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2011年12月26日月曜日

10年後も着ている服を探そう



先日、文化服装学院時代の友達を観察していて、気付いたことがありました。
なんだか、着ているセーターに見覚えがあります。
「あれ、そのセーターは?」
「これ?もう10年以上も前から着ているよ」
私は彼女とは学生時代からの友達なので、ずっと知っています。
そのセーターは確かに前も着ていたなとは思ったのですが、
不思議と、あれ、また同じセーター着てる、とは思わなかったのです。
10年も同じものを着ているのに、それが決していつも同じものには見えない、
そして、着ていたことすら忘れてしまう。
おしゃれな人というのは、必ずこんな一着を持っているものだと思います。

10年着続けることができる服を買うには、まず服に対する知識が必要です。
劣化する素材かどうか、単なる今の流行かどうか、シルエットの具合など、
そのときの単なる雰囲気や気分で、ただいいと思ったから、ただ欲したからだけで買ったものは、必ずしも長持ちするものとは限りません。
(前にも書きましたが、単なる欲望で手に入れたものは、飽きるのも早いです)
しかし、10年着続けることができる服を手に入れるには、服の知識だけでは足りないのです。
何より必要なのは、自分自身に対する深い理解です。

私たちは、自分自身をさほどよく理解していません。
小さい頃は親、次は先生、そして社会などなど、私たちは周囲の存在からいろいろなラベルを貼られます。
それは、必ずしも自分自身などではないのですが、社会の枠の中で生きていくには、一見、必要そうに思えるので、その貼られたラベルを受け入れます。
そうして私たちは、その貼られたラベルにふさわしい服を選んでいくのです。
(途中、それは制服という形で強制もされます)

だけど、ときどき思うのです。
なんだろう、この違和感は。着ていても、ちっともリラックスできない。
他人は喜ぶみたいだけど、自分自身は喜んでないみたい。
しかし、服はしょせん服。それを着ているからといって、病気になったり、死んだりはしません。何となく社会でうまくいってるなら、別にいいわと思って、そのまま進んでいきます。

ある日、突然、気が付きます。
どうしてこんなに服をたくさん持っているのに、着る服がないんだろう?
ちゃんと選んだはずなのに、みんなほめてくれたのに、どうして着たいって思わないんだろう?
どうして?

その答えは簡単です。
着る服がないのは、本当の自分にふさわしい服を選んでこなかったからです。
自分の皮膚の延長のような感覚、くつろげる感じ、そして何より自由な感じ、
これこそ本当に自分だ、と思える感じ、そんな感じの服を選んだならば、それはずっと持っていられるのです。それこそ10年長持ちします。
その人に最もふさわしいものは、10年たとうが、変わりません。

だからといって、それは必ずしも、やっぱりベイシックだね、というわけではありません。
ベイシックといったって、たかだか100年にも満たない歴史の中で築かれたもの。
それがすべてではありません。
必ずしも、自分というものは、ベイシックの型の中におさまるとは限らないのです。

おしゃれであることの第一歩は、自分をどれだけよく理解しているかにかかってきます。
毎日のコーディネイトは、流行、ベイシック、自分自身の組み合わせです。

さあ、来年は、そんな服を探してみましょう。
わからなくなるのは、自分自身のことがよくわからないからです。
お店で一着一着、試着しながら、私は何、私は何、と問いかけましょう。
頭の中で想像しているだけでは見つかりません。
口で言っているだけでも、見つかりません。
体を動かして探しましょう。
着てみるとわかることが、必ずあります。
流行とか、かわいいとか、もてるとか、そんな言葉につかまらないで。
こればっかりは、自分自身でやるしかないのです。
なぜならば、
本当の自分自身と出会えるのは、ほかでもない、あなた、ただ一人であるからです。

☆写真は10年前どころか、もう20年近くも前の私の唯一のロメオ・ジリ。まだ10年いけます。

2011年12月19日月曜日

トレンチコート



ちょっと時期的にどうかなと思ったのですが、そろそろバーゲンの季節ですし、
購入をお考えの方も多いのではないかと思い、今日はトレンチコートについてです。

すっかり定番のトレンチコートなのですが、実は結構難しいアイテムでもあります。
というのも、なかなか自分にぴったりのトレンチコートを見つけるのは難しいのです。
それには理由が2つあります。
1つは、定番と言われながらも、かなり流行に影響されるアイテムであること、
そしてもう一つは、バリエーションの豊かさ、です。

同じ定番でも、Pコートとは違って、トレンチコートのシルエットは、かなり流行があるなと思います。
ここ数年は、例えば子供用サイズのトレンチを着ることが流行ったりしているように、かなり小さめが人気です。けれども、90年代はそうではありませんでした。もっとずっとシルエットは大きかったのです。ですからそのときに買ったトレンチコートは今着ると何かおかしいのではないかと思います。丈も長く、全体の分量が多く、もしかしたら、肩パッドが入っているかもしれません。これでは今の流行とかけ離れすぎて、古いなという感じが否めません。

そしてもう1つの理由のバリエーションの豊かさですが、実は、これがなかなか似合うコートが見つからない原因の最大の理由ではないかと思います。
トレンチコートの特徴は、付属のパーツの多さです。
トレンチコートのトレンチとは、塹壕です。第一次世界大戦を暑かった戦争映画などを見ると、よく出てきますが、人が1人通れるくらいの壕を、雨が降る中、このコートを着て移動していきます。そのために考案されたコートです。
肩には肩章、背中にはベンチレーション、前肩当て布、ベルト、フラップポケット、袖口のストラップ、そして後ろのセンターベンツなど、付属がやたらと多いのです。
また通常、あわせはダブル、袖はラグラン袖ですが、最近は、シングルで、袖もセットインスリーブのものもあります。
そして、この細かいパーツそれぞれが、それぞれのブランドやメーカーによって、形や大きさが違うのです。大きい襟のところもあれば、小さいものもある、またウエストから下もフレアになっているものもあれば、タイトなものもあるなど、付属や細部のバリエーションが広がりすぎていて、一定のスタイルがありません。
また素材も通常は、綿ギャバジンですが、今ではもちろんウールのものもありますし、もっと裏なしの軽いポリエステルタフタや、取り外しのライナーがついたものなど、着る時期やシチュエーションも様々です。
ですから、定番と言えども、自分にぴったりのものを探すには、襟の大きさ、袖の細さ、丈、すその広がり方の具合、シングル前か、ダブル前か、肩章つきかなしか、素材はどうするかなど、考えなければならない点がたくさんあるのです。

これを決めるにはどうしたらいいか。
それは、残念ながら、数多く試着してみるほかありません。
数多くとはどれくらいかというと、最低でも10枚は着てみないとわからないでしょう。

また、もう一つ残念なのは、有名ブランドだからといって、だれにでも似合うわけでもないということです。
私が大学生のころ、友達がイギリスに旅行へ行った折に、バーバリーのトレンチコートを買ってきました。今も相当お高いので、当時はもっと高かったと思います。しかも学生ですから、かなり奮発した買い物でしょう。
しかし、彼女がそれを着ていても、何だか格好良くないのです。
1つは自分のサイズより大きめのものを買ってしまったこと(華奢な人だったので、ぴったりのレディースサイズがなかったのかもしれません)、そして、余りに新しすぎて、コートがごわごわして、体になじんでいなく、何だか借りてきたもののようだったからです。
ですから、トレンチコートを選ぶときには、ブランドに惑わされてはなりません。

また流行があるということも忘れないでください。
今一番新しい形は、一番早く腐ります。
トレンチコートは長く着るべきアイテムですから、すぐ鮮度がなくなって、だめになってしまうようなものはお勧めできません。

ブランドにも、流行にも惑わされないで、自分自身にぴったりのコートを、根気よく試着していって、見つけましょう。
試着する際は、下に着るものや靴にも注意してください。パンツなのか、スカートなのか、ヒールのある靴かない靴かによっても、似合ってくるものは違ってきます。

トレンチコートは、戦うためのコートです。
いわば、戦闘服です。
いい加減に選んだものを着ていたならば、敵にやられてしまいます。
で、だれと戦うかですって?
たぶん、それは、世間の目を気にして、自分のハートとは違う行動をしてしまいがちな、もう一人の自分でしょう。

☆写真は、「シャレード」の中のオードリー・ヘップバーンのトレンチコート。
かなりパーツが省略されています。また素材も軽そうです。
オードリーは「ティファニーで朝食を」のラストシーンも変形トレンチコート。そちらも、やはり肩章などはなし。パーツを少なくすることで、ミリタリー色が弱まります。

2011年12月12日月曜日

ピンク!



