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2024年6月20日木曜日

ミニマリストになりたいときは

 服、靴、バッグの数を最小限にするミニマリストになりたい場合は、
服の色の数を制限するのが最も効果的です。
極端な場合は、「すべてのものを黒にする」のように
1色でそろえてしまえば簡単ですが、
そうでない場合は、服の色にかぎっては3色以内にするといいでしょう。
なぜ3色かというと、服の世界には3色ルールという、
「全身を3色以内におさめるのがシックである」というルールがあるからです。
※くわしくは拙著「わたし史上最高におしゃれになる!」参照ください。

極めたい方は、服、靴、バッグまですべてを3色以内でそろえるといいでしょう。

さて、3色といった場合、どんな色が適しているのでしょうか。
実際、売られている色で多いものをそろえるのが簡単です。
微妙な色、あまり売られていない色ではこの計画は破綻するので、
市場に多く出回っている色で決めていくといいでしょう。

するとその色とは、
黒、白、ネイビー、ベージュ、この4色が基本となります。
特に黒と白は洋服の基本の色なので、この2色、あるいはどちらかは入れて3色以内にするといいでしょう。

例えば全身黒です。
これは流行っている時期、流行っていない時期があります。
また住んでいるエリアによっても、全身黒でいいエリア、全身黒はよくないエリアが存在します。
例えば、都会生活者なら全身黒だけでそろえたワードローブでも大丈夫ですが、
スズメバチに襲われる心配のある森林が近いエリアでは、全身黒はできません。
何色を選ぶかは、自分の好みとライフスタイル、そして住んでいるエリアを参考にして決めるといいでしょう。

ここで私のお勧めを少し紹介します。
例えば都会生活者の場合、コンクリートとガラスの建築物と似合うのはなんといっても白と黒。
白と黒ですべてそろえていけば、それだけで事足りると思います。
また、これだけでは物足りない場合は、
白からグレー、黒へと明度のグラデーションの範囲内でアイテムを選んでいくようにすればいいでしょう。
このグラデーション内でしたら、何色と合わせてもよく合いますので、
色合わせの失敗がありません。

デザインに関しては、オーソドックスでシンプルなもの、
あるいは、好きなデザイナーまたはブランドを決めて、
そのテイストのものだけを集めていけばいいでしょう。
ここでデザインもいろいろ入れると、アイテム同士の不協和が生まれますし、
ルックを作るのが難しくなりますので、デザイン性は統一しましょう。
統一されているのであれば、それがモードだろうと、トラッドだろうと、
あるいはエスニックだろうと問題ありません。

一方、都会ではなく、カントリーサイドにお住まいで、
もう少しナチュラルなテイストが好みの場合は、
ベージュからダークブラウンの明度のグラデーションを作っていくのもいいでしょう。
ただし、ベージュの色合いはブランドによってかなり差がありますので、
この場合もいろいろなブランドのものを混ぜないようにしましょう。

どちらも、少し退屈だと感じるのなら、
靴、バッグ、そしてマフラー、帽子、手袋などを差し色として、
もう一色集めていくといいでしょう。
例としては、白、グレー、黒を集める場合は赤、
ベージュからダークブラウンを集める場合はオレンジ、あるいはブルーという具合です。

色数を徹底させること、
デザインを統一することによって、
全体のアイテム数を限りなく少なくすることができます。

数を少なくすることで、
一枚にかける予算もふえますし、
枚数が少なくなれば、それを置くスペースも最小限ですみます。
そして、メンテナンスにかける時間と労力も減ります。

人生をおしゃれという名の美しい欲望に浸食されたくない方は、
ミニマリストになりましょう。
時間、エネルギー、お金は限られていて、無限ではありません。
特に時間に関しては、ふえることはありません。
人生で最も大事なことがあるならば、
時間、エネルギー、お金はそのために使いましょう。



2024年6月18日火曜日

バッグや靴もセカンドハンドで大丈夫

円安の進行と相まって、ここへきて服、靴、バッグの価格が上がってきました。
特にバッグと靴の値上がり幅が大きいです。
10年ぐらい前、20万円台だったバッグが今では40万円台と、
2倍あるいは、それ以上にまで上がっています。

