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2014年2月24日月曜日

失敗を恐れず、色と柄を選べ!

それぞれの時代にはそれぞれの気分があります。
ファッションの変遷は、その気分の変遷でもあります。
すぐれたデザイナーたちは、その気分をデザインに反映させます。
そして、これが重要なことなのですが、
その気分は多くのデザイナーに共有されたものなのです。
それは示し合わせたわけではありませんが、必ず一致します。
なぜなら、その気分は人類の集合的無意識を静かに流れているからです。
その深い淵まで届く能力を持つものが、すぐれたデザイナーと呼ばれます。

さて、2012年に始まった新しいファッションの流れの中で、
女性性が再評価され、無駄なもの、非効率的だと思われていた装飾が戻ってきました。
その装飾は、最初、生地においてあらわれました。
フリル、プリーツ、ドレープ、フレアなど、ふんだんに生地を使った装飾が、
ミニマムなスカートやドレスを一掃しました。
そして、これら生地による過剰な装飾がひととおり試された後、
あらわれたのは色と柄でした。

2012年の前の約14年、服がタイトになったのとあわせて、
柄物は不利になりました。
なぜなら、小さな面積に大きな柄がのらないからです。
そのため、これまで多くあったのは小花であり、細かなチェックとストライプでした。
しかし、服のシルエットが大きくなり、服の上にはどんな大きな柄でも、
途切れることなくのるようになりました。
いわば、服は絵をのせるキャンバスになったのです。
服がキャンバスだと認識した、時代の気分を先読みするデザイナーたちは、
その上にさまざまな柄や絵を描くことを提案するようになりました。
こうして、図柄やロゴ、絵はTシャツの上だけではなく、
ドレス、コート、ジャケット、スカートなど、どんなアイテムにも描かれるようになったのです。

服はキャンバス同然になったのですから、一色に塗りつぶされることはありません。
そこでは、ありとあらゆる色の組み合わせが試されます。

長いあいだ、シンプルで、装飾のないスタイルになれてしまった私たちは、
色と色をあわせる技術、柄を取り入れる技術を磨いてきませんでした。
その人がおしゃれに見えるかどうかの大きなポイントは色遣いなのですが、
黒一色のコーディネイトの流行が長く続いたため、私たちは、色遣いについてはあまり注意を払ってきませんでした。
しかし、もうそんなことは言っていられません。
色と柄の大きな流れはすぐそこまできています。

実際のところ、色を見分ける目を持っている人はとても少ないです。
この色とあの色が合うかどうかは、訓練をしている目ではないと、判断しづらいのです。
残念ながら、インスタントな近道はありません。
日々、すぐれた色合いを見て、見分ける目を養うしかありません。

幸いなことに、日本人は長い年月をかけて、柄と柄、色と色を複雑に合わせる着物の文化を育ててきました。
着物の柄と色の組み合わせは、洋服のそれとは違って、独特の美意識を持っています。
洋服ではあり得ない柄あわせ、色の組み合わせの世界がそこにはあります。
私たちは、その感性を再び思い出し、使えばいいのです。

そのためにも、まずは自分の好きな色から、色を見分ける訓練、組み合わせる訓練を始めましょう。
気に入った柄があったら、とっておいて、その色の構成を分析しましょう。
絵画を見に行きましょう。
美しいテキスタイルに触れましょう。
自然の中の、はっとするような美しい色の組み合わせを目に記憶させましょう。
探そうと思えば、お手本はいたるところに見つかります。

そして、それがある程度できるようになったら、
今度はそれを生地に置き換えてみましょう。
紙の上で表現された色と、生地の上で質感を伴った色とでは、ニュアンスが変わってきます。
色と素材感があわさったとき、色はどんなふうに変わるのか、観察しましょう。
そして最後に実際に自分のワードローブに大胆な色や柄を取り入れましょう。
最初にお勧めなのは、1枚でコーディネートが完成する夏のワンピースやオールインワン、
または、面積が小さいバッグやスカーフなどの小物です。


柄と柄、そして多色使いは難易度の高いおしゃれです。
そう簡単に誰でもできるものではありません。
しかし、だからといって、やってできないものではありません。
やってもみないうちから、できないと言ってあきらめないでください。
失敗を予想して、やってもみないうちからあれこれ言うよりは、
やってみて失敗したほうが、数千倍いいのです。
やってもみないであれこれ批判を言う観客より、
堂々と舞台の上で失敗する主役を選びましょう。
何が成功で幸せかを、観客に判断させる必要など、微塵もありません。

私が提案するのは「主人公のためのワードローブ」です。
人生の主人公は失敗を恐れません。
なぜなら、失敗の先にこそ、本当の意味での幸せと成功が待っていると、
知っているからです。
失敗など、成功の前にあらわれる、単なる短いエピソード。
物語の本当に楽しいところは、そのあとから始まるのです。

2014年2月17日月曜日

大人のリュックから考えるファッションの法則

リュックサック、またはバックパック、呼び方は何でもいいのですが、
これらは今まであまりファッショナブルではありませんでした。
もともとが登山やハイキング用のものであり、
また、形によっては子供のランドセルのようでもあり、
決して、いい年の大人がファッションのために背負うものとは考えられていませんでした。
しかし、この考え方は今、覆されつつあります。

ファッションの世界は、決して固定的なものではありません。
そして、いつでも目新しいものを探しています。
ものの価値と意味は、常に流動的であり、
それは時代によって変化していきます。

特に新しさや変化を好むため、常にそれまで使われていなかった形やデザインを探しています。
近年では、そのアイデアソースは、おもにスポーツ・ウエアやワーク・ウエアからとられてきました。
パーカーや、スウェット・パンツのおしゃれ着への昇華はそのいい例です。
どこかにすでに存在していて、でもそれはおしゃれなものとは認められていなくても、誰かが、これがおしゃれなのだと宣言してしまえば、
(しかしこの誰かとはおおくの場合、権威のある立場のものなわけですが)
それはそのときからファッショナブルなのです。

リュックサックはもちろん昔からありましたが、
なかなかそれはファッショナブルであるとは認定されないできました。
リュックサックはあくまで旅行者のものであり、どうしても手をあかせた状態で歩きたいときの、
非常のための、あまりおしゃれとは関係のないものを入れる袋だったわけです。
リュックサックは、両手があく、しかも片方の肩だけに重さをかけなくていいという利点があるにもかかわらず、なかなか日の目を見ない存在でした。
しかし、ここへきて、少し流れが変わってきました。

2014年春夏のシャネルのコレクションで、堂々とリュックサックは発表されました。
形に目新しいところはありませんが、シャネルのロゴと装飾に工夫が施されています。
そして、2014年のマルベリーのカーラ・デルヴィーニュのコレクションでも、
3ウェイ・バッグとして、背中にしょえる形のバッグが提案されました。
さて、もうこれで十分です。
条件は満たされました。
リュックサックは、ここからファッショナブルな存在になりました。
そして、これがファッションの法則です。

つまり、それまでどんなに、これはファッショナブルではないと言われていた、思われていたものでも、どこかのビッグ・メゾンが、今日からこれはおしゃれですと言ってしまえば、全くそれはそうなるのです。
どんなにそれまで奇妙だと思われるスタイルでも、認められれば、それはそのときからファッションです。
ただし、もちろん、これらがそこらの量販店で売っているようなクオリティなわけではありません。
それなりの素材、質、施された工夫など、レベルアップされています。
それと同時に、ファッショナブルだという宣言がなされれば、そのときからもう誰も文句は言いません。

誰もが、大人だからといって、シャネルのリュックサックを買えるわけではありません。
しかし、もし大人がリュックサックを選択するのだとしたら、作りや素材のすぐれたもの、品質のいいものを選ぶ必要があります。
チープなものは、やはりそこら辺へのピクニック用です。
しっかりとデザインされているもの、さもなくば、本格的な登山用のもので、街で背負ってもシックに見えるような色や形を選ぶのがいいのではないかと思います。

今までの価値観を覆すのがファッションです。
それは決して固くはありません。
10年前はおかしかったものが、今ではおしゃれと呼ばれます。
そうなったものは今までたくさんありましたし、これからもまだまだ出てくるでしょう。
それを選ぶか選ばないかの権利はそれぞれが持っていますが、
否定するのでしたら、もうおしゃれではないのです。
固まった、カチカチの考え方はもっとも嫌われます。
なぜなら、そこからは創造も工夫も新しさも生まれないからです。

リュックサックはもうファッショナブルであると認められました。
両手をフリーにして、堂々と歩きましょう。
そんなのおしゃれじゃないと言う人がいたら、そんな人のことは放っておきましょう。
人生は経験です。
文句を言っているだけで動かない人よりも、
やってしまった人のほうがはるかに魅力的なのですから。



2014年2月3日月曜日

季節感の新しい取り入れ方

最近のファッションは春夏、秋冬と、2つのシーズンでくくられることが多くなりましたが、
90年代までは、春、夏、秋、冬と、シーズンごとに着るものを変えていました。
特に、日本の風土は四季がはっきりしており、
季節にあわせて着るものを変えるということは、
気候に合った行為であり、無理がありませんでした。

ところが、ここ数年、気温という意味で、夏と冬がとても長くなり、
それに比例して、夏物と冬物を着る期間が長くなりました。
長いものだと、5カ月ぐらいは同じものを着ることになります。

季節感を出すということは、おしゃれに見えるかどうかを左右する1つの要素です。
しかし、ここのところ暑さ寒さをしのぐための衣服という衣服の大前提がまさって、
どんな伊達でも、薄着をするわけにはいかなくなりました。
その結果、ファッションは退屈さを増しました。

ファッションは、「同じである」ということを嫌います。
誰かと同じであったり、
子供からお年寄りまで同じであったり、
5月と10月で同じであったりすればするほど、
おしゃれには見えません。
平均化は、世代や日常と非日常だけではなく、1年を通した季節でも進んでいますが、
それでは面白くないのです。

ただ、実際に暑かったり、寒かったりするのもまた事実。
これを無視した形で、服を選ぶことはできません。
我慢にも限界があります。
気温がこのように変化してしまった結果、
昔と同じ考え方で、季節感をあらわすことはできなくなりました。
まず、そのことを認めるべきでしょう。

ではどうするか。
ここからは、新しい考え方が必要です。

衣服において、季節によって変えてきたものは主に素材でした。
夏には麻を、冬には羊毛を、それがシーズンの変化をあらわしました。
つまり、気温の変化に対応する素材を変えることによって、
季節感を出していたのです。
しかし、今、それは通用しなくなりました。
残されたのは色とシルエットです。

シルエット、たとえば長袖と半袖などは、案外、季節感をあらわさないものです。
リトルブラックドレスはノースリーブのものが多いですが、
だからといって、真夏だけに着るものではありません。
また、ジャケットは長袖が多いですが、夏に着ないわけでもありません。
シルエットは、季節を表現するための要素とはなり得ません。

残るは色です。
実は、色こそが、季節をあらわす最もふさわしいものです。
なぜなら、季節の移り変わりとは、
光の変化にほかならないからです。
太陽の角度によって変わっていく光の明るさ、きらめき、陰影を、
はっきりと映し出すのは色なのです。

また、素材は近づかなければ認識できない性質のものですが、
色は、近づかなくても一瞬で識別できる、いわば服の第一印象です。
私たちの視覚は、光の加減と色から季節を認識します。


素材で季節を表現できなくなった今、色で表現するのが賢い方法だと思います。
しかも、それは誰にでも、簡単にできる方法です。
簡単に言えば、夏は色の明るさをピークに、冬は暗さをピークに持っていきます。
そして、そのピークを少しずつ前へずらしてもってくれば、より効果的になります。
なぜなら、季節の先取りはいつでもおしゃれに見えるからです。
それは新しさや珍しさを人々に印象づけます。

具体的にどうするか。
たとえば、真冬から春に移る季節では、
自分のいつも着ている色を明るいほうへもっていきます。
もしネイビーが自分のメインの色だったとしたら、
それをグラデーションさせて、明るくしていけばいいのです。
つまり、水色を全体の中に入れればよいということです。
ストールや帽子、バッグなどの小物だけでもいいですし、
よりおしゃれ感を出したいのなら、素材はウールだとしても、水色のコートを選ぶとよいでしょう。
そのようにすれば、暖かさと季節感、両方を表現することができます。

夏から秋へ向かう時期でしたら、
この逆です。
水色だったものを一気にネイビーにもっていきます。
小物が薄い茶色だったら、ダーク・ブラウンに変化させます。
その場合、素材はコットンでもいいわけです。
素材とシルエットは変えずに、色だけで季節を先取りしていくというやり方は、
これからもっと提案されていくのではないかと思います。

これら、色によっては難しいものもあるかもしれません。
特に、夏のグレーは少ないので、必ずしもグラデーションだけでうまくいかないでしょう。
その場合は、さし色として春だったら明るい色、秋だったら暗い色を投入していけばいいと思います。

平均化、同一化は、実は楽なやり方です。
誰かと同じ、季節が変わっても同じというのは、
工夫も努力も考える必要もありません。
しかし、楽なほうへいけばいくほど、人生は退屈となり、
自分が主人公であるという感覚からは遠ざかります。
楽であることが、面白いことではないのです。
楽だけなものを、うらやましがることはありません。

せっかく四季のある国に住んでいるのですから、
それを楽しみましょう。
季節によって、服を変えていきましょう。
冬には冬の、春には春の、
主人公にふさわしい舞台が、きっと待っているはずですから。