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2011年11月14日月曜日

冬のホワイト

どのショップをのぞいても、冬物衣料というものは、どうしても暗い色目が多くなってきます。
特にアウターは、黒、チャコールグレー、ダークブラウン、ネイビーが基本となり、しかもそれには、男女の差はありません。
クリスマスの近づいた銀座や新宿といった都会や、また、お正月の風景も、人々の後ろ姿は、ダークな色合いが大半を占め、ほかの色はどこに行ってしまったのかしらと思うほどです。
かろうじて、明るい色のものを着ているのは小さい子供と、今なら冬山へ向かう山ガールでしょうか。

私が30歳ぐらいのころ、私の友達が、サンヨーから発売された、ヨージ・ヤマモトデザインの、真っ白なロングコートを買いました。
そのコートは、店頭では見るかもしれないけれど、実際に着る人などいるのだろうかと思うぐらいインパクトのある、大胆なコートでした。例えば、映画の「マトリックス」の、あの黒いロングコートを真っ白にしたような感じでしょうか。
その彼女が、その白いコートを着て待ち合わせの場所にあらわれると、遠目にもすぐわかりました。何気ない街かどが、いきなり映画のシーンのようになるくらい、そのコートはドラマチックだったのです。
もちろん、そんな白くてロングのコートを着ている大人の女性は街に歩いていません。
彼女が歩くその部分だけが、何か特殊な照明が当たっているかのごとく光り輝いて、まさにそれはドラマの主人公が何かを演じているかのようでした。
そんな彼女を、私は羨望のまなざしで眺めていました。
当時の私は、人間や会社のダークサイドをまざまざと見せつけられ、体調も、そして経済状態も悪く、黒い服ばかりを着ていたからです。
その当時、その白いコートの彼女は作家としてデビューし、本もそこそこ売れ、同年代のOLが住めないようなお部屋に住み、買えないようなコートを買って、いきいきと輝いていたのでした。

私たちは大人になると、特に、30を過ぎてしまうと、とても白いコートなど買う気にはなれません。
そんなものを着ているのは、アニメの登場人物か、韓流ドラマの主人公ぐらい。
また同時に、大人の計算が働きますから、汚れやすい白いウールのコートがすぐみじめったらしい灰色になることもわかってしまいます。それよりも、汚れの目立たない黒やグレーを選ぶほうが、ずっと長持ちするだろうと予測します。
大人が冬に、白いものを着ようとすると、どうしても何かにつっかかって、踏みとどまってしまいます。夏に白を着るよりも、ずっとハードルが高いのです。

冬物の、特にウールの白は、何かとても純粋無垢な感じがします。
それは、木綿の白とも、また違います。
赤ちゃんや、幼児のためのウールの白いコートはたくさんありますし、着ている子供もたくさんいます。そして、それはとてもよく似合います。子供の純真無垢な感じが、ウールのピュアな白とマッチしているからではないかと思います。

けれども、真冬の白は、大人にこそ、ふさわしいのではないかと私は思います。
真冬の白は、大人の余裕と、寛容さを表現することができます。
白いウールは汚れるとわかっている、それでも着ることは、とても粋なことだと思うのです。

もちろん真っ白は難しいです。
ですから、例えば、グレーからライトグレーそして白、またはベージュからエクリュ、そしてクリーム色に近い白と続く、グラデーションのコーディネイトだったら可能ではないでしょうか。
スカートやニットなど1点のみ白にする。またはホワイトジーンズをはくなど、工夫次第で冬に白いものを着る方法はあると思います。
余裕のある方には、真っ白のカシミアニットとライトグレーのボトムとの組み合わせも、とても美しいのでお勧めです。

子供のような純真無垢な白ではなく、世界のダークサイドを通ってきた大人の女性が着る白には、硬い岩盤から無理やり掘り起こされ、研磨とカットを施して、初めて美しくなるダイヤモンドのような、特別な輝きがあるのではないかと思います。
子供にダイヤモンドは似合いません。
大人が白を着て、それでもなお輝くということは、きっとあなたが暗い闇を通ってきたからでしょう。
暗い地底から掘り起こされてきたダイヤモンドのようなその輝きは、だれかがあなたから奪い取ろうとしても、決して奪えないものなのです。