ジャンポール・ゴルチエのこれまでの軌跡をダンスでダンスと歌と衣装で表現した
「ファッションフリークショー」の舞台を、
おととしに引き続き、今年も見てきました。
そこで描かれるゴルチエの人生は、
小学生のときのデザイン画はクラスメイトや先生からバカにされるところから始まり、
お金がないなか開催したデビューコレクションは、
ヴォーグの編集長にこきおろされるなど、
成功までの道のりは順風満帆なものではありません。
そこには常に他人からの批判と否定がつきまとうのです。
なぜバカにされるのか、
なぜ否定されるのか、
それはゴルチエがいつでもゴルチエであろうとしたからです。
ほかの誰とも違う
その人らしさを表現しようとするとき、
他人はなかなか認めてはくれません。
そこで人生は、
他人に認められるように自分を変える人生と、
他人に認められずとも自分を貫く人生とに分かれます。
どちらを選ぶかは自分で選べます。
決定権は自分にあります。
そしてファッションとは、
後者を選ぶ道であると、
ゴルチエは訴えます。
その人の美しさをその人らしく表現する、
それがファッションである、
ファッションはその行為に貢献するものであると、
彼は言うのです。
他人を自分の思い通りに変えたい人はたくさんいます。
ネットの海を見渡せば、今日もまたファッションポリスが
「最近の若い人たちはセンスがない!」とわめいています。
しかも匿名で。
後者を選んだ、つまりファッションの道を選んだ人たちは、
匿名のそんな声はスルーすればいいのです。
匿名のその人は、あなたのサービスや商品を買ってくれはしないでしょう。
ましてや、高給で雇ってくれることもないでしょう。
つまり、人生にとってどうでもいい人だということ。
「この人、私にとって何かいいことしてくれるかしら?」
と問いかけて、
答えが「ノー」なら、速攻ブロックです。
その人の美しさを追求する過程も、その帰結も、
理解できない他人のほうが多いのです。
(ゴルチエの場合、それを認めてくれたのが日本の大手アパレル企業でした)
けれども、
その人の美しさを追求した人だけが
最後には賞賛されます。
ゴルチエがそうであったように。
男性にコーンブラとコルセットを身に着けさせた、その功績を
結局は認めざるを得ないのです。
酷評したファッションポリスでさえも。
(その様子もファッションフリークショーでは描かれています)
変な言い方ですが、
他人が望むようなおしゃれな人でなくたって全く問題ありません。
いつだって、価値があるのはその努力の過程、
葛藤したその姿です。
最終的には着ているものを超えたその先に
「格好いい」は存在します。
誰もが年老いたそのときに輝くのは、
自分を信じて格闘した
その軌跡だけだということを、
年老いたゴルチエは教えてくれます。
ついていくべきなのは、
そんなメッセージを発信するデザイナーなのです。
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