ファッションをトータルで考えると、ジュエリー以外で高価なのは靴、バッグ、コートでしょう。
特に皮革製品の靴、バッグは高額です。

しかし定価で買うと高額の靴やバッグも、セカンドハンドなら買えるものも出てきます。

また、もし仮に買える範囲のものがかなりくたびれて傷んでいるものしかないとしても、リペアすることができます。

写真がなくて申し訳ありませんが、先日、私の家族が10年ほど前に買った、あるブランドのバッグをリペアに出しました。

リペアから戻ってきたものは、新品のものを少し使ったぐらいのきれいさでした。
今、リペアの技術も大変進んでいるので、例えば安く買ったバッグを修理に出して使うということも可能になりました。

靴に関しても同様です。
セカンドハンドのショップをのぞけば、新品同様の中古品を売っている場合もありますし、少し修理すればまだまだ履けそうな、いい状態の革靴も売っています。

また、例えばJ.M.WESTONでは、リペアサービスもあります。
それだけではなく、ヴィンテージとして修理済のセカンドハンドのシューズも売っています。

靴でさえ、今ではセカンドハンドを利用する時代なのです。
しかも堂々と。
むしろ自慢げに。

西洋式の生活をする国の人々、すべてにいきわたるほどの靴やバッグは、もう既に製造されて、誰かの手に渡っています。
そしてその誰かの家には、靴やバッグが過剰にあふれています。
いちどのお出かけで持っていくバッグの数は限られています。
また、靴はいちどに一足しか履けません。
もちろん中には壊れて使えなくなったものもあるでしょう。
けれども、まだ使えるにもかかわらず、使わなくなった靴、バッグも同じぐらいたくさんあります。

新品にこだわる必要はありません。
「一度人の手に渡った」ら、もう新品ではありませんし、
他人は、そのバッグが新品かどうかなど、気にしてはいません。
素敵かどうかは、新品であるかどうかとは関係のない問題です。

選べるものがあるときは、バッグも靴もセカンドハンドを選びましょう。
それはあなたのためになります。
また、その他の人のためでもあります。
そして何より、それは地球環境を改善するのに、必要な行動なのです。

 


2024年6月5日水曜日

センスを身に着ける方法

さて、セカンドハンドから服、靴、バッグを選ぶ際に必要なもの、それはお金と、そしてセンスです。
セカンドハンド品のほとんどは古いもの。
もちろん中には新しいモデルが中古品として売られていることもありますが、それは例外です。
中には10年、20年以上前のものもあるでしょう。

そこから自分に必要なもので、かつ素敵なものを選び出すにはセンスが必要となります。
雑誌で組まれる「古着屋」特集は、ごくたまにしかありませんから、
店舗情報以外には、参考になりません。

また、セカンドハンド品は、ラルフローレンのボタンダウンシャツやパタゴニアのダウンジャケットなど、有名なアイテムを除いては、ほとんど一点しかないものなので、誰かのお勧めがあるわけでもありません。

そこでセンスです。
さて、センスとはなんでしょうか。
ここでは、いいものを見分け、判断する力としましょう。
服、靴、バッグにおけるセンスで言うと、
そのもののデザイン、素材、パターン、仕様を理解し、雑多に集められたものの中からいいものを選ぶ力です。

ということは、センスを磨くためには、いいもの、つまり
デザイン、素材、パターン、仕様のうち優れたものを知ることが大切ということになります。
まずは、この4つの要素の優れたものの基準を知ることが重要です。

デザインに関しては、インターネットを通してさまざまな媒体に触れることができます。
以前は雑誌や新聞でしか知り得なかった各都市のコレクションの情報、スナップまで、ネット環境さえあれば簡単に手に入ります。
二次元の情報であれば、家にいながらでもチェックできます。
例えば、自分が好きなハイブランドのコレクションをチェックし、繰り返し見ているだけでも、服、靴、バッグのデザインや、全体のシルエットなどわかるようになります。

このように二次元の情報ならどこにいても手に入る現在ですが、問題なのは三次元の優れたものです。
残念ながら、いい素材、パターン、仕様とも、写真で見ているだけではわかりません。
これらはさわってみたり、着てみたりしなければ知り得ないものです。
そうしてこれらは常日頃から、安い素材、いい加減なパターン、簡単な仕様のものばかりに触れていると、センスが育たない分野でもあります。

例えば都会の住民で、デパートやセレクトショップが近くにあるならば、それらへ出向いて、試着してみれば、それなりにわかってくるでしょう。
では、デパートやセレクトショップなどめったにお目にかかれない地方に住んでいたらどうしたらいいのか、です。
私のお勧めは、一点でいいので、自分が好きなコレクションに出ているレベルのブランドのセカンドハンド品を手に入れる方法です。
フリマアプリで検索すれば、1万円以下で買えるものが何かしら出てくると思います。
また、ハイブランドといっても、エルメスやシャネルなどではなく、
パリ、ロンドン、ミラノ、NYコレクションに出ているレベルのものであれば、セカンドハンド品ならもっと安く手に入れることができます。
シャツ1枚で構いません。
自分が出せる金額のものを1枚、手に入れてみてください。
気に入らなければまた売りに出せばいいでしょう。
それがコットンのシャツであったとしても、素材、パターン、仕様の、どれをとってもいいものとしての印があります。
その印を記憶します。

服、靴、バッグ、どれについてもこれらを繰り返しましょう。
そのうちにセンスは磨かれていきます。

またこれと同時に、優れたデザインのもの、美しいものに接することも大切です。
美しい絵画、建築やインテリア、器、花や庭園など、その他、生活空間に存在する美しいものを意識して見る機会をふやすといいでしょう。
地方であれば、その地方の歴史的建造物や工芸品でも構いません。

これらはどこにでもある一定数は存在しています。
重要なのは、これらを意識して見るか見ないかです。

服、靴、バッグだけを追いかけているだけでは、非常に底の浅いセンスになってしまいます。
そうならないためには、文化的な重しが必要です。
美しく、優れたものには必ず歴史があります。
その歴史の時間軸が、センスに深みを与え、
センスを単なる感覚ではなく、時代の変化に対応でき得る創造力へと変えるでしょう。

これらを若いころから始めるのが望ましいですし、簡単ですが、
何歳になってから始めても遅くはありません。
今からでも始めましょう。

このように深いセンスが身についた暁に待っているのは、
お金をかけずとも、新しい服を着なくとも、
おしゃれで、かつ知的なあなたです。


2024年5月8日水曜日

セカンドハンドは宝の山


既製服と呼ばれる大量生産品が作られるようになったのは1960年代です。
60年代から70年代にかけて、日本ではアパレル産業が発展しました。
それにより、家庭で、あるいはオーダーにより、個人のために一点ずつ作られていた洋服は、同じものが大量に作られる、いわゆる大量生産品となっていきました。
参照資料はこちら

セカンドハンドとして手に入れられるものは、
主にこれらの既製服、あるいは大量生産品の靴やバッグとなります。

言うまでもないことですが、年数がたてばたつほど、
セカンドハンド品はふえていきます。
1980年代に、セカンドハンドの古着を買おうとしても、
それほどたくさんの中からは選べなかったでしょう。
また、古着屋といえば、アメリカやヨーロッパから輸入した古着を扱う店がほとんどでした。
しかし2020年代、状況はすっかり変わりました。
日本国内に古着を買い取る店舗もふえ、
手放す人も多くなりました。
その結果、膨大な量のセカンドハンドが売られるようになりました。

古着、あるいはセカンドハンドと聞いて、
それは単に誰かが着たお古であり、
くたくたで、着るのがやっとなほどのものばかりと考えている人も多いかもしれません。
しかし、実際はそんなことはありません。
古着、あるいはセカンドハンドの服や靴、バッグは、
必ずしも、今現在売られている新品のものよりもクオリティが劣っている、
というわけではないのです。

環境省が発表したこのグラフによると、
1990年代、日本では衣服1枚当たりの価格が6,848円だったのに対して、
2021年には2,785円になっています。
一方、2010年以降の供給量は1990年代の1.5倍から2倍です。
これが意味するところは、
ひとり当たりの年間購買枚数はふえているもの、1枚の単価は下がっているということ。
衣服はサービスではなくモノですから、
原材料や工賃その他がかかります。
原材料を下げて、クオリティだけを上げるということは、まずありえません。
クオリティが高いものを作るにはそれに見合った原価が必要です。
このことが意味するのは、今の人たちが買う1枚のクオリティは、
1990年代のそれよりもずっと下がっているということです。

特に下げてきたのは素材です。
1990年代は豊富にあったウール、コットン、リネン、シルクといった天然素材の衣服が、2000年以降、急速にポリエステル、ナイロン、アクリルといった化学繊維にとってかわりました。
化学繊維の素材であれば安く、品質が悪いとは一概に言えません。
もちろん中にはクオリティが高く、高価な化学繊維もあります。
しかし、単価が安く大量に生産される衣服のほとんどは品質の低い化学繊維で作られています。

1990年代の若者は、今よりもずっと単価も高く、かつクオリティの高い服を着ていました。
実はこの傾向は世界的なもので、日本だけのものではありません。
世界的に低いクオリティのアパレル製品が大量に出回っていったのがこの20年余りの出来事です。

しかしだからといって、クオリティの高いアパレル製品が存在しなかったのかといったら、
そんなことはありません。
それらは実際、存在し、売られていました。
しかし徐々にそれらの価格は上がり、
クオリティの低い安い製品との価格差が大きくなっていきました。
例えば、10万円台で買えたトレンチコートが、今では100万円近くになっています。

さて、ここでセカンドハンドです。
現在、出回っているセカンドハンド品は、古いものでは1970年代から、
新しいものでは、それこそ前年のものまでさまざまです。
また、大量に売られたものが大量に出回りますから、
セカンドハンド店によっては、ここ20年ばかりに大量に作られたクオリティの低いアパレル製品ばかりのところもあるでしょう。
私たちが探すべきなのは、そんなクオリティの低いものではありません。

セカンドハンドとして流通しているものの中には、
高価であったもの、大事に着られていたものが多く含まれます。
高かったものほど大事に扱うのは、世界中どこの人も同じです。
これら、そこそこ高価で、大事に扱われていた、クオリティの高いセカンドハンド品こそ、私たちが手に入れるべきものです。
理由は、現在、同じ価格ではそのクオリティのものを手に入れることはできないからです。

それはまさに玉石混交です。
私たちには、玉を見つける識別能力が必要になります。
素材やパターンで見分けるのが基本ですが、
それができないのなら、ブランドタグで識別してしまえばいいでしょう。
現に世界じゅうで、オールドセリーヌを探している人がいるぐらいです。
また、例えばフィービー・ファイロの時代のセリーヌであるとか、
マルタン・マルジェラ時代のエルメスなどというように、
デザイナーのアーカイブを探している人もいます。

セカンドハンドから何か選ぶときに問題があるとすれば、
それが現在のトレンドと離れすぎて、
古臭く見えるのではないか、という点でしょう。

それを克服するには2つの方法があります。
ひとつは、自分のスタイルを確立して、
トレンドとは関係なく、それを貫き、
自分のスタイルに合致したものを選ぶこと。

ふたつ目は、定点観測によりトレンドを把握し、
今のトレンドと変わらぬシルエットを持つアイテムを選ぶことです。
面白いことに、流行は繰り返されます。
定期的に70年代風、90年代風というときがやってきます。
観察していれば、トレンドがどこへ向かうのかわかってきますから、
そのトレンドに沿ったものをセカンドハンドの中から見つけ出せばいいでしょう。

セカンドハンド品だけを身に着けていたら、
誰かに古臭いと思われはしないかと心配している方もいるかもしれません。
古臭く感じるのは、主にシルエットと色の問題なので、
常に今の気分を把握しているか、
あるいは自分のスタイルを貫いていれば、その心配杞憂に終わります。

それよりも、セカンドハンドの中から素材、デザイン、パターン、縫製とも、
クオリティが高いものを着ているほうが、驚くほどに素敵に見えるのです。
これがいかほどのものなのかは、やってみた者でないとわからないでしょう。

まずは、よさそうなものが売っているセカンドハンド店を見つけましょう。
それがないのなら、自分が好きなブランドをフリマアプリなどを通して探してみましょう。

クオリティの低い、けれども価格が高いものにお金を使うぐらいなら、
同じ金額でセカンドハンドから最高のものを選ぶほうが、
ずっとおしゃれで素敵なルックが作れるのが今の時代です。

お金もかからず、サステナビリティに配慮したサーキュラーファッションの実践にもなる。
これほど最高なことはほかにないとは思いませんか?

 ※写真:1970年代のものと思われるイタリア製のランバンのコート。セカンドストリートで1700円でした。



2024年4月24日水曜日

自分のスタイルがあなたを救う

2024年4月現在、円相場は1ドル154円。
これは約34年ぶりの水準です。
34年前とは1990年あたり。
長く生きてきた人は、この年を経験し、覚えているでしょう。
このころ、日本のデザイナーたちがパリコレで多く認められるようになり、
世界のファッションに大きな影響力を与えた時代です。
表参道を歩く若者たちは、この日本のデザイナーの作る服を着て、
仕事へ行き、カフェでお茶を飲み、美術館や映画館、ライブ会場へ向かったのでした。

このころ、アパレル製品の多くは日本製でした。
もちろん木綿や羊毛など、原材料の多くは輸入でしたが、
それでも日本産の生地を使い、日本で縫製されたものを、
日本の若者たちが自分たちで稼いだお金でそれを買って、着て歩いていました。

一枚の価格は決して安くはありません。
私の記憶では、当時、パンツやセーターは2万円程度、
ジャケットは4,5万円といったところでした。
これがコレクションに参加しているブランドとなると、もっと高くなります。
コートで10万円以上したでしょう。

まだインターネットに接続する人が多くはない時代、
ファッションに関する情報は雑誌や新聞、そして一部テレビのみでした。
コレクションは招待されなければ見ることができず、
多くは雑誌に掲載される写真によって、その内容を確認しました。

そのころの若者は皆それぞれ違う格好をしていました。
今ほど、同じものが大量に生産されることはなかったので、
全く同じ格好の人と表参道の交差点ですれ違う確率は非常に低いものでした。

もう一点違うことがあります。
このころの若者は、服を1年や2年で捨てたりはしませんでした。
2万もするスカートやパンツや、10万もするコートをすぐに捨てたりするわけがありません。
ある程度長く着るのはごく普通の一般的なこと。
自分で働いたお金で買った、安くはないコートやジャケットを大事に着る。
しかも工夫を凝らして着る。
その結果、おしゃれな若者が表参道の交差点に多く集まりました。

2000年に入るころ、その様相が一変します。
大量生産の安い衣料の出現です。
2000年の円の相場は1ドル107円前後。
1990年代に比べて円高になりました。
1990年代に始まった生産工場の海外移転は加速し、国内生産品は徐々に海外生産品にかわりました。
その結果、2024年の現在、日本製の衣料は全体の2%にまで減りました。

大量生産の安い服が出現したため、
購買する1枚の単価は低くなりました。
同時に、所有枚数と捨てる枚数もふえました。
新聞や雑誌が情報源だった時代は終わり、インターネットがそれにとってかわりました。

1枚は安い、たくさん買う、たくさん捨てる。
アパレル製品は今や、週刊誌のように扱われるようになりました。
またその方法、つまりたくさん買って捨てるこそがおしゃれなのだと吹聴する言説も散見されたため、
多くの人がその方法を採用しました。

一方、この方法を採用しなかった人々が一部います。
その人たちは、安くはない服を、少し買い、捨てないでとっておきました。
それは90年代のおしゃれな若者と同じ方法でした。

2024年4月、円安によって維持できた前者の方法は、ほとんどの人にとって不可能なものとなりました。
理由は、円安によるインフレ率と同等に、可処分所得がふえていないからです。

今、安心しているのは後者の、安くない服を、少し買い、捨てないでとっておいた方法を採用した人達です。
厳選された服をとっておいたので、今慌てることはありません。

慌てていない理由がもう一つあります。
後者の人は、一枚を長く保持し、着続けるため、
常に自分のスタイルについての考察を余儀なくされました。
そのため知らず知らずのうちに自分のスタイルができ上がりました。

よくあるテレビや雑誌の変身コーナーは、
確かに変身後のほうが変身前よりも見栄えがよくなってはいますが、
そこにその人のスタイルはありません。
スタイルは、その人のことをよく知らない他人には作れません。
そして何より、スタイルを作るのには時間がかかります。
一枚の保持が長ければ長いほど、その人独自のスタイルも完成に近づきます。

皆さんが大好きなシャネルの言葉があります。
「ファッションは移り変わるが、スタイルは永遠」

"La mode se démode, le style jamais."

安く新しい服をたくさん買っては捨てるを繰り返す。
それは確かにファッションでした。
それを楽しく思った人も多いでしょう。

しかし、1990年と同じ為替相場では、それはもう無理なのではないでしょうか。
それがもう無理になったということは、街行く人々が証明しています。
アパレル業界は輸入品に頼っています。
よって、円安になったなら、価格は1.5倍から2倍に上がるでしょう。

この状況からあなたを救うには、ファッションをやめて自分のスタイルを作ること。
日本語で言うなら、流行を追いかけるのをやめて、
自分なりのおしゃれを追求する方向へと、
自分自身の行動を転換すること。
短時間で安くは手に入りません。
それがスタイルというものです。

 


2024年3月14日木曜日

新しいものを取り入れる前に

 季節が変わるとき、いつも同じように感じる方も多いでしょう。
去年は何を着ていたんだっけ?
今の自分にぴったりの服を持ってない、
かといって、何を新たに付け足したらいいかわからない、
などなど。
毎年同じように繰り返される、自分の頭の中に渦巻く疑問。
そして、とにかく足りないということで何か新しく付け加えるものの、
次の年になると、また同じ疑問が繰り返される。
その結果、ワードローブはふえていき、無限ループから抜け出せない。

そうならない前に、次に何か買う前は優先順位とそのニーズを考えましょう。

まず優先順位です。
どこの場面の服が今最も必要なのか、考えてみてください。
通勤着なのか、
近所へ買い物へ行くときの服なのか、
趣味のヨガやキャンプのための服なのか、
とびきりのおしゃれをしていくときの服なのか、
どの部分が足りないのか、まず見極めましょう。

次に、そのニーズを把握しましょう。これは自分なりのもので結構です。
通勤着であるならば、そのニーズは何なのか。
例えば、着ていて楽で、洗濯がしやすく、職場の雰囲気、あるいは仕事の内容に合ったもの。

近所へ買い物へ行くときの服ならば、
例えば、絶対に日焼けしたくないから日焼け防止重視、そして鍵や小銭が入るポケットがあるもの。

趣味のヨガだったら、
まず動きやすいもの、かつ帰りに買い物に行ったりもするので、羽織れば外に出られるレベルのもの。

とびきりのおしゃれのためだったら、
ちょっとぐらい着にくいとか、あるいは洗濯が大変でも、
ホテルのラウンジでお茶をしたり、レストランで食事をしても平気なぐらい、
気合が入った素敵なもの。

このように、それぞれの場面で必要な服のニーズは変わってくるでしょう。
まずはこれを把握してください。

ここまでもうできたら、もう既に持っている服を点検します。
大きなポイントは色です。
全部取り換えるのでなかったら、もう既に持っている服に何か付け足すことを考えます。
そのときに、全く合わない色のものを付け足すと、それもまた着ない服になる可能性がありますので、もう既にある服と色合いが合うように、買う色を決めます。

例えば、
ネイビーのスーツをもう既に持っているのなら、
白や水色のシャツやカーディガンがいいかもしれません。
無地がもうあるのなら、ストライプやチェックもいいでしょう。

また、ベージュのコートを持っているのなら、
オフホワイトのシャツやセーター、
または黄色やオレンジのカーディガンもいいでしょう。

こうして絞っていくと、次に買う何かの特徴も決まってきます。
あとは、どの場面で足りないと感じるか、どの場面で着たいものなのか見つけたら、
より一層ターゲットは狭まります。

例えば、ネイビーでそろえている通勤着、
真夏になる前の暑い日に着るものがないと感じていることを思い出したら、
ジャケットがわりになる、一枚でさまになるシャツやスキッパー(かぶりのシャツ)がいいかもしれません。

また、グレーでまとめている、近所へのお買い物ルック、
着るもので日焼けを防ぎたいのなら、日焼け防止できる素材の、白またはグレーの薄手のジャケットが必要かもしれません。

とびきりのおしゃれの日のための服。
去年、素敵なオールドセリーヌのドレスを手に入れたのに、
合わせる靴がない。
だとしたら、必要なのはこのドレスにぴったり合う靴でしょう。

こんなふうに、何か新しいものを買う前に、
自分にしかわかり得ない、自分のニーズを把握しましょう。
これができていないと、また来年も同じ疑問が頭の中に渦巻くことになります。

そして同じ疑問が頭の中に渦巻くということは、
何かが間違っていたということです。
いくら捨てても、まだないのならば、
間違っていたのは、捨て方ではありません。
何度別れても、まだ同じ失敗を繰り返すのなら、
別れ方が問題ではなかったのと同じこと。
似たような人と付き合ったら、また同じ羽目になります。

間違っていたのは、捨て方ではなく、取り入れ方です。

捨てても捨てても同じことを繰り返すその前に、
自分の好みとニーズを把握しましょう。

それができるようになればなるほど、
この疑問も浮かばなくなり、
人生の失敗と無駄も、きっと減っていくに違いありません。
軌道は修正されれば、それでいいのです。

 


2024年3月7日木曜日

「おしゃれ」でいるより大切なこと

言うまでもなく、「おしゃれ」でいるより大切なことは多くあります。
ここではファッションの分野に関して以下、記載します。

まず一つは、
「おしゃれ」のために個人の人生がめちゃくちゃにならないこと。
今、最上級に「おしゃれ」に見せる、最も手っ取り早い方法は、
ラグジュアリーブランドのショップへ行き、
脚の先から頭まで、トータルルックで一式買ってそろえて、
それを着ることです。
最新のスタイルを常に頭からつま先までそろえること。
これが一番、最新の「おしゃれ」に見えます。
これは誰も否定しないでしょう。

しかし、これには多大なお金がかかります。
もちろんそれだけ余裕がある人もこの世の中には存在しますが、
それはあくまで少数派です。

これは極端な例ですが、似たような小さな例はたくさんあります。
それは、自分の収入に見合わないほどの金額を被服費として使う、
または毎シーズン、ファストファッションその他を捨てては、買うを繰り返す行為です。
今の日本で、ごく普通に働いて生活している人がこれをすると、
経済がひっ迫し、貯金をする余裕が残らないでしょう。
服、靴、バッグというものは、それがどんなに安いものでも、新品であるならば、それなりの価格がするのです。
(そして2024年現在、実質賃金は下がり、インフレが続くスタグフレーション状態の日本で、それをするのは危険すぎます)

この行為によって、その人は確かに「おしゃれ」に見えるかもしれませんが、
それで人生がめちゃくちゃになるのなら、そんなものには意味がありません。

もう一つ、これはマクロな視点です。

ファッション業界は、気候変動の原因となる二酸化酸素排出量の多い産業です。
また、染色により廃棄された水、そして廃棄された衣類の焼却により、環境を汚染しています。
そればかりでなく、海外で生産される安価な衣料には、
劣悪な労働環境や、生活できないほどの低賃金で働かされている労働者の問題が裏側に存在します。
これらを解決するための選択を日々することは、
つまり、サステナビリティやサーキュラーファッションを実践することは、
個々人が最先端の「おしゃれ」であることよりも、ずっと重要なのです。
なぜなら、気候変動によって気温は上昇し、環境汚染は自然破壊をもたらすからです。
アパレル業界、ファッション業界全体に、そしてそれを消費する者に、
これらに対処する責任があります。

この2つを優先するための選択をしたのなら、
その結果、多少、「おしゃれ」に見えないとしても、
それはむしろ誇らしいことです。
明らかに、買っては捨てるを繰り返して「おしゃれ」に見えるよりも、
そちらのほうが価値があります。
そして、それを実行する人は、「素敵」な人です。

この2つのことを避けるためには、
何より、薄ら笑いを浮かべながら「ダメ出し」をする人の脅しに屈しないこと。
おしゃれになるために「捨てろ」と言う人たちの圧力に負けないことです。
そして自分の価値は自分で決めることです。

そうして最後に思い出してください。
大量消費、大量廃棄によって成り立つ「おしゃれ」よりも、
こちらのほうがよほど「魅力」があるということを。

こうした選択をして、
あなたは「魅力」を伴って人生を過ごせばいいでしょう。
魅力的ではない「おしゃれ」など、
ほんとうに素敵な人には、必要ありません。

「おしゃれ」であるよりも大切なのは、
人として「素敵」で、「魅力」があるということだと、忘れずにいてください。