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2016年12月29日木曜日

次はアーチストの時代

さて、今日は2016年12月29日。
そろそろ来年以降のファッションの傾向を多くの人が知りたいころだと思います。

このブログをさかのぼっていただければおわかりと思いますが、
2012年以降、フェミニンなデザインの時代、
装飾としてはレース、ラッフル、フリル、ドレープ、
素材としてはシルクシフォン、
形としてはドレスやスカートの時代に入ると予想しました。
なぜなら、ファッションのトレンドは、海王星のサインの移動と完全に一致するからです。
(リズ・グリーンが過去のトレンドを検証済み)

現実は、一般大衆のスタイルまでに落とし込まれるようになったのはごく最近ですが、
モードの世界では、一気にこちらの方向へ流れてきました。
ではこれに続く次の傾向は、どんなものでしょうか。


大きな流れとして、この部分は変わりないのですが、
魚座海王星時代の特徴でまだ出ていないものがあります。
それは総決算とアーチストです。

魚座というサインは、12サインの最後にあたるので、
すべての要素が総決算されるという意味合いを持ちます。
海王星のサイクルなので、168年周期の総決算です。
168年分がこの最後の10年弱で再現されます。
ハイパーミックスはそのひとつの形でしょう。

もう1つ、魚座海王星の大事な意味は、アーチストです。
魚座海王星は芸術や芸術家を意味します。
例えば、グッチのアレッサンドロ・ミケーレと、
先シーズンからディオールのクリエイティブディレクターに就任した、
マリア・グラツィア・キウリがその代表になるでしょう。

もちろん彼らは以前から存在していましたし、活動していました。
しかし、これはどの分野でもそうですが、
その時代にもっとも望まれ、時代の気分を体現する存在というものがあるのです。
今、彼らがやっていることと、時代の気分が一致したのです。

ただし、これは時たま流行るような、
アーティスティックな絵をドレスに描いた、
よくある、例の手法のアートとは違います。
ウィリアム・モリスが提唱したアーツ&クラフツ運動のような、
生活にアートを取り入れようという、そちらのスタイルに似ています。

一点一点がアートのようなその作品は、
当然のことながら、価格も非常に高価なものになります。
服そのものが着るアートであり、工芸品です。
それだけ手がかかっていて、繊細で、非常に美しいものになります。
ですから、多くの人がアレッサンドロやマリアの作品を手に入れる、
ということはないでしょう。
ではその代替品は何でしょうか?

それはアーチストが作った一点もののブローチでもコサージュでもいいでしょう。
もしくは、自分で作った、作品とも言える、身につける何かでもいいでしょう。
人の手が感じられるような、作るのに時間がかかったような、
もちろん美しく、見ているだけで満足できる、
そしてもちろんワンシーズンで捨てたりしない、
そんなものを付け足していくこと、
そうすることで、今の時代の気分を自分なりに味わうことができるでしょう。
それはアンチファストファッションです。
ずっと持っていることが前提のものです。
そして、アーチストに敬意を表して、その対価をしっかり払ったものです。
どこか知らない国の、知らない、崩壊しそうな工場で、
奴隷のように働かされた人が無理やり作ったものではありません。

もちろんファストファッションはなくならないでしょう。
生活にアートを取り入れるなんてことをしない人が大多数でしょう。
それはモリスが運動したあの時代と同じです。

それでも気づく人は気付くのです。
それは少数だろうけれども。
消費されないその価値と美しさをファッションに取り入れることの意義に。
アーチストはいつだって、その一点に魂を込めます。
それは簡単に捨てられるようなものではありません。

芸術品のような、魂のこもった、
簡単に捨てられないものを何か取り入れてはどうでしょうか。
あなたが安く消費されたくないのなら、
そんなものを取り入れることは、非常に意味のあることだと思います。

キーワードは、「代替不能」です。






2016年12月2日金曜日

おしゃれを人生の目的にしてはいけない

多くの人にとって「おしゃれ」そのものが人生の目的ということはありません。
人それぞれ、その人生での目的や達成すべきことがあるはずです。
それは何かを成し遂げることかもしれませんし、
魂の成長かもしれませんが、
とにかく「おしゃれ」や「ファッション」が人生の目的ではないはずです。

例えば、1本の映画を思い浮かべてみてください。
もしその映画の目的が「おしゃれ」であるならば、
アカデミー衣装デザイン賞が取れればいいはずです。
けれども、いまだかつて、アカデミー衣装デザイン賞を取ることが、
その映画の目的達成であり、成功であったことはなかったはずです。

映画の目的は観客を感動させたり、考えさせたり、行動する動機を起こさせたりすることであり、
その衣装は、その目的をサポートするための道具にすぎません。
ですから、どんな監督も映画のプロデューサーも、
アカデミー賞の作品賞が欲しいのです。
また、そこに出演している女優であったら、
自分がどんな衣装を着ていたとしても、欲しいのは主演女優賞であり、
着ていたものが素晴らしかったからといって、衣装デザイン賞で満足する、
ということはあり得ません。

人生においても同じことが言えます。
おしゃれが目的化してしまうと、
何のためにその衣服を着るのか、
また、どうしたいからそれを買うのか、
そして集めるのか、維持し続けるのかわからなくなり、
最終的に、手をつけられないほどに困ってしまうという事態に陥ります。

そして、明日、もしくは今日着ていく衣服について悩む時間が多くなり、
似合うものに出会うため、何度も何度も買い足して、
挙句の果ては、その捨て方さえわからなくなってしまう、
ということになりかねません。

私たちは、同じように方法が目的化してしまって、失敗した人たちをたくさん見てきました。
大学に入ることを目的化した人、
会社に入ることを目的化した人、
外国に住むことを目的化した人、
結婚することを目的化した人、
そのどれもがほとんどの場合、うまくいきません。
これらすべて、何かのためになされるものなのに、
それを目的化してはいけないのです。

おしゃれが目的化し、それが達成されたところで、
そこに真の幸せはないでしょう。
おしゃれなど、お金さえあれば、簡単に達成できます。

おしゃれは、その人の人生の目的をサポートするためのものです。
その人がその目的をよりよく達成するために奉仕すべき存在です。
主従関係で言えば、明らかに従の立場にあるものです。

まずは自分の人生の目的について考えてみましょう。
それはほんのささやかなものかもしれませんし、
必ずしも、誰か他人から認められるものではないでしょう。
それでもそれは何かしらあるはずです。
そうでなければ、この世に生まれているはずがありませんから。

おしゃれが人生にとって従だとわかれば、
すべての優先順位がわかるはずです。
今まさに、おしゃれを優先しすぎているのなら、
考え直すとよいでしょう。
そうすれば、自分が既に持っている時間や労力、経済力といったエネルギーの配分の仕方も決まってきます。

おしゃれにエネルギーをかけ過ぎても、
人生の目的は達成されません、
そのことを忘れないように、自分のエネルギーを使いましょう。


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