今は12月半ばなわけですが、この時期になると、街ゆく人たちの色合いが、男女関係なく、黒、濃紺、チャコールグレー、ダークブラウンといった暗い色ばかりで、なんだかさびしくなります。
それでもまだ、日本の冬の青空は、ラピスラズリとターコイズを混ぜて作った絵具のような色合いで、大変美しく救われますが、人々の身につける色は、もうちょっとなんとかならないものかと思います。

これは別に着ている側の問題ばかりではありません。
作る側のほうが、冬のコートは黒とグレーと濃紺があれば、それで事足りるよね、というあつかましい押し付けでコートを製作するものですから、どんなにこちらが真冬にきれいな色のコートが欲しいと思っても、なかなか売っていないのが現状です。
マーケティングとは、そういうものです。
人々のニーズを探るのではなくて、自分たちの都合を、あたかも買う側の要求のように、うまくコントロールするやり方です。
これを着ると格好いいよ、着ないと格好悪いよ、これが流行っているよ、着ないと遅れてるよと言われれば、何だかそうなのかなと思ってしまいます。
向こうに、お願い、着てと頼まれたわけではないですが、こういうふうに言われるならば、それは立派なコントロールです。

さて、そんな中、最近、めっきり大人の女性のピンク着用率が落ちてきているような気がします。
ピンクを着るのはせいぜい10代から、20代後半までで、それを過ぎると、がたっと着ている人が少ないようです。
そういえば、最近は小学生や、それ以下の子供でも、ダークな色合いが多いですものね。
衣服における、ピンクの割合が、特に秋冬は著しく下がります。
冬に、大人の女性が似合うピンクのセーターやカーディガンを探そうとしても、なかなか、これ、というピンクが売っていないからという理由も、1つあるでしょう。

それでも、私は大人の女性こそ、また昔とは違った気持ちで、ピンクを着ていただきたいなと思います。
ピンクが作り出す雰囲気は、やはり優しさです。
ピンクのバラは愛の象徴です。
この前も少しオーラのことについて書きましたが、ハートチャクラの色はピンクです。
ピンクを身につけることによって、ハートチャクラをサポートします。
そうすることによって、傷ついたハートは癒されますし、自分と他人に優しくなれます。
クリスタルだったら、ローズクリスタルがやはりピンクのオーラを持っていますし、
香りだったら、本物のバラから作られたものも、同様にピンクのオーラをしています。
(例えば、ローズウォーターが揮発するときにピンクのオーラが見えます。ただ、液体なので、持続性は余りありません。)

自分が自分に優しくなれないなら、ピンクの色のものを着ましょう。
それは、自分が自分にできるプレゼントです。

大人の女性にお勧めのピンクは、ペールピンクやグレイッシュピンクとグレーやカーキとの組み合わせです。
また、黒に合わせたいときは、ベビーピンクより、オペラピンクやショッキングピンクと言われる、ヴィヴィッドなピンクのほうが、より大人っぽく感じます。

大人の女性が自分の望むピンクの服を探すのは大変です。
なぜなら、作る側が、もういい年の大人なんだから、ピンクなんか着るのやめなよ、と無言の圧力で、ピンクのアイテムを作る気がないからです。
でも、そんな圧力に負けてはいけません。
自分で意図することが重要です。
誰かの許可など要りません。
自分で意図したことのみが、実現します。
ピンクを身につけるということは、自分を愛する1つの方法です。

☆写真はペールピンクにグレーとカーキ。この組み合わせはすごく大人っぽいと思います。

2011年12月5日月曜日

自分の「掟」を作る



久々に「おしゃれのルール」です。

最近、コレクション会場でのおしゃれスナップを見ていて、そうだ、これもおしゃれな人がやることだなと、気づいたことがあります。
それは、自分の「掟」を作る、ということです。

パリやミラノコレクションに集まるファッションエディターやスタイリストたちの装いをよく観察していると、ほとんどの人が、上から下までとあるブランドの最新シーズンものをひとそろえ着ているわけではないということに気付きます。
また、彼女たちは、裕福ですし、スタイルも抜群ですから、金銭的にとか、体型的に、何かしばりがあるわけでもありません。
だから、やろうと思えば、金にかまけて上から下までシャネルとか、できるわけですが、あえて、それを選びません。

例えば、エディターのカリーヌ・ロワトフェルドだったら、ひざ丈のタイトスカートにヒールの靴というスタイルを崩しませんし、「エル」のディレクターのケイト・ランファーだったら、いつもロックテイストのモノトーンルックです。
自分はこれが似合う、またはこれが好きというスタイルがあって、どんなものでも選べるとしても、それを自分の「掟」としているのです。そして、そのスタイルがおしゃれに見えます。

ここまでは誰にでもわかりやすいと思います。
自分がよく見えるもの、大好きなものを着るのは当たり前だから、それを選択する。これは誰でもやることです。

けれども、たぶん、彼女たちがおしゃれに見える理由は、これだけではないのです。

以前、作曲も作詞もするミュージシャンの方が、絶対これは使わないという言葉があると語っていたのを聞いたことがあります。その使わないと決めている言葉が、何かということまでは言っていなかったのですが、たぶん、こういうことではないかと思います。

例えば、「愛」という言葉を使わないと決めます。
「愛」という言葉を使わないと決めたからには、それに代わる「愛」の表現を作らなければなりません。それには努力がいりますし、またそれができるということは、それこそ才能があるということなのでしょう。
しかし、そうやってでき上がった歌詞は、ただ何回も「愛している」と叫び続けるより、ずっと多くの人の心に「愛」を届けることができます。それを感動と呼ぶのです。

ほかにも、日本には、俳句や短歌といった、文字数を限定して、その中で表現を完結させる詩があります。あれも同じことです。
だらだら長く言わない。あえて他を切り捨てる、そのことによって生まれる美が、私たちの心を動かします。

おしゃれに見える人たちも、それをやっています。
私の場合、絶対に着ないのは、ダブルブレストのテーラードジャケット(似合わないから)と、ボ―ダー(みんなが着ているのと、想起させるイメージが私とは違うから)です。
ですから、たとえそれが、
似合うとだれかに言われても、
流行っていても、
便利でも、
安くても、
誰かにもらっても、
それでも、着ないと決めたものは着ません。
何かを着ないと決めたことにより、しなければならない創意工夫、そんなことの積み重ねが、おしゃれに見える理由なのではないでしょうか。

もちろん、これは自分で決めた「掟」です。
ですから、自分の意志で変更可能です。
だれかと協議する必要はありません。
自分が身動きできないほどに、がちがちにする必要もありません。
しかし、この、やらないと決めた、その軸が、膨大な情報や、誘惑の中で、
流されそうになったり、見失いそうになったりしたとき、ずっとそこに立っている目印の旗のように、あなたを助けると思うのです。
それがあれば、あなたは溺れずにすみます。

何かを着ないと決めたことによって生まれた、その努力を人々は認めるでしょう。
そして、おしゃれだなと心動かされることしょう。
ぶれないことは、美しいのです。
そしてそれは、自分の意志で選択した人だけが得られる美しさです。

☆写真はカリーヌの最近出た本。買おうか考えている間に、アマゾンで売り切れてしまいました・・・。

2011年11月28日月曜日

リトル・ブラック・ドレスで女優気分


昨年、1枚のリトル・ブラック・ドレスを買いました。
リトル・ブラック・ドレスとは、はっきりした定義はないと思いますが、黒、または一部白い生地でできた、シンプルで、装飾の少ないドレスです。
日本でも、秋から冬にかけて、店頭に多く出回ります。

私が買ったのは、黒いニットジャージーの、ごくシンプルなドレス。
このドレスをパーティー以外でも、日常に着てしまおうという記事を書こうと思って、日常のためのコーディネートをいろいろ試して出かけてみました。

私が考えた日常のためのコーディネートは、こんな感じです。
サテンやエナメルなど光りすぎるものとはあわせない、あえてコットン素材のものとあわせて、アクセサリーも控えめに、その中に普段、自分が使っている小物をあわせてみる・・・。
こうすれば、ドレスといえども、十分、日常にも使えるのではないかと思いました。
そして、その結果、この方法を使えば大丈夫、皆さんもお試しあれ、と記事を書くつもりでした。

確かに、この方法で日常でも、十分通用しました。
どこかおかしな点もありません。
けれども、変ではないけれども、何かが違いました。
その何かとは、何か。

通常、私は、他人はさほど人の服など気にしていないので、必要以上に他人の目を意識する必要はないとお伝えしています。
その考えは、今でも変わりません。
しかし、リトル・ブラック・ドレスにおいて、これは通用しないことがわかりました。

リトル・ブラック・ドレスと言われて、すぐに思い出すのは女優です。
カトリーヌ・ドヌ―ヴ、オードリー・ヘップバーン、ロミー・シュナイダ―などなど、多くの女優のドレス姿が、まるでそらで暗記しているかのように、目の前のスクリーンに浮かびます。
装飾を排した、そのドレスは、その女優の個性を一層はっきり際立たせます。

リトル・ブラック・ドレスは、隠すドレスではありません。
個性を引き出すということ、つまり、着る人の本質をあらわにしてしまうドレスです。
あなたが何を考えているか、
どうやって生きているか、
信頼できる存在か、
はたまた、単なるうそつきか、
努力家か、そうではないか、
ミニマムで、しかも黒ということは、これらを露呈させます。
もう隠しようがありません。
と同時に、他人に見られているような錯覚を生じさせます。
女優のためのドレスとは、つまりそういうことです。
女優、つまり、日常でも、ドラマでも、常にだれかに注目されている存在、
だれか他人の目のための特別な「女性」の姿を期待され、それにこたえる存在、
そのための努力もするし、そしてそれにプライドを持つ、そんな存在です。
ですから、リトル・ブラック・ドレスを身につけるとき、
気を抜くわけにはいきません。
変なしわができていないか、ストッキングに小さな毛玉はできていないか、後ろ姿は完璧か、
ふさわしい下着を身につけているか、メイクはきちんとしているか、いつも以上に、入念にチェックが必要となります。

確かに、リトル・ブラック・ドレスは、上に書いた方法で、日常でも着用することは可能です。
パーティーなどの場合は、コットンは避け、光っているアクセサリーをつければ、どんな場に出ても通用します。
それだけ万能のドレスです。

でも、1つ忘れてはいけないのです。
リトル・ブラック・ドレスは、まるで試験用紙です。
あなたを試します。
何を食べてるの?
どんな言葉づかいなの?
運動はしてる?
どんな人と付き合ってる?
お料理はできるの?
バッグの中はちゃんと整理整頓されてる?
そして、最後の質問はこれです。
あなたはだれか、または自分にうそをついていない?

他人は、あなたのリトル・ブラック・ドレスを着た姿から、
これらの答えを見つけるでしょう。
正解はありません。
答えは、人それぞれですから。

その答えを、他人に知られても大丈夫と思ったなら、
リトル・ブラック・ドレスを着て出かけましょう。
見られることによって、あなたの中に眠っていた、女優の魂が目覚めるかもしれません。
女優の魂が目覚めたなら、もうあなたは新しいテレビドラマのストーリーを楽しみにする必要などありません。
あなたが楽しみにすべきなのは、あなた自身の物語なのですから。

☆写真は、シャネルのドレスを着たカトリーヌ・ドヌ―ヴ。リトル・ブラック・ドレスで一番に思い出すのは、この方の「昼顔」でのサンローランのドレスです。

2011年11月14日月曜日

冬のホワイト

どのショップをのぞいても、冬物衣料というものは、どうしても暗い色目が多くなってきます。
特にアウターは、黒、チャコールグレー、ダークブラウン、ネイビーが基本となり、しかもそれには、男女の差はありません。
クリスマスの近づいた銀座や新宿といった都会や、また、お正月の風景も、人々の後ろ姿は、ダークな色合いが大半を占め、ほかの色はどこに行ってしまったのかしらと思うほどです。
かろうじて、明るい色のものを着ているのは小さい子供と、今なら冬山へ向かう山ガールでしょうか。

私が30歳ぐらいのころ、私の友達が、サンヨーから発売された、ヨージ・ヤマモトデザインの、真っ白なロングコートを買いました。
そのコートは、店頭では見るかもしれないけれど、実際に着る人などいるのだろうかと思うぐらいインパクトのある、大胆なコートでした。例えば、映画の「マトリックス」の、あの黒いロングコートを真っ白にしたような感じでしょうか。
その彼女が、その白いコートを着て待ち合わせの場所にあらわれると、遠目にもすぐわかりました。何気ない街かどが、いきなり映画のシーンのようになるくらい、そのコートはドラマチックだったのです。
もちろん、そんな白くてロングのコートを着ている大人の女性は街に歩いていません。
彼女が歩くその部分だけが、何か特殊な照明が当たっているかのごとく光り輝いて、まさにそれはドラマの主人公が何かを演じているかのようでした。
そんな彼女を、私は羨望のまなざしで眺めていました。
当時の私は、人間や会社のダークサイドをまざまざと見せつけられ、体調も、そして経済状態も悪く、黒い服ばかりを着ていたからです。
その当時、その白いコートの彼女は作家としてデビューし、本もそこそこ売れ、同年代のOLが住めないようなお部屋に住み、買えないようなコートを買って、いきいきと輝いていたのでした。

私たちは大人になると、特に、30を過ぎてしまうと、とても白いコートなど買う気にはなれません。
そんなものを着ているのは、アニメの登場人物か、韓流ドラマの主人公ぐらい。
また同時に、大人の計算が働きますから、汚れやすい白いウールのコートがすぐみじめったらしい灰色になることもわかってしまいます。それよりも、汚れの目立たない黒やグレーを選ぶほうが、ずっと長持ちするだろうと予測します。
大人が冬に、白いものを着ようとすると、どうしても何かにつっかかって、踏みとどまってしまいます。夏に白を着るよりも、ずっとハードルが高いのです。

冬物の、特にウールの白は、何かとても純粋無垢な感じがします。
それは、木綿の白とも、また違います。
赤ちゃんや、幼児のためのウールの白いコートはたくさんありますし、着ている子供もたくさんいます。そして、それはとてもよく似合います。子供の純真無垢な感じが、ウールのピュアな白とマッチしているからではないかと思います。

けれども、真冬の白は、大人にこそ、ふさわしいのではないかと私は思います。
真冬の白は、大人の余裕と、寛容さを表現することができます。
白いウールは汚れるとわかっている、それでも着ることは、とても粋なことだと思うのです。

もちろん真っ白は難しいです。
ですから、例えば、グレーからライトグレーそして白、またはベージュからエクリュ、そしてクリーム色に近い白と続く、グラデーションのコーディネイトだったら可能ではないでしょうか。
スカートやニットなど1点のみ白にする。またはホワイトジーンズをはくなど、工夫次第で冬に白いものを着る方法はあると思います。
余裕のある方には、真っ白のカシミアニットとライトグレーのボトムとの組み合わせも、とても美しいのでお勧めです。

子供のような純真無垢な白ではなく、世界のダークサイドを通ってきた大人の女性が着る白には、硬い岩盤から無理やり掘り起こされ、研磨とカットを施して、初めて美しくなるダイヤモンドのような、特別な輝きがあるのではないかと思います。
子供にダイヤモンドは似合いません。
大人が白を着て、それでもなお輝くということは、きっとあなたが暗い闇を通ってきたからでしょう。
暗い地底から掘り起こされてきたダイヤモンドのようなその輝きは、だれかがあなたから奪い取ろうとしても、決して奪えないものなのです。

2011年11月7日月曜日

ロマンチックをひとさじ



久々に、所用で表参道へ行きました。
雑誌のインタビューで、外国から来たデザイナーが、青山は昔ほどおしゃれな街ではなくなった、というようなことを言っていましたが、それは私も感じます。
私が表参道あたりで働いていた、90年代は、それこそ、全身、最新流行ファッションに身を包んだ大人たちが、あたかもそこが映画の1シーンであるかのごとく、颯爽と歩く街でした。
しかし、日本の不景気とともに、そのパワーはだんだんと弱まり、
現在は、よく言えば力の抜けた、悪く言えばパワーのない、外国ブランドの豪華な建築のショップと観光客ばかりが目につく街になりました。
しかし、それでもなお、表参道は日本のファッションの中心地であることには変わりなく、トップレベルのおしゃれな人々に、そこに行けば出会えます。

今回、行ったのはプラダブティックの周辺でしたが、なぜか目立つのはスーツ姿のおじさまたちの集団と、ほかの街とさほど変わらない下校途中の小学生で、昔たくさんいた、おしゃれな働く大人たちには出会えませんでした。また、昔のように、はっと目を引くおしゃれな人もいませんでした。

そんな中、それでもなんとか、現在の東京のファッションのトレンドを知りたいと思い、働いている若い人や、町を歩く人を観察したところ、私の目にとまったのは、ひとさじのロマンチックでした。

ここのところ、私は、次はロマンチックが来るよ、来るよと言いながら、
じゃあ、どこに来てるの、具体的になんなのよということを書いていませんでしたが、
さすが、表参道、もうロマンチックを取り入れている人たちがいました。

私が最も注目したのは、ひざ下丈のオーガンジーやチュール素材のギャザースカートです。
(わからない方は、バレエの「ジゼル」でジゼルがはいているスカートを思い出してください。あのひざ丈バージョンです)
このスカートをはいている人を2人見ました。
(2人は十分多いのです)
オーガンジーのような透ける素材、そしてふんわりした、バレリーナを連想させるギャザースカートはロマンチックファッションを代表するアイテムです。
このスカートがとあるブランドから売り出されているのは知っていましたが、
街で実際に着ている人は初めてみました。
しかも、それはパーティーといった特殊なシチュエーションではなく、ごく普通の普段着としてです。

そのほかにも多く目に着いたのは、ひざ丈までのふんわりしたスカートです。
シフォン素材でふんわりした感じのひざ丈スカートを多く見ました。
これも、ロマンチックです。
私が言うところの、仕事には向かない洋服です。

これからこういった、オーガンジー、シフォン、それからレースなど、およそ女性しか身につけない素材の、ふわふわしたスカートやブラウスなど、市場にどんどん出てくると思います。

では、今現在、それをどうやって取り入れましょうか。
簡単です。

例えば、ダッフルコートにレースのスカート、
トレンチコートにオーガンジーのギャザースカートなど、
今まで着ていた、どちらかというと、働くスタイルの服に、ひとさじのロマンチックアイテムを付け加えていけばいいのです。
それだけで、次の時代の気分の先取りです。
色も、パステルや、グレイッシュ、スモーキーを選べば、もっと気分は高まります。

流行は、ある日突然、いっせいのせ、で変わるわけではありません。
じわじわと水が浸食して岩の形が変形するように、これからはロマンチックの波が、
硬くて、四角くて、冷たく機能的な服を壊していくでしょう。
その甘美な浸食は、もう既に始まっているのです。

☆写真はオーガンジーとレース。ロマンチックの重要素材です。

★ちなみに、バレリーナスカートは作るのが簡単です。だいたいがウエストゴムですから、
ありもののギャザースカートのパターンを利用して、素材をチュール、またはオーガンジ―にするだけです。あとは裏をつけるだけ。作れる人は作ってみてはいかが? 

2011年10月31日月曜日

山頂には何分いるの?あるいはパーティーは何回あるの?

1年を振り返るにはまだ早いですが、
それでも、ちょっと振り返ってみてください。
1年の間で、どんなシチュエーションが一番長く、そしてそのとき、どんな服装だったでしょうか。
(この場合、パジャマはちょっと脇に置きましょう。もちろん重要ですが)

私たちは、小さいころから、何かの目的達成のためにそのほかのことを犠牲にするのがよいことだと言い聞かされて育てられました。
受験に受かるため。
ピアノの発表会のため。
夢を実現するために。
ダイエットに成功するため。
結婚式のため。
そして、いつも、その目的が達成された、そのときのために用意します。
受験に受かって、入学式に着るための服。
ピアノの発表会のための服。
夢が実現したら買う服。
ダイエットに成功したら、着る服。
結婚式の日のウェディングドレス。
確かにそれは大事です。人生の中の大切な1ページです。
けれども、それらは、どれぐらいの時間なのでしょうか。

例えば、山頂を目指して山登りします。
私たちの人生も、いつでも何かを目指して登っているようです。
結婚式が終了しても、次は一戸建ての家を建てるという、次なる山頂があらわれます。
けれども、その目指した山頂には、一体何分いるのでしょうか?
山を登る、そして下る時間より、はるかに短い時間しか、山頂にはいないのでしょうか。

この季節になると、よくパーティーのための服が売り出されますが、
年に何回パーティーに出席するか数えてみてください。
パーティーは、あなたにとって、日常でしょうか。

もちろんパーティーが日常の特殊な人もいるでしょうが、ほとんどの人にとって、パーティーでない時間のほうがずっと長いはずです。
山頂にだって、そんなに長い時間、いることはありません。

それなのに、ついつい私たちは、その山頂のための服を用意し、
しかもそれを第一に考えて、お金をかけてしまいます。
それに比べたら、その他のずっと長い時間の日常のための服に、特別力を入れません。

けれども、何気ない、そしてずっと続く日常こそが、私たちの人生を作っています。
それをいい加減に扱ったら、人生を雑に扱うことと同じです。
毎日、きちんとした食事をとることが、あなたの健康を維持するように、
毎日、大切に考えられた服を着ることが、あなたの心の健康と、そして満足度を維持します。
それをおざなりにしてしまったら、人生の質が低下するのです。

自分が一番長くいる時間のための服を一番にすることは、つまり、自分を大切にすることであり、自分をケアすることです。
これはあなた以外の人にはできません。

あなたの体は、あなたしか面倒を見ることができません。
あなただけが一生付き合う体です。
その体を守る服を、もっと大切に考えましょう。

日常に着る服を、あなたが粗雑に考えれば、あなたの心と体も粗雑にそれにたえます。
どこへも連れていってはくれません。
あなたの心と体の声を聞けるのは、あなただけです。
心と体を守るために、洋服にもできることがあるのではないかと思います。
その心と体を守り続ける日常の服を、第一に考えてあげましょう。
そうすれば、体は深く安心し、それを根拠として、心に羽が生えるでしょう。
それは、「がんばれ」と自分で自分に言い聞かせることで産み出される力より、
もっと強くしなやかな力で、あなたを遠くまで連れていってくれるでしょう。

2011年10月24日月曜日

リバーシブルって、どうなんでしょう

リバーシブル仕立てというものがあります。
表でも、裏でも着られるよという、一見、何だかに度お得な感じがする仕立てです。
皆さんも、このお得感にひかれて買ってみたことがあるのではないでしょうか。
なんせ、1枚で2枚分楽しめるのですから、こんないいことはありませんね。
ではなぜ世の中の服がリバーシブルだらけにはならないのでしょう。
リバーシブルにすることで、何か重大な欠点が生まれないのでしょうか。

どの洋服も立体的に作られています。
たとえば、冬物のジャケット、コート、スカートの場合、表地に裏地がついています。
この場合、考えれば当たり前のことなのですが、表地のほうが体の外回りにくるわけで、
つまり、その分だけ生地が大きくなっています。
一方、裏地は、より体に近いため、表地よりは生地を若干ですが、小さくします。
表と裏でできている服の場合、表裏、生地は同形ではありません。

また、服には襟がついています。
襟も、表側と裏側がありますね。見えるほうが表、見えないほうが裏です。
ジャケットはもちろんですが、ワイシャツさえも、襟の表と裏では、表の方が数ミリ大きくできています。そして、裏側を表から見えないように作ります。
(これを、洋裁用語では、ひかえる、と言います)

また服には、特に襟の部分など、芯がはってありますが、これも表襟と裏襟では、芯を変えます。そして、あくまで着た時に、襟がひっくりかえらないように、きちんと体に沿うように成形します。
こうして、服は立体的に作られていきます。
裏地は、単なる表地の生地違いではないのです。
またジャケットなどは、縫っていく工程の中で、より立体的になるよう、裏と表を操作して、さまざまな工夫をします。そうして初めて、体に沿った形になっていきます。

リバーシブル仕立ての場合、この表地と裏地の差を無視することになります。
両面で着られるようにするために、両面とも表地扱いです。
また、立体的に作る工程も飛ばします。

例えば、リバーシブルのジャケットを着た場合、袖口や襟から、下側の布が見えるでしょう。
「ひかえる」という工程が入っていないため、当然のことながら、見えてしまうのです。
また、襟はきちんと返るよう、見ごろは体にそうような成形はしてませんから、襟も返りませんし、体にぴったり沿う感じもなくなります。

このように、一見、お得に思えるリバーシブルですが、実は洋服の重要なかなりの部分の要素を備えていない仕立てなのです。

では、どんなものだったら、リバーシブルに向いているでしょうか。
まず第一に、ただの平らなもの。例えば、両面違う柄のマフラー。
これは何の問題もありません。立体ではありませんから。
次に、平面に近い形になる、巻きスカート。
これも、ダメージは少ないほうだと思います。
その次は、襟やそでのないベスト。
身ごろだけなので、かろうじて許されるのではないかと思いますが、それでも裾や袖口の裏側の部分は見えてしまいます。
あと、袖があるものとしては、完全な1枚仕立てのもの。つまり、裏のないものです。
Tシャツを裏返して着ても、縫いしろを除けば、シルエットに問題がないのと同じです。

それ以外のリバーシブルのものに、美しいシルエットは望めません。
リバーシブルの帽子でさえも、リバーシブルにするために、頭回りに入れるテープを除いてあることが多いです。もうそれだけで、頭へのおさまりは悪くなります。

もしリバーシブルのものを買う場合は、これらのことを考慮しましょう。
二兎追うものは一兎をも得ずのことわざのように、
2倍得しようと思ったのに、結局、ほとんど着なかったでは、
余りにもったいないですから。

2011年10月17日月曜日

後ろ姿にご用心

ファッションレッスンにおいて、私はよく、他人はあまりどんなボトムをはいているか、さほど注意深くは見ていない、だから、ワードローブ数では、ボトムはトップスの数より少なくて大丈夫、と説明しています。
しかし、まったく見てないわけではありません。
確かに見ています。見ているのですが、それはデザインを見ているわけではないのです。
ものすごく印象的な柄のスカートや、尋常でない丈のスカート、またはあり得ないまた上の長さのパンツなど、あまり見たことがないようなデザインのボトムの場合は別ですが、そうでない場合、一般の女性は、デザインに目はいきません。
もちろんデザインやファッションに興味のある方、もしくはそれが仕事の方はデザインをチェックします。けれども、普通の女性が興味を持つのは、デザインではないのです。
では、何を見ているかというと、
まず、第一に、下着のラインが出ていないかどうか、
それから、スカートから下着が見えそうか、見えそうでないか、
スリップが出ているか、出ていないか、
タイトスカートのヒップラインがきつきつなのか、ゆるゆるなのか、
ウエストとの上のお肉が段になって乗っているか、乗っていないか、
ファスナーがちゃんとしまっているか、
スリットから見えるストッキングが伝線しているか、していないか、
お尻の肉がたるんでいるか、たるんでいないか、
などなどです。

そして、それらの点を発見すると、すぐに頭の中で分析を始めます。
どうして、こんなに下着の線が出てるの?
だいたい、そのパンツ、サイズが間違ってるんじゃないかしら?
ファスナーがちゃんとしまらないってことは、太りすぎね。
そのタイトスカートはこの人に無理だと思うわ。
そんなにスカートの下からパンツが見えるのが気になるなら、そんな短いスカート、はかなきゃいいのに。
スリットの縫いどまりが、切れちゃってるのに、何で気がつかないの?
この人、3人ぐらいの子持ちかなあ。
こんなミニスカートはくなんて、せいぜい20代までよね、でもこの人、どう見たって40過ぎてない?
どうしてガードルはかないの!
などなど、要らぬ妄想で頭の中がいっぱいになります。
この妄想は見知らぬ人を見た場合も、自動的に始まってしまいます。
知っている人だったら、気になって気になって仕方ありません。
言うべきか、言わないほうがいいのか、余計な悩みも生まれます。

これはなぜなのか、私にもわかりません。
生存競争に勝つためのライバル心を刺激されるためなのか、
それとも、単に好奇心のせいなのか、定かではありません。
しかし、どういうわけか、そこにスイッチが入ってしまうと、とまらなくなるようです。
そして、デザインなど、どうでもよくなってしまいます。
それよりも、そのヒップと服の関係のほうが気になって仕方ないのです。

この視点は、男性の視点とは異なります。
同じ女性を見ても、男性と女性とでは、持つ感想は違うのです。

自分が関心を持って見てしまうということは、自分も同じように見られているということです。
大いに自分の後ろ姿に注意しなくてはなりません。

もちろん、他人に見てもらっても構いません。
だけれども、旦那様はあてになりません。
彼らの、「うん、大丈夫、大丈夫、早く出ようよ」なんて言葉は、
この世で一番信頼できません。
上にも書いたように、男性の視点は違うところへ誘われてしまうからです。
お母さんやお姉さん、妹さんでも構いません。
彼女たちも、かなり厳しく言ってくれるでしょう。

しかし、だれよりも厳しいのは自分自身です。
あなたが、誰かほかの女性の後ろ姿をチェックするときの視線でもって、
自分の後ろ姿をチェックするのが一番いいのです。
どれだけ、自分の後ろ姿を客観視できるかの問題です。

どこかへお出かけするときは、ぜひ自分の後ろ姿を鏡でチェックしてください。
この世で一番厳しいあなたが、一番厳しく自分をチェックできたら、
安心してお出かけできます。
そうやって、家を出たら、今度はほとんどの女性がこう思うでしょう。
「あの人、後ろ姿完璧ね、どうしたらああなるのかしら?教えてほしいわ」と。
それは辛辣な批判ではなく、羨望のまなざしに変わります。

2011年10月10日月曜日

「どうしてこんなに服ばっかり買っちゃうんだろう、私」という疑問

秋冬のシーズンがスタートしました。
夏物は、もうしまうか、もしくはクローゼットのメインステージからは退場したと思います。
そんなとき、クローゼットの前に立って、
「どうしてこんなに服ばっかり、買っちゃうんだろう、私。」と、つぶやいてみたことはありませんか。
これには理由があります。
洋服は、感覚の欲望を刺激します。
一番は視覚、次に触覚、まれに嗅覚という方もいるでしょう。(このウールのにおい最高、みたいな)。
感覚の欲望には制限がありません。なぜなら、それはいつも過去に依拠するからです。

わかりやすい例として、ケーキを挙げましょう。これは味覚の欲望です。
最初はコンビニの新発売のケーキをおいしいと感じます。それはうそではありません。そのときは本当です。しかし、次に町のちょっと気取った洋菓子店へ行って、同じ種類のケーキを見つけて食べてみます。そうすると、こちらのほうがおいしいのです。コンビニで再び同じケーキを買うと、もうおいしくありません。今度は、青山や銀座の有名なパティシエのいる洋菓子店で、やはり同じ種類のケーキを買って食べてみると、こっちのほうが前に食べた、町の小さな洋菓子店のケーキよりさらにおいしいく感じます。もはや、町の洋菓子店のケーキなど、何の感動もなく、コンビニのケーキなどは、なぜこれをおいしいと思ったのか、理解することさえできません。
このように、感覚は過去をいつも記憶してしまいます。新しいものに出会うたび、リフレッシュすることはないのです。過去を記憶しているので、もっとおいしく、もっとさわり心地がよく、もっと刺激的に、もっと気持ちがよくと、だんだんにエスカレートしていき、終わるところはありません。
このような感覚的な快楽にはまると、人間は堕落します。
これは私のオリジナルの考えではありません。仏教も、インド哲学も、同じことを言っています。とどまるところを知らぬ欲望は、身を滅ぼします。

洋服もそれと同じ性質を持っています。
洋服の場合は、特に視覚が新しさを欲しがります。前と違うもの、もっと違うもの、もっと新しいものと、とどまることを知りません。
触覚の快楽を追及すると、もっとさわり心地がいいもの、もっと官能的な心地のものを求めていくでしょう。
どちらも上限はありません。

たとえば、食べ物の場合でしたら、そんなに際限なく食べていたら、そのうち病気になるでしょう。そこで人は、はっと気がついて、食事を制限します。その結果、健康がもたらされます。
洋服の場合、やっかいなのは、どんどんふやしていっても、健康を害することにはならないのです。そればかりでなく、最近のファーストファッションの流行により、洋服が安価で手に入るようになりました。ですから、安いものをたくさん買ったとしても、それで破産するということもありません。また、消費社会はたくさん買うこと、どんどん買い換えること、たくさん持っていることをよしとします。つまり、欲望の快楽を追及することは非難されるどころか、推奨されているのです。
しかし、どんどん服をふやしていったところで、心が満たされることがないことは、皆さんもうすうすお気づきでしょう。これはどうしてなのでしょうか。

実は、新しいものが欲しいという感覚の欲望によって、思いつきで衝動買いしたもの、特にそうやって買ってしまった安い服には、パワーがないのです。
そのときはいいと思った、目新しかった、しかも安く簡単に手に入った、一瞬は満足だった、すごい快楽を覚えた、けれども、その満足感も輝きも、そしてときめきも持続はしません。
感覚の欲望の、もう一つの特徴は、すぐに飽きるということです。
思いつきで簡単に安く手に入ったものは、それと同じ速さで飽きます。
そして、気がつくと、それはあなたのパワーを奪います。
見るたびに目ざわりです。処分の仕方に困ります。でも、何だかもう嫌になってしまって、着る気は起りません。それがそこにあるだけで、あるいはそれを見るたびに、あなたは憂鬱になり、後悔し始めます。どうして、私、こんなものを買ってしまったんだろう、と。

そんなパワーを奪う服は、あなたを助けてはくれません。
あなたを輝かせてもくれません。素敵に見せてもくれません。
そんな服ばかりふやしてしまったら、変な話ですが、明らかにあなたの運気は下がります。
人生の流れは止まります。
服があなたの足を引っ張るのですから、当たり前です。

クローゼットの前で、「どうしてこんなに服ばっかり買っちゃうんだろう、私」とつぶやいてみたならば、もう一度、自分にとって何が必要か、自分はどうなりたいか、そして服とはどういう関係でいたいか考えてみましょう。

簡単に選んだものでない、少しずつ近づいて、やっと手に入れた服こそが、あなたに必要なのです。
そうやって手に入れた服は、あなたを称賛し、助けてくれるでしょう。
最近、何だかついていないなと思ったら、自分が感覚の快楽にはまっていないかどうか、点検してみてください。
もし、危ないなと思ったら、早いところ、そんな服とはお別れしましょう。
遅かれ早かれ別れることになる服です。
そしてもう一度、あなたのことを助けてくれる服を着ましょう。
それは、まるで永遠のパートナーのように、あなたにパワーを与え続けるでしょう。

2011年10月3日月曜日

ぽっちゃりさんのためのファッション:実践編



さて、今日は実践編です。
前回、ラファエル前派の画家であるロセッティの絵にヒントがあるということで終わりました。
ラファエル前派とは、19世紀のイギリス、ヴィクトリア朝時代の画家の一派です。結成されたのは1848年。くしくも、前回、海王星が魚座入りしたのと同じ年です。
前にも書きましたが、心理占星術家のリズ・グリーンは、ファッションと海王星は関連があると言っています。海王星が星座を移動するごとに、ファッションの流れが変わるのです。
占星術を信じても、信じなくても、流行が海王星の星座移動と時期を同じくしているというのは、調べてみれば明らかなことで、これは納得せざるを得ません。
ラファエル前派は、ルネッサンスの画家、ラファエロより前の初期ルネッサンス、または中世の時代のテーマを絵画の題材とします。神話的要素が強く、女神は特によく出てくるモチーフです。ロンドンのテイトギャラリーに行けば、ラファエル前派だけを展示した一室があります。

イギリスで産業革命が起こったのは1760年代。1830年代には、もう鉄道も開通しています。効率化をよしとする時代の芽は、まさにここで発芽します。膨らんでいたスカートは小さくなり、上半身は体にぴったりしたものになるなど、女性の衣服が、それまでと比べてだんだんタイトになってきたのはこの時期です。なぜなら、機械や鉄道とボリュームの大きなスカートは、相いれないからです。

どんな時代も、時代の気分の変化をいち早くキャッチするのは芸術家たちです。
ラファエル前派の画家たちが描いた、たくさんの女神たちは、たっぷりしたドレープの、ゆるやかなドレスを身につけています。このスタイルは、当時の実際の女性のスタイルにも影響を与えたはずです。
のどかな田園にいきなり鉄道が走りだし、さまざまな機械を人間が扱うようになったストレスと疲弊は、今と同じレベルではなかったかと思います。
女性のファッションも味気ない方向に向かっていったことでしょう。しかし、それが限界点に達したとき、それとは逆の流れが出てきたのです。
この状況は、現在の状況と非常によく似ています。

ぽっちゃりしている、ふくよかであるということは、何かを産み出すということのシンボルです。細く、やせたところからは、何も生まれないのです。
みな同じ均一化された制服のようなスタイル、そして無駄すべてをはぎ落したスタイルが、何かを産み出す、クリエイティブなスタイルのシンボルとはなり得ないのです。
2012年、海王星の完全な魚座入りを境に、新しいスタイルを提案するブランドが数多く出現するでしょう。
しかし、もちろんすべてがそれ一色になるということはありません。
今まで余りにも選択肢がなかった、その選択肢が増えるということです。

ぽっちゃり、ふくよかな方々は、スキニ―スタイルをよしとする、ファッション雑誌を捨ててしまいましょう。
そして、自分の最も好きな女神スタイルを発見しましょう。
他人と比較してはいけません。
あこがれるのは、女神にしましょう。
女神だったら、どんなスタイルが素敵なのか、それをいろいろ想像しましょう。
間違っても、ポロシャツにスキニ―ジーンズではないはずです。そんな女神、何だか貧乏そうでしょう?
ふくよかであることは、豊かさ、クリエイティブ、優しさの象徴です。
それを表現するような、衣服を選びましょう。
(もちろん、実際、優しくなければだめですよ)。

最後に、私が、日本で購入できる、女神スタイルを取り入れているなと思うブランドのサイトをご紹介しておきます。どれも、ドレープを多用したスタイルが特徴です。(モデルはやせてますが・・・)

http://www.mikimialy.com/
http://sararoka.com/index.html

http://www.tsunoda-paris.com/

もちろん、このブランドを買わなければいけないということではありません。
スタイルやデザインを参考にしてくださいねということです。

日本の女神たちが、このやせ細った日本を豊かにするであろう時代は、すぐそばまできています。

2011年9月26日月曜日

ぽっちゃりさんのためのファッション:考察



アメブロにぽっちゃりさんのためのファッションという記事を書いたところ、たくさんの検索がありました。それだけ、ぽっちゃりさんのファッションのための情報が、少ないということだと思います。
現代は、ファッションという意味において、ぽっちゃりさんたちにとって受難の時代だと思います。
1980年代の半ば、一時ビッグシルエットのファッションが流行りましたが、90年代の終わりごろから、洋服がどんどん細くタイトになっていきました。
スキニ―ジーンズに象徴されるような、体のラインを強調する、細い体型の人のためのファッションが主流です。
ファッション雑誌を見ても、どれも細すぎるモデルばかり。だからといって、普通に生活している普通の人々が、皆やせているというわけではありません。
ぽっちゃりさんたちにとって、ファッション雑誌は、何の参考にもならないのではないでしょうか。

ファッションの歴史は、絵画や彫刻の歴史、つまり美術史を追うことでわかります。
こんなにも細い女性が称賛された時代は、過去にはありません。
女性の美の象徴であるヴィーナスは、いつの時代もふくよかでした。
なぜなら、ふくよかであることは、豊穣を意味し、すべての命のみなもとだからです。
ふくよかであること、イコール美であるという時代がずっと続いていました。
ヴィーナスは、いつでも分量の多い布の美しいドレープを身につけています。
当時の美の最先端にいる人々が、ヴィーナスを最も美しく見せるスタイルが、ドレープを多用したドレスであると考えたからです。

しかし、産業革命以降、だんだんと着ているものの分量がカットされていきます。
それでも、印象派の時代、農民はまだドレスで畑仕事をしています。
急激に装飾が省かれるようになったのは第二次世界大戦以降、
そして、着るものの布の分量の少量化は、現代ピークを迎えています。
スキニ―、タイト、ちびぴた、こんなにも生地を少なくした服をよいとする時代は、過去にありません。
なぜそうなったのか。
時代の価値観が、効率をもっともよしとし、無駄を嫌ったからです。
無駄を嫌ったために、ユニフォームのようなスタイルが主流となりました。
みながジーンズやTシャツを着るなんて、そして差異と言えば、Tシャツの色や描かれた絵だけなんて、こんなにも均一化されたファッションの時代は、かつてなかったのです。

着ものを着ていた時代、同じ柄の人とは、町ですれ違うことなど決してなかったことなど、今では想像すらできません。

ぽっちゃりさんのための服がほとんどなくなってしまった背景には、こういった事情があります。
ふくよかな体を美しく見せるのは女神のようなルックスなのです。
効率的で、無駄を省いた労働者ルックなどでは、決してないのです。

しかし、これらの効率化も、もう行き止まりまできました。
わたしたちは、機械製品ではありません。

2012年、海王星が本格的に魚座入りします。(現在は逆行中で、水がめ座に戻っています。)
ファッションの流れは変わります。
ここから、ぽっちゃりさんたちに、希望の光が見えてきます。
(次は実践編に続きます)

☆画像は、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの「プロセルピナ」
ロセッティは今から約160年ほど前にイギリスで活動したラファエル前派の画家。つまり、前回、海王星が魚座にあった時代です。
ヒントは、ここにあります。

2011年9月19日月曜日

洋服と髪型の悩ましい関係

洋服のことばかり書いていますが、ファッションは、ヘアスタイル、メイク、靴、アクセサリーなど、すべて含めて完成されます。
中でも、髪型は、非常に重要なポイントです。
たとえば、これは洋服ではありませんが、着物を着る場合、似合う髪形というのは限られてきます。
着るものによって、髪型が限定されるパターンです。
そのほか、イブニングドレス類も、ある種の髪型を要求しますが、それでも最近はかなりゆるいです。

これらを除くと、洋服の側が髪型を限定するスタイルは、さほど多くありません。
しかし、逆に、髪型のほうが着るスタイルを決定してしまうというパターンは、とても多いのです。

コレクションなどに出演するモデルの多くは、ストレートのロング、またはセミロングです。
もちろんショートヘアのモデルもいますが、出られるショーは、その髪型だけで決まってしまうでしょう。
ストレートのロング、またはセミロングはニュートラルな髪型なので、スタイリングの仕方によって、
どんな洋服にも合わせられます。

最近、日本で流行のヘアスタイルは、かなり作りこまれています。
髪を染め、パーマをかける、完成された髪型の方々が多いです。
その完成された髪型を、あたかもショーモデルのように、洋服を着替えるたびにセットしなおす人は、いるとしても、少数派でしょうから、ほとんどの人が、1度髪型が完成されると、そこから服を考えることになると思います。

テレビなどでよくやっているファッションによるイメージチェンジも、髪型を変えないことには、チェンジしたことになりません。
洋服を変えたから、髪型を変えるのではないのです。
髪型を変えてしまったら、洋服を変えざるを得なくなるのです。
あなたが髪の色を変え、長さを変え、ウエーブをつけてしまったら、
洋服は前のままというわけにはいきません。
髪型のほうが、洋服より力があるのです。

服はしょせん、体の上にのせるものです。
しかし、髪はその人の一部。
その一部を変えることのほうが、服を変えるより力があるというのは、
当たり前と言えば、当たり前です。

最近、よく「美人オーラ」なる言葉を目にしますが、
髪という身体の一部分の改造は、それこそ、オーラにまで影響するでしょう。
だからこそ、服も変えなければならないのです。

もし、イメージチェンジしたいのなら、髪型から変えるのが正解です。
どんな人でも、人生で1度は、過去のイメージののった固い殻を破って、
さなぎが蝶になるように、新しい自分へ変わらなければならないときがあると思います。
そういうときは、まず髪型を変えましょう。
髪型を変え、通常の視覚では感知できない、第二の身体であるオーラを変えたらば、
必ず、いままで着ていた服は似合わなくなります。

時には、こうやって以前着ていた服を手放すことで、
乗り越えられないと思っていた、あなたの目の前の壁を乗り越えましょう。
あなたを助けてくれる服は、きっとあなたのことを待ってくれています。

2011年9月12日月曜日

100%○○にしない

100%、○○にしないというのは、全体のコーディネイトを考えるとき、
すべてに言える、おしゃれのコツです。
この○○には、いろいろな場合が当てはまります。

100%、古いものにしない。
100%、新しいものにしない。
100%、安いものにしない。
100%、マスキュリンにしない。
100%、黒一色にしない。
などなど。

変な言い方ですが、100パーセントそのものにしてしまうと、
全体としてのバランスが崩れるのです。
崩れた瞬間、もう素敵には見えません。
すべてのものが陰陽のバランスのもとできているのだとしたら、
これは当然のことなのかもしれません。

100%古いものにしたら、古臭く見えますし、
100%新しいものにしたら、軽薄に見えます。
100%安いものにしたら、それこそ貧乏くさいですし、
100%高いものは、何だかいやみです。

100%、マスキュリンだと、よくて宝塚、おかしな場合はお笑いですし、
100%、ロマンチックだと、なんだか仮装行列のようです。

どうすればいいかというと、それは簡単で、10%でいいので、
反対の性質のものを混ぜること。
マスキュリンだったら、10%、フェミニンを入れること。
古いものだったら、それこそソックスでいいので、新しいものを入れること。

では、黒100%だったら?
黒の場合は、たとえば質感を変えること。
全体にウールのマットな感じだったら、
深みのあるベルベットや、シルクサテンを混ぜる、
靴をエナメルにする、スエードにするなど、
均一性をなくします。
光の加減で、1つの黒でなく見えるようにすればいいわけです。

よく言われるように、おしゃれは全体のバランスです。
バランスは、同質のものだけを集めればいいものではないのです。
プラスとマイナス、陰と陽のように、相反するものがあってこそ、
1つの全体となります。
1つの全体が完成すると、次元を1つあげることができます。
その、上がった感じが、おしゃれに見えるということです。

実は、このコツは、おしゃれだけのものではありません。
1つ上の次元へ行くためには、どんな場合においても、相反するものが必要です。

あなたが無視していたもの、嫌っていたもの、あり得ないと思っていたもの、
それを取り入れることがキーです。
恐れていたものを取り入れたら、あなたは新しい世界へのチケットを手に入れることができます。

2011年8月29日月曜日

セットアップのすすめ

その人の服装を見て、これはおしゃれだなとか、おしゃれでないなとか、判断する、
1つの大きな基準は、色です。
生地の質感よりも何よりも、私のようなファッションを勉強したり、
それを仕事にしていた人間は、まず色で判断します。
しかし、この色合わせが、実はとても難しいのです。

皆さんは想像できないかもしれませんが、
たとえば、メーカーでジャケットの縫い糸を決定するとき、
何十色もの色の中から1つを選んで決めます。
たとえば、紺色だったら、どの紺色がぴったり合うか、
糸見本からひとつひとつチェックして選ぶのです。
それでも、ぴったり同じ色ということは、めったにありません。

色のプロでもない人が、ごく普通に生活している上では、
それほど細かい色の差など、気にかけないと思うのですが、
やはり色になじんでいる側から見ると、
色が合っていない、ちぐはぐな感じがするスタイルは、
おしゃれに見えません。

色がよくわからなかったり、なかなか同じ色のものを探せない場合、
一般の方が手っ取り早く色合わせをする方法は、
まずセットアップのものがあったら、それを手に入れるということです。
ニットのツインセット、スーツ、コートとワンピース、ブラウスとスカートなど、
いろいろな場合が考えられますが、
もしそろって売っているのなら、買っておいたほうが、後で何かと便利ですし、
まず色で失敗する確率が低くなります。
コーディネイとに頭を悩ませることも、なくはなりませんが、少なくなります。

特に色に自信のない方には、セットアップで購入することをお勧めします。
おしゃれに見えるだけでなく、時間やお金も節約できることと思います。

2011年8月22日月曜日

大人のスニーカー



ファッションのカジュアル化が進み、以前はスニーカーなど、はかなかった年代の方でも、普通にはいて街を歩けるようになりました。
かなりの方が一足はスニーカーを持っているのではないかと思います。
また、そうでない方も、何かのときに「歩ける靴」として、スニーカーが必要と感じていらっしゃるのではないでしょうか。

大人のスニーカー選びは、なかなか難しいのではないかと思います。
スポーツシューズを扱う店では、あの過剰なデザインと色のコンビネーションにくらくらしますし、
かといって、デパートの靴売り場を見ると、歩きやすさが重視され、デザイン的にはいまひとつのものが多い感じがします。

そんな中、どういうものを選べば大人っぽく感じるかということですが、
まず1つは、デザインがシンプルなこと。色使いも2色以内におさめてあるもの、そしてできれば、革やサテンなど、少し高級な素材使いであることなど、考えられると思います。
デパートの靴売り場へ行くと、黒い革の、いかにも歩きよさそうなスニーカーを扱っています。
シンプルなのはよいのですが、ちょっと間違えると年寄りくさいデザインにもなりがちです。
そちらに傾いてしまうと、大人のおしゃれなスニーカーではなく、単なる歩くための靴に見えてしまいますので、選ぶときは注意してください。

もうひとつの提案として、色で遊ぶということ。
「おしゃれのルール」で、さし色としてサブカラーを決めておくことを提案していますが、
自分のサブカラーのスニーカーが売っていたら、ぜひ手に入れてください。
色優先の場合は、素材は布でも構わないと思います。
なかなか靴での色遊びは難しいものですが、自分のテーマカラーにぴったりのスニーカーをはくと、かなりおしゃれに見えます。
そして、それは大人がやるからこそかっこいいのです。

最後に注意点ですが、大人がスニーカーをきれいに見せるには、
あまりよれよれになったものははかないことです。
よれよれスニーカーは、若者こそがはくもので、それを大人がやったら、
単に貧乏くさいだけになります。
よれよれのTシャツとスニーカーは、大人が一番やってはいけない組み合わせです。
そこは気をつけること。

その点さえ注意すれば、スニーカーをはいて街を歩くということは、案外安上がりに、その上、歩きやすいという利点のついた、だれでも無理なく実行できるおしゃれのテクニックではないかと思います。

☆写真はアレクサンダー・マックイーン×プーマモデルの革製スニーカー。
こんなデザインが大人に似合うのでは?
(ちなみに、わたしはこれを御殿場のアウトレットで手に入れましたよ。値段は3990円。ほらね、安上がりでしょう。)

2011年8月16日火曜日

自分のために作られたものだわ、と思える服を手に入れる

プレタポルテ、英語であれば、レディ・トゥー・ウエア、日本語だったら、既製服といった、着るばかりの状態にある服が登場してから、その人だけのためにあつらえた服というのは、なかなか手に入れる機会が少なくなりました。
それを手に入れるためには、オーダーメイドのお店へ行くか、自分で作るか、はたまたお母さんが作るか、でもしなければなりません。
現在は、そういったあつらえた服のかわりに、大量に並ぶ既製服の中から1枚を選ぶことが通常です。

服を選ぶ基準はいろいろあります。
値段、流行、それが必要などなど。人間は服を着なければ生きていけませんから、妥協が必要なのは百も承知です。
それでもなお、まさにこれは自分のために作られた服だわ、と思える服を探す努力を怠ってはいけません。
それはまるで、恋に落ちてしまったかのような、
その服のことを考えるとドキドキしてしまう、
その服を着た自分を想像するだけで、楽しくなってしまう、
モノクロームの日常が、いきなりカラー映画になってしまうような、
そんな服です。

そういった服は、あなたを応援してくれ、励ましてくれます。
落ち込んだ気分を上げてくれます。
いつでもあなたの味方です。

そうでない服、つまり、別にこれは私のために作られたって感じじゃないけど、値段もちょうどいいし、いま買わなきゃいけないし、ちょっと流行ってるみたいだから、というふうに買った服を着ると、
時には、街で同じ服の人とすれ違って嫌な気分になり、
どうにもこうにも着心地が悪くて、イライラしたり、
なんだか急にみじめな気分になったりします。
これでは、そんな服はあなたの味方になるどころか、足を引っ張るだけの、単なる障害物です。

あなたのワードローブの中に、こんな障害物はどれだけあるでしょうか?
こんなつまらない障害に足を取られて、途中で四苦八苦することはありません。
体育祭の競技ではないのですから、自分で取り除ける障害物は、取り去ってしまうに限ります。

いつでも、これはまさに自分のために作られたものだわ、と思える服を探しましょう。
あなたのためだけに作られたものが、そう簡単に見つかるわけはないです。
1万点の服を見て、1点であるかどうかです。
だから、それを探し続ける根気と努力が必要です。

しかし、それをたくさん見つけることができたら、あなたの人生も軽やかになるでしょう。
足元にまとわりつくような、ずるずるした布でできた障害物が少なくなるわけですから。

本当に、あなたのためだけに作られた服は、あなたに勇気を与えてくれます。
それは、永遠に裏切らない、最強の恋人です。

2011年8月8日月曜日

おしゃれの筋トレ

今日は少し趣向を変えて、どうしたらおしゃれ力がつくのか書いてみたいと思います。
しかも、基本的な筋力トレーニングの方法です。

洋服は、どんな小さな町へ行っても売られている、
ありふれた日常のものです。
あまりにありふれているので、それは当たり前すぎて、特段、何の感慨も抱きません。
しかし、その中から、自分がほしい、自分に似合う、服としてよいものを選ぶには、
それを選ぶ筋力が必要となります。
洋服ですから、それは見る力や、さわって判断する力です。
これがないと、結局、それ以外の価値基準で買うことになってしまいます。
たとえば、値段とか、ただ単に流行っているとか。
では、洋服を選ぶための基礎的な力はどうやって身につけたらいいでしょうか。

その答えは、簡単です。
「いいものを見続けること」
これだけです。

ここで言うところのいいものとは、もちろん洋服に関してもそうですが、それだけではありません。
絵画、音楽、デザイン、インテリアなどなど。
とにかく、いいものを見続けることが重要です。
この場合、そのものを所有しなくてもかまいません。
いい絵を見る、いい音楽を聴く、いいデザインのものを見に行く、いいインテリアの空間に入ってみる、
そういったことを経験するだけで十分です。
服でいえば、多分買わないであろう、いい服に袖を通してみることです。
これをとにかく繰り返します。
いままで、こういう習慣がなかった人は、なおさら多く経験してみます。
このとき、自分が買うか、買わないかとか、値段はいくらなど、そういうことは一切手放してください。
これをある程度、続けてみたら、今度は自分の服を買うために町へ出てみましょう。
驚くことが起こります。
ほとんどのものは、自分にとって、無意味になります。
いままでカラフルに、均一な意味を持って目に飛び込んできていたものが、
いきなりトーンが下がり、白黒映画の世界に迷い込んだようになります。
そのモノトーンの世界の中を歩き、一点だけ、光ってヴィヴィッドに色がついて見えるもの、
それこそが、あなたの探していたものです。
そのほかは、自分にとってはどうでもいいものだということがわかります。

本当は、こういう基礎体力は、若いころからつけていたほうがいいのですが、
いまからでも遅くありません。
どうしてだか、いつも変なものばっかり選んでしまうという方は、いまから始めてみてください。

筋力ですから、一日でつけるのは無理です。
けれども、このようにして筋力がついたあかつきには、あなたは洋服ばかりでなく、ほかの分野においても、的確にものを選ぶ力がついたことに気づくでしょう。
この力をもって世界を歩いたら、見える景色が違ってくることは、明らかです。

2011年8月1日月曜日

ブリティッシュテイスト

ヨーロッパのコレクションを見る限りにおいて、久々にブリティッシュテイストが戻ってきました。
ただし、最近、日本では、パリコレなどