレンドの影響を受けにくいものの一つです。
「紺ブレ」と呼ばれる紺色のブレザーなど、そのいい例でしょう。
(余談ですが、ブレザーの語源のブレイズは、炎のように燃える赤色という意味なので、
紺色のブレザーというのは非常に矛盾した表現です)
そのほか、軍服をオリジナルとするトレンチコート、Pコートなども、
このトラッドを扱うブランドではいつも売られています。
では、これらのものは全くトレンドの影響を受けないのでしょうか?
例えばトラッドで有名なラルフ・ローレンがあります。
「ラルフの紺ブレ」と呼ばれるぐらい、
このブランドのブレザーは定番として有名です。
毎年、同じスタイルのものが販売されています。
ではこの「ラルフの紺ブレ」はトレンドに全く影響されていないでしょうか?
そんなことはありません。ちゃんと影響されています。
去年の紺ブレと今年の紺ブレでは、
肩幅、身幅、肩パッドの厚さ、ウエストの絞り、着丈など、
すべて違います。
それは1ミリ単位で調整されています。
10年前に1度作った紺ブレを、全く手直しもせず毎年同じものを作り続けているなどということはありません。
必ずやどこか変えていきます。
なぜか。
それはトレンドが変化したからです。
タイトフィットのものが格好良く見えるとき、
ワイドフィットのものが格好良く見えるとき、
トレンドは大体この2つのシルエットを繰り返していきます。
テイラードカラ―、金色のボタンなど、
デザインのディテールは変えなくても、
シルエットはそのトレンドに沿ったものに必ず変えていきます。
流行とはシルエットです。
それを無視することは、ファッションを扱うブランドにはできません。
もし無視し続けたなら、
もうとっくにファッションブランドとして撤退していたことでしょう。
もしトレンドに全く影響されない定番なるものがあるとしたら、
1度そのパターンを作って、いつも同じものを作り続けていればいいだけです。
もし人が絶対にトレンドに影響されたくないのなら、
買うときに同じものを何着も買って、
だめになったら、またそれを着ればいいのです。
しかし10年前に買ったトレンチコートと今のトレンチコートでは、
シルエットが違います。
同じバーバリーの定番のトレンチコートでさえ、
今素敵に見えるシルエットは10年前のものとは違います。
毎年何かを買う限り、
トレンドから逃れることはできません。
トレンドに影響されない買い物をすることは、
今の私たちにはできません。
トレンドに影響されなかったのはすべての服を自分で作っていたターシャ・テューダーか、
自分たちのスタイルを守り続けるシェーカー教徒、
もしくは洋服を着ない民族です。
(それでもその民族のあいだでは彼らなりの流行があるかもしれません)
どんなに定番を買ったとしても、
トレンドには影響されます。
それは永遠ではありません。
多くの人が言う今の「定番」は、
10年後に見たら、
定番でも何でもない可能性もあります。
ではどうしたらいいでしょうか。
たくさん所持しないことです。
定番のものでもシルエットが変化していきますので、
定番だからといって、何枚も所持しないこと。
くたびれたころにちょうど新しいものを買えるぐらいな、
そんな状態を維持できるぐらいの枚数にワードローブ全体をおさえておけば、
適度にトレンドを取り入れつつ、
かといって、トレンドに振り回されるということもありません。
自分がぶれなければ、
トレンドなど怖くもありません。
自分というものがあるならば、
トレンドさえ超えることができます。
トレンドに影響されたくないのなら、トレンドを超越したおしゃれな人を目指すといいでしょう。
2017年12月13日水曜日
デザイン性の高い服の選び方、買い方
もし自分が本当に気に入ったのならば、
デザイン性の高い服を着るのは、その人のパーソナリティを表現できる、
他の人とは違うオリジナリティがあるという意味でも大変いいものです。
実際、多くのデザイン性の高い服がこの世には存在しますし、
買うことができます。
なぜならそれには存在する意義があるからです。
しかし、今までデザイン性が高い服をあまり着たことがない人は、
それをどうやって選んだらいいのかよくわからないでしょう。
その方法について書きます。
まず、どんなデザイナーの服が好きなのか、着てみたいのか、
決めましょう。
何が好きなのか、どんな趣味嗜好なのかは、その人自身でないとわかりません。
雑誌で見たスタイル、コレクションのビデオを見ていいと思ったもの、
なんでもいいのでまずはどんなものが着てみたいのか、
実際に買いたいのか決めてください。
さて、では例として、あるブランドものが1点は買ってみたいなと決めました。
サンローランならサンローラン、グッチならグッチ、なんでもいいです。
ほとんどの人はいきなり全身コーディネートを買える状況にはないと思いますから、
次に、自分の必要なアイテム、そして色を決めましょう。
例えばセーターが欲しい、そして色はネイビーというふうに決めます。
ここで何も決めないでいきなりショップへ行っても、
何を選んだらいいかわからなくなりますから、
自分が欲しいものを決めておきます。
次に実際に試着をしにショップへ行きます。
通販でも販売していますが、今まで買ったこともない、
しかもデザイン性の高いブランドのものを、初心者が買うのは無謀です。
返品可能なものではない限り、それはやめておきましょう。
扱っているのは、そのブランドの店舗か、もしくはセレクトショップやデパートの場合もあります。
ショップに入ったら、自分が探しているものを販売員の方に伝えます。
販売員の方がいらっしゃらない場合は、自分で探します。
セーターを探しているのなら、セーターが並ぶ棚へ行きます。
そして色、サイズともぴったりのものがあったら試着します。
ここで気をつけてほしいのは、
デザイン性が高いものは、ハンガーにつる下がった状態では、
着た状態がどんなものかはわからない、ということです。
ですから、ハンガーにかかった状態で、これはいい、悪いと判断しないでください。
着てみないと絶対にわかりません。
とにかく試着です。
デザイン性の高いもの、特にハイブランドのものなどは、
いわゆるドメスティックブランドと言われる日本のブランドのものとはサイズ感が違います。
その多くは、どこかが非常に細かったり、長かったりします。
そのサイズ感はブランドによってさまざまです。
それはそのブランドの目指す理想像であるので、
その理想像をどんな体型にするかによって、サイズは全く違います。
そのサイズ感についての情報は、どこにも書いてありません。
うちのブランドはウエストが細いです、袖丈が長いですなどというような
注意書きは、通常、どこにも記載されていません。
ですから、サイズについても試着しないことにはわかりません。
また、こちらのブランドの36と、あちらのブランドの36、
同じではありません。
私はいつも36よ、などと言っても、細いものは細いですし、
大きいものは大きいです。
サイズは目安でしかありませんから、とにかく試着してみましょう。
デザイン性が高ければ高いほど、試着が必要になります。
試着するときも、デザインによっては自分ではどうやって着たらいいのかよくわからないものもあります。
極端に言えば、どちらが前で後ろなのかわからないスカート、などというのものもありますから、
わからなかったら販売員の方に着方を必ず聞きましょう。
さて試着してみたらサイズのチェックです。
前述したように、サイズ番号は目安にしかなりませんので、
自分の身体に合っているかどうか、チェックしてください。
では、自分の探していたネイビーのセーターがありました、
サイズもぴったりでした。その次にまだ確認することがあります。
これはできれば、自分がネイビーのセーターを何に合わせるのか決めているのなら、
それを着て、買いに行くといいでしょう。
もし合わせるつもりのものをそのときに着ていないのなら、
そのセーターが自分のパンツ、またはスカートに合うかどうか、
イメージしてみましょう。
たぶんここが一番難しいポイントで、イメージすることができない人も多いと思います。
イメージするのが苦手な場合は、最初から合わせるつもりのものを着ていくといいでしょう。
ではここから、もう少し簡単に取り入れる方法です。
デザイン性の高いものは、ほかのものと合わせるのが難しいものが多いです。
その難しさから敬遠している人も多いと思います。
その場合は、ほかのアイテムとほとんど合わせる必要のないワンピースを買ってみるといいでしょう。
特に夏のワンピースはそれ1枚だけで着て、出かけられますから、
コーディネートが苦手な人はワンピース、
もしくはスーツやセットアップを選ぶといいと思います。
例えばデザイン性の高いブラウスに対して、
同素材のスカートやパンツもあるのなら、それも併せて買えば、
コーディネートについて、それほど悩む必要はありません。
またもう既に持っている自分のアイテムと合わせることを考えた場合、
自分が集めている色のものを買うといいでしょう。
色さえ合わせておけば、コーディネートはぐっと簡単になります。
次です。
例えばどこかのブランドのデザイン性の高いシャツを1枚買いました。
それがとても気に入りました。
そうしたら、次に何かを買うときも、また同じブランドで買いましょう。
やはり同じブランドのものはコーディネートもしやすく、おしゃれに見えます。
いろいろなブランドをミックスするのがはやっている現在ですが、
それでも余り考えないで着てもおしゃれに見えるのは、
同じブランドのアイテム同士です。
コーディネートが苦手な人は特に、同じブランドでアイテムを集めていくといいでしょう。
もし世界全体に、いわゆる洋服におけるシンプルでベーシックな服が存在するだけでいいのなら、
多くのデザイナーは失業しますし、ファッション学校も必要ありません。
それに、同じシンプルでベーシックな服をすべての人が着なければならないと言ったら、
それは表現の自由のない独裁国家です。
幸いにも、少なくともこれを読んでいる方々は、同じ服を着ることを強制されるような、
独裁国家の国民ではありません。
そうしてもっと言うのなら、
あなたのパーソナリティはほかの誰かのパーソナリティとは違います。
それを表現する方法の1つとして、
多くのデザイナーたちが提供する、デザイン性の高い服は非常に有効です。
これを使わない手はありません。
もしデザイナーの渾身の1枚を着てみたいと思うのなら、
躊躇することなく、試着してみてください。
服で感動するとはどういうことなのか、わかります。
それは新しい経験です。
デザインとは、世界の新しい見方なのだと、
そして自分を再発見することなのだということがわかるでしょう。
2017年10月12日木曜日
服を着て夢に近付く方法
絶対に叶うとは言い切れないが叶う可能性は1パーセント上昇する、
と答えます。
もし叶えたい夢があるのなら、
自分の現状に満足できないのなら、
今の自分が嫌いならば、
服を通してできることがあります。
それは何かというと、
今の自分に100パーセントお似合いの服を選ばないことです。
今の自分に満足できないのに、
今の自分が好きでないのに、
その自分にお似合いの服を選び続ける、
つまり同じ選択、同じ行動パターンを続けるのならば、
夢は叶いません。
今と同じ選択、同じ行動がもたらすのはよくて現状維持、
悪くすると退化です。
肉体は老化します。
これは人間である以上、すべての人に当てはまります。
もし肉体の老化が嫌で、それを少しでも遅らせたいのならば、
食生活を変えるなり、筋トレをするなりをしなければなりません。
それはどういうことかというと、日常の選択と行動を変えるということです。
そのことによってのみ、老化を遅らせることが可能になります。
同じように、今の自分の現状とは違う状態になりたいのならば、
今までの選択を変え、
何かしらの行動を起こさなければなりません。
ただ脳内で妄想しているだけでは、変化は起きません。
変化は肉体という物理的なものを伴った行動によってのみ、可能となります。
例えば憧れの人がいるとします。
憧れの人とは、今の自分からは離れた存在です。
そのままそこに立っているだけでは、決してたどり着かない存在です。
憧れの人のようになりたいのに、
いつもの場所にただ立っているだけでは、決して憧れの人のようになることはありません。
私たちの夢は、今ここの私たちから離れた場所にあります。
嫌いな自分がいつも夢見るなりたい自分は、
今の自分が立っているその場所にはいません。
今やっていることで満足できないのなら、違うことをやる以外にありません。
今の自分に100パーセントお似合いの服は、
あなたの過去の選択と行動の結果です。
それは過去なので変えられません。
けれども、今の自分の選択と行動は変えられます。
会社に制服があって、
その会社が大嫌いで、もう辞めたくて、
けれどもいつも会社の人から「制服がよくお似合いね」と言われて、
そんなうれしくもないお似合いが心底嫌ならば、
そんな大嫌いな制服が似合わない自分になるという選択が必要です。
つまり今の自分に100パーセントお似合いの服ではない服、
憧れに近い服を選ぶのです。
それはもしかして今の自分に100パーセント似合わないかもしれないけれども、
憧れへ一歩近づくために、
今の100パーセントお似合いから一歩遠のいた選択です。
今の自分が理想の自分ではない場合、
次に買うジャケットは、理想の自分に一歩近づくための、
そして夢を現実化するためのジャケットを選ぶ、
そのことがあなたを夢に近付けます。
なぜなら、あなたは夢の実現のために新しい選択をし、行動したからです。
今の自分に100パーセントお似合いではない服を選ぶという、
ささやかな一歩があなたを夢へと近付けます。
妄想と行動では、天と地ほど違います。
妄想はどこまでいっても妄想です。
服を着て夢を叶えたい人は、
今の夢が叶っていない自分に100パーセントお似合いの服ではなく、
今はちょっとしっくりこなくて、ずれていると感じるかもしれないけれども、
自分が目指す自分にふさわしい服を選びましょう。
そうやって、「お似合い」という甘い飴細工でできた檻から抜け出しましょう。
その選択と行動ができたとき、
あなたの夢が叶う可能性の確率は1パーセント上昇します。
役者は衣装を着たら、その役になりきり、その役を生きることが可能になります。
いつもの自分の服では、これから演ずるその役にはなれません。
それと同じです。
あえて今の自分には似合わない服に挑戦しましょう。
誰かがあなたに、その服は似合わないと言ったとしても、
行動したあなたは自分を誇りに思っていいのです。
行動もせず批判だけし続ける人など、無視しても構いません。
夢の実現をお手伝いするのも服の1つの役割です。
そのためのありとあらゆるバラエティの衣装を、デザイナーたちは用意してくれています。
それを利用しない手はないでしょう。
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2017年9月19日火曜日
21世紀のチープシック
お金をかけて、最新流行のものを買いそろえば、
誰でもそれなりにおしゃれに見えます。
それは疑いようのない事実です。
また、多くの人が、金額が高いか、安いかにかかわらず、
お金で新しいものを次々と買いかえていくという方法で、
おしゃれであることを獲得しています。
高いものを買い続ける人の中には、それこそ年間何百万円も使う方もいらっしゃいます。
では、高くはないもの、例えばファストファッションを買う方は、
金額的に少ないのでしょうか。
これは私の観察結果なのですが、
ファストファッションで常に新しいものを買いかえていく方々もまた、
年間を通しては、その収入のうちのかなりの部分を使います。
金額が高かろうが、安かろうが、
新しいものを常にどんどん買いかえていくという方法でおしゃれになろうというやり方は、
相当な金額を要するのです。
安いものを買っているから、そこから逃れられるというわけではありません。
一方、新しいものを次々と買いかえることなく、
他人におしゃれであるという印象を与えることは可能です。
3色ルールと色、またはシンボルのリレーションができるようにワードローブをそろえておく、
季節を先取りする、
はずしのテクニックを取り入れるなど、
工夫と技術を駆使することで、新しいものを次々買いかえておしゃれを獲得していく方法と同等、
またはそれ以上の効果を得られます。
さて、21世紀のチープシックです。
私たちはそろそろこのテーマについて考えなくてはなりません。
なぜなら、私たちはお金で解決するのが難しくなるであろう時代の
すぐ手前までやってきているからです。
これ以降は、これからも新しいものを次々と買いかえお金でおしゃれを解決していく手法を採用する方々には関係のない内容ですので、お読みにならなくて結構です。
チープシックは、いわば貴族のライフスタイルです。
貴族は、土地や家柄はあったとしても、動かせる現金が豊富ではありません。
また、受け継いだのは土地や家柄だけではなく、品格や趣味のよさ、
教養などもまた、彼らの見えない形の財産です。
ですから、動かせる現金がないからといって、決して趣味の悪い、みすぼらしい格好をするわけにはいきません。
趣味よく、上品に、決して成金趣味に陥らず、おしゃれに見える方法、
それがチープシックと言えるでしょう。
では、そのチープシックを実践するためにはどうしたらいいでしょうか。
3色ルールやリレーションを作るなど、そんなことは当たり前です。
いいものを買って長もちさせる。そんなことも常識です。
そのほかにできることは何でしょうか?
自分で作る、
古いものをリメイクして生き返らせる、
新たに刺繍を施す、
家族のあいだで1つのバッグをシェアする、
着ないものを交換する、
親の代から引き継がれたジュエリーを身につけるなどなどの方法が考えられます。
これらは物理的な問題に対する解決方法です。
実はそのほかにも心理的な問題があります。
おしゃれに見えるかどうかは、他人にどのように心理的な影響を与えるかの問題なので、
チープシックを実践するためには、この心理的な問題をおさえておく必要があります。
その心理的な側面への解決方法は何かというと、
「見せびらかし」をやめることです。
貴族や、または本当のお金持ちは、
ぱっと見てすぐどこそこのブランドとわかるロゴやマークの入っているものは、
極力持たないと言われています。
もちろんデザインが気に入って、またはデザイナーをリスペクトして買う、
所有するという場合もあるでしょうから、
絶対に買わない、持たないというわけではありません。
しかしそれを持ったとしても、決して見せびらかすということはしません。
なぜか。
見せびらかしは、そのものの情報としての寿命を短くするからです。
それは人々に記憶され、消費されていきます。
例えばインスタグラムに買った服やバッグを次々とアップする人を観察してみてください。
彼らは以前アップしたものを何度もアップするということはしません。
せいぜい2、3回程度です。
それは彼らが、常にインスタグラムという媒体でそのものの情報を人目にさらすことによって、
その情報の鮮度が落ちる、または飽きをもたらすということ、
つまり、おしゃれに見えなくなるということをよく理解しているからです。
本当の貴族やお金持ちは、そんな見せびらかし競争には決して参加しません。
そんなことをしたら、大事な、長もちさせたいバッグの
おしゃれ寿命が簡単に尽きてしまうと知っているからです。
21世紀のチープシックは、
インターネット以前の時代よりも、
より一層このことに留意しなくてはなりません。
新しいものをどんどん買いかえて、お金を使っておしゃれであることを獲得していく方々は、
今後も見せびらかしを続けるでしょう。
それも1つのおしゃれの方法です。
けれどもそうではない、お金で解決しない方法を選ぶ方々は、
この過度な露出による「見せびらかし」に注意しましょう。
それはあなたというテキストを情報として消費させます。
その結果、あなたはいとも簡単におしゃれに見えなくなってしまいます。
私たちは、他人に残す印象をみずからコントロールできれば、
見せびらかすことなどしなくても、
いつでもおしゃれな存在でいられます。
その能力は訓練によって、後天的に得ることが可能です。
そして、それができるようになったということは、
私たちがそのお金では買えない能力を身に付けたということ。
多くの人がうらやむのは、そのお金では買えない能力です。
2017年8月30日水曜日
赤を着よう
色にも流行があります。
まず国際的な機関であるインターカラ―が発信する色を取りきめ、
プロモスティルなどの情報発信会社がトレンドブックを発売、
それらの情報を収集して、ファブリックメーカーが生地を作ります。
そのため同時期の生地の展示会に同じ色の生地が並び、
これら生地を使って各種メゾンが服という形にするため、
その年に多く使われる色というものが出現するという仕組みです。
ファッションの歴史を振り返ってみればわかるように、
60年代には60年代の、70年代には70年代の色調があります。
同じ赤といっても、60年代のような赤と、70年代の赤とではまた違っています。
ですから、「赤」と大きくひとくくりしても、今買う赤は、やはり70年代の赤とは違うのです。
赤い服はいつの時代でも作られています。
紺、白、赤というトリコロールの並びや、
トラッドの茶に合わせる赤いツインセットなど、
商品のラインアップから完全に赤が消えたシーズンというものは過去にないでしょう。
けれども、赤い服を多くの人が着ていたという印象はあまりないと思います。
なぜなら、赤い服はいつも作られてはいるけれども、売れ残るからです。
なぜ赤はいつも売れ残るのでしょうか。
多くの人が「使える色」や「人気の色」を探しています。
「使える色」とはどういう場面で何のために使うのかはっきりしませんが、
汎用性が高いというぐらいの意味でしょう。
また、人気の色とは、多くの人が選ぶ色ということでしょう。
目的は不明ではあるが汎用性が高く、多くの人が望む色こそが、
多くの人が探している色です。
赤が売れ残るということは、つまり赤は汎用性が高くなく、
何より人気がないからでしょう。
汎用性が高く、多くの人が持つということは、
いつでもどこでもそれは散見できる、つまりありふれているということです。
どんな場面でも、多くの人が着たり、持ったりするのですから、それは街にあふれます。
多くの人は、ありふれていることを望んでいます。
ありふれているものを望む人たちは、
目立つことを嫌がります。
確かに赤は目立つ色です。
男性の中のただ一人の女性を紅一点と言うように、赤はひときわ目立つのです。
汎用性が高く、人気がある色とは、
決してその人が好きな色ということではありません。
また、自分もしくは誰かがその人に似合うと思っている、その色でもありません。
ありふれていて、好きでも似合うというわけでもないその色を選ぶ人たちは、
目立たなく、多くの人と同じことを望みます。
逸脱しないように、街に溶け込むように。
しかし同時にこの人たちは、
選ばれることを熱望するのです。
多くの少女マンガに見られるあのパターン。
いつでもひょんなことが起こり、
カッコいい男子に見染められ、
自分の意思に反して物語が進行する、あの使い古されたパターンのように、
誰かから選ばれて、運命が開けていくことを切望するのです。
けれども、多くの、このありふれた色を望む人たちには、
そんなことは現実に起きなかったでしょう。
自分が好きでも似合うわけでもない、ありふれた色を選び続けた
その人たちの衣装というテキストは、その人が代替可能な人物であると、多くの人に知らせたのです。
ひょんなことなんて起こりません。
カッコいい男子も王子様もやってきません。
運命の扉が自動ドアのように勝手には開くこともありません。
さて、ではそうではない者、
自分が何が好きかわかっていて、
他人の嗜好を知るための人気ランキングなど完全無視し、
自分の意思で選択し、その責任を取る、そんな人が赤が好きなら、
迷わず赤い服を着ましょう。
赤は情熱の色、行動の色です。
ハートはいつも赤い色で表現されます。
赤はLOVEの象徴です。
自分であることを包み隠さず、凛とした姿で自分の人生を歩いていく、
そんなあなたに赤はうってつけです。
そういう人の中に人々は美を見出し、引きつけられます。
運命の女神フォルトゥーナはほほ笑み、
あなたは選ばれます。
多くの中から選ばれるその理由は、まさにあなたが代替不能だからです。
赤が好きな人は赤を着ましょう。
赤いドレスでも、赤いコートでも、赤いセーターでも、赤いブーツでも、赤いバッグでも、何でも構いません。
赤を選びましょう。
そして、その勇気を持って、自分の未来を自分で切り開いていきましょう。
2017年8月17日木曜日
買っても買っても満足できないあなたへ
どこへでも連れていってくれる靴を。
誰もが認めるバッグを。
幸せになるドレスを。
あなたはその人の言葉を信じていました。
その靴はどこへでも連れていってくれると。
そのバッグを持てば、誰からも認められると。
そのドレスさえ着れば、幸せになれると。
そうしてあなたは買いました。
その靴を履いてどこへでも好きなところへ行けるだろうと。
そのバッグを持てば、誰からも称賛されるだろうと。
そのドレスを着れば、幸せになるだろうと。
そう信じているにもかかわらず、
あなたはまた落ち込むのです。
昼間あんなに輝いて見えた靴も、
夜、自分の部屋へ戻って、蛍光灯の下で見たときは、
もう既に魔法が解けて、何の変哲もない普通の靴になっています。
きっとこれは何かの間違いだと、
どこかで自分が勘違いしたのだと、
あなたは自分を責めます。
なぜなら、あの人の言うことは正しいのだから、
間違うはずは、ないのだから。
けれども、余りにもそんなことが続くと、
次は、信じるその人をかえてみます。
付き合った恋人が悪かったため、自分が不幸せになった、
あのときと同じように、
信じる相手をかえれば、何もかもうまくいくと考えます。
こんどこそきっとうまくいくと。
次は絶対に失敗しないと。
しかし、何枚買っても、何足買っても、一向に欲しいものは得られません。
気分の上昇は、同じだけの落ち込みをもたらします。
何度もそれを繰り返すうちに、もはやそこには何の喜びも感じられません。
ひどい落ち込みと罪悪感と、頭の中の止まらない自分を責める声。
そのうちに思い出すのです。
小さいころ、あなたがお気に入りのドレスを着て踊っていたとき、
お母さんがあなたに向けた冷たい視線を。
または、「お姉ちゃんはかわいいのに、あなたはかわいくないね」と言った、
あの言葉を。
そしてそれを聞いたお父さんは、何も言ってくれなかったことを。
お父さんが、かわいいねと、言ってくれなかったあのときのことを。
もう自分ではわかりません。
何を着たら、お父さんがかわいいと言ってくれるか、全くわかりません。
そして、ずっとわからないまま、あなたは大人になりました。
だからそれを教えてくれるあの人を信じたのです。
あの人がお勧めする、そのドレスさえ着れば、幸せになれると信じたのです。
けれども、その試みは失敗しました。
得られたのは見たくもない請求書とレシート。
そして、終わらない悪夢。
買ったたくさんの靴とバッグとドレスを見ても、
あなたは何も感じません。
どうしていいかもわかりません。
そしてあなたは途方に暮れました。
まるで、氷の道の上に立っているようです。
どこまでも続く、暗く、冷たく、かたい道を歩くような毎日。
あなたが本当に欲しかったのは靴でも、バッグでも、ドレスでもありませんでした。
あなたが本当に欲しかったのは、
お父さんに「かわいいね」って言われることでした。
あなたがどんな靴を履いていても、どんなバッグを持っていても、どんなドレスを着ていても、
それでもかわいいねと言ってくれる、お父さんの言葉でした。
あなたの本当のお父さんはそう言ってくれなかったので、
あなたは、そのドレスさえ着れば、誰かがそう言ってくれると信じたのです。
だけれども、そんな人はそう簡単にあらわれないのでした。
買っても買っても、そんな人はあらわれませんでした。
そうしてあなたは今日も、その渇望感で死にそうです。
どうしたらいいのでしょうか?
何かいい方法は、あるのでしょうか?
誰も言ってくれないのならば、あなたがあなたに言えばいいのです。
大人のあなたが小さなあなたに、
どんな靴を履いていても、どんなバッグを持っていても、どんなドレスを着ていても、
あなたはいつでもかわいいと、言ってあげればいい。
かけっこが遅くても、成績が悪くても、
あなたはいつでもかわいいと言ってあげればいい。
泣いていても、笑っていても、怒っていても、いつでもかわいいって、
自分で自分に言ってあげればいいのです。
そんなにたくさん買わなくていいのです。
どんな靴でも、どんなバッグでも、どんなドレスでもいいのです。
だってあなたはかわいいから。
誰も認めてくれなくったって(本当はそんなことありませんが)、
あなたは十分にかわいいから。
それは誰とも比べられないから。
そして、それは永遠に続くから。
疑いようもなく、それは真実だから。
※男子はドレスを「シャツ」に、かわいいを「かっこいい」にかえて読んでみてね!
2017年8月7日月曜日
コルセットと細いウエスト
外せないのはコルセットの存在です。
特にルネッサンス期以降、スカートのボリュームが大きくなるにつれて、
胸の下からウエストにかけてコルセットと呼ばれる胴着を装着し、
ウエストとヒップの差を強調したシルエットが主流となっていきます。
その後、コルセット着用の流れはナポレオン第一帝政時代、ナポレオンの妻であったジョセフィーヌが着用したことで有名なエンパイアドレスやイギリスのジョージアンスタイルのドレスなど、
一時途切れ、その後、復活しますが、1906年にポール・ポワレがコルセットなしのドレスを発表をもって終了したと言われています。
コルセット着用の理由は、
一人で着用することが難しいことから裕福であることを示すため、
胸とヒップを強調することによる男性へのアピールのため、
そうではなく、女性みずからが好んでウエストを強調するためなどと、
諸説ありますが、はっきりしたことはわかっていないようです。
ポール・ポワレによってストレートなラインのドレスが発表された後、
ウエストの強調、もしくはウエストマークはいったんなくなったかに見えた女性の衣服ですが、
決してそんなことはありませんでした。
現在に至るまで、細いウエストと膨らんだスカートや、
ビスチエと言われる胸から下にかけての胴着など、
胸から下の胸郭からウエストの強調が消えることはありません。
細い胸郭からウエストは何をあらわすのでしょうか。
そのうちの1つは女性らしさです。
胸から腰にかけて、どちらかというと寸胴の男性に比べて、
女性のウエストは、太ってさえいなければ、細いものです。
それは男性にはない特徴として、女性らしさをあらわします。
次に考えられるのは、若さの象徴としてのウエストの細さです。
男性よりはウエストが細い女性と言えども、年をとってくると、
どうしてもウエストの周囲に肉がつき、その細さは失われていきます。
ウエストが細いということは、若い女性の象徴でもあるのです。
細いウエストを持ち、若く、女性らしいということは、
太いウエストの女性よりもよりエロチックです。
確かに西洋の絵画に見られるヴィーナスのウエストは決して細くはありません。
ティッツィア―ノの「ウルビーノのヴィーナス」のウエストも、
ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスのウエストも、
ルーベンスの「鏡を見るヴィーナス」に見られるヴィーナスのウエストも、
ふくよかであり、豊穣ではありますが、エロチックではありません。
一方、マネが描いた「オランピア」に見られるウエストの細い裸体の女性はエロチックです。
オランピアは娼婦です。
ヴィーナスには「エロス」という子供がいますが、
オランピアには子供はいないでしょう。
しかし、「エロス」という子供のいないオランピアのほうが、
皮肉なことにエロチックです。
それはその細いウエストゆえです。
それが示すのは未婚であること、そして何よりも恋愛の可能性です。
女性はそのことを無意識のうちに知っているのでしょうか。
コルセットが必要でなくなった現代においても、決して細いウエストを捨てたりはしませんでした。
細いウエストを見せるつけるために女性たちがやるのは、
ウエストにベルトをする、または胸の下から細いウエストまでを見せることです。
まずはベルトについて。
ベルトは通常、スカートまたはパンツがウエストからずり落ちないためにするものですが、
女性の衣服の場合、それとは別の用途で、
つまり、ずり落ちるものなど何もないのに、一種の装飾としてベルトを用います。
ブラウスにも、ワンピースにも、コートにも、ジャケットにも、
太いベルトでも、細いベルトでも、ウエストマークをするためにベルトをします。
このとき女性たちは、コルセットの名残としてベルトを使います。
これは誰にでも取り入れることができる、手っ取り早い女性らしさと若さの表現です。
そしてもっと進んだ形でウエストの細さを強調するのが、
ミドリフ丈のトップスの着用による、胸下からウエストにかけて露出させるスタイルです。
(ミドリフとは横隔膜という意味)
モデルたちがこの部分を露出するスタイルをしているのをよく見かけます。
彼女たちはもはやコルセットなど必要としないのです。
ワークアウトによって手に入れた、コルセットなしの細いウエストを見せることによって
コルセットと同じ効果、すなわち女性らしさ、若さ、そしてエロチックさを彼女たちは見せつけます。
それとなく、涼しげに。
コルセットが消えた現在においても、
女性は決して細いウエストを手放してはいません。
細いウエストに無頓着になるということは、
女らしさと若々しさ、そして恋愛の可能性を捨てたということを意味します。
そんなことは意図していないとしても、
私たちはそう読みとります。
衣装はテキストの一形態です。
それは読みとられ、解釈されます。
女らしさ、若さ、そして恋愛の可能性を表現したいのなら、
ウエストの細さを作ることです。
それはベルトを使っても、ワークアウトで肉体を細くしても、
どちらでも構いません。
それを作ったなら、人々はあなたというテキストを読みとくでしょう。
あなたが女らしく、若々しい存在であると。
そして何よりも、あなたは恋愛の対象者となり得ると。
望むのなら、あなたはそれを意図して、作ることができるでしょう。
2017年7月20日木曜日
秩序
特に自然に対するその態度の中には必ず秩序(ORDER)
つまりコントロールされることによってなされた様式美や法則性が見てとれます。
自然と美という点でわかりやすいのは芸術としての庭園です。
特にルネッサンス期以降、このコントロールされた様式美は顕著で、
アンドレ・ル・ノートルの設計したパリのテュイルリー庭園や、ヴェルサイユの庭園といった、
フランス式庭園にそれを見ることができます。
自然界に存在する樹木は幾何学的に刈り取りトピアリーにされ、
そのトピアリーを正確に左右対称に配置されたそこには、
自然の姿を見ることはできません。
一方、ラーンスロット・ケイパビリティ・ブラウン設計の
チャッツワ―スやブレナムパレスなどに代表されるイギリスの風景式庭園は、
見た目こそ自然そのものではありますが、
これもまた、コントロールされた自然であり、
決して自然そのままというわけではありません。
中でもウィルダネス(Wilderness)と呼ばれる風景式庭園の一部分は、
まるで自然の中の荒野のようではあるにもかかわらず、
それとて人間の手で人工的に、自然さを装った、
秩序のある自然です。
それはあたかも、3時間かけて作り上げるナチュラル・メイクのようであり、
西洋の美は、それが自然のように見えるものだとしても、
必ずコントロールされているものである、ということがわかります。
衣服においても、そのことは顕著です。
西洋の衣服の歴史において、特に女性の肉体は自然に属し、
コントロールされるべき存在であり、
コントロールされて、そこに秩序があってこそ、
美を感じさせるものでした。
コルセットはその役割を果たし、
そのほかの部分がいくら自然に乱れて、自由に動き、膨張していったとしても、
肋骨を含む胸郭をコルセットを使うことによってコントロールされている、
その姿勢に西洋の人々は美を感じていたのです。
この美意識は、現在の衣服の中にもまだ残っています。
全体の配色を3色以内にする3色ルールも、
色またはシンボルや形状を2か所以上配置し関係性を作る方法も、
上下を同じ色、同じ素材で作り上げるスーツも、
その秩序の1種類です。
思いつきや自然のままではない、意図されたことを取り入れることによって、
美を作りだすのです。
それは人によって考案され、試され、作られた美です。
それは自然ありのままではない。
よって、意図しないことには生まれないものです。
流行によりシルエットが変遷し、
今まで考えられなかったような小ささ、あるいは大きさ、
装飾過多、もしくは無装飾の状態になったとしても、そこに美しさが顕現するのは、
必ずどこかしらこのコントロールされた様式や法則性があるからです。
それが全くなくなると、それは単なる不格好な、意味をなさないものとなり、
それを私たちはファッションではないと感じます。
私たちが装うとき、何かしらおかしい、または何かしら物足りないと感じるならば、
どこかにこのコントロールされた、すなわち秩序を取り入れるとよいでしょう。
使う色を3色以内にとどめ、どこかに関係性を作って、
それでもまだ何か足りないと思えるのなら、
もう1つコントロールされたものを入れればよいのです。
コントロールされるのは何も服そのものだけではありません。
モダンな装いが取り入れたのは、コントロールされた肉体です。
シェイプアップとは、まさにそのことで、
単に痩せていることを指すのではありません。
あくまでも全体のバランスに美があるかどうかが重要で、
実際の体重の多寡よりも、その均整が大事なのです。
しかし、痩せていなくても、コントロールされることは可能です。
痩せていないのならば、装いの中に秩序をしっかりと組み込み、
コントロールされた部分を意図的に作れば、それはそれで意味のあることです。
そのためにはいくつかの方法があります。
それだけで形がはっきりとあるような、立体的で優れたパターンのジャケットやコートを着ることも、
ヒールの靴を履くことも、
固い襟やカフスも、すべて自然の形態そのままではないのですから秩序です。
例えばジャケットやコート、またはドレスの上からする
ズボンがずり落ちないようにする目的ではなく使われるベルトは、
誰でも簡単に手っ取り早くコントロールされた部分を作る方法です。
痩せていないのなら、これらを取り入れて、
自然な肉体がそのまま露見してしまわないようにすればよいでしょう。
もちろん太っていないということは、
肉体がコントロールされているということですから、非常に価値があります。
しかし、それが不可能ならば、
美を作りだすために必要なのは痩せて見せることではなく、
どこかしらコントロールされた部分を取り入れることです。
そうすれば、そこに西洋の美を作りだすことができます。
自己否定から美は生まれません。
美はコントロールすることにより生まれます。
自然のままではいけないのです。
おしゃれとは、そのことを知って自分でコントロールすることです。
コントロールされる存在ではなく、
みずから意図的にコントロールする存在になること、
それが最も重要です。
なぜならそれは、コントロールされた精神の持ち主であることの証だからです。
2017年7月13日木曜日
うたかたのドレス
あなたが毎日チェックする、
その人の社会的なつながりに関するサービスにアップされた、
あなたが素敵だと一瞬思ったドレスは、
まるでうたかたのドレスです。
あなたが毎日チェックするその人は、
いったいそのドレスを過去に何度着ていたのでしょうか?
たぶん着ていたことがなかったか、
あっても1度、もしくは2度程度。
それが素敵に見えたのは、
あなたが初めて見たものだから、
あなたにはよく見えないから、
あなたにはさわれないから。
あなたが今どうしてもそれを欲しくなってしまうのは、
あなたには手が届きそうにないから、
あなたには着られないだろうから、
あなたはきっと、見ているだけだろうから。
明日も、相も変わらずに。
そんな泡沫のドレスに、あなたは毎夜、悩まされ続けます。
もしかして手に入れることができるかもしれないと、
そのための算段をいろいろ考え始めます。
そのため、思いあまって、
「そのドレス、どこのブランドのものですか?」などと、
ほとんど返事がもらえる可能性のない質問を、
自分の名前を隠して、その人にはわからないような小さな隠喩で作られた名前で、
聞いてしまったりするでしょう。
そんなことを聞いて、万が一、返事があったとしても、
あなたはそれを手に入れるわけではないのです。
ただそのドレスを自分が着てみる可能性を、
数秒ほど考えてみただけ。
その数秒を、いらぬ空想に奪われただけ。
そんな繰り返しの毎日は、あなたを幸せにしたでしょうか?
あなたはそのうたかたのドレスを見るたびに、
あの、得も言われぬ、宇宙に偏在する愛のネットワークに触れる、
そんな感覚を得られたでしょうか。
得られると言うのなら、それを続ければよいでしょう。
うたかたのドレスを夢見続ければいいでしょう。
けれども、もしそうでないと言うのなら、
そんなうたかたのドレスに恋するのはやめることです。
あなたを幸せにするドレスは、そんなところには存在しないのです。
それはもっと身近な、
触れられるところにあるのです。
少なくとも確実に返事があるような、そんなところに。
幸せになりたいのなら、
泡のようにはかなく消えない、あなたの手に届くドレスを選んでください。
そしてそのドレスを着て、空想ではない、実在の道を歩いてみること。
そのドレスの素肌に触れる感触こそがあなたを幸せにするものだと、
きっとあなたは気付くでしょう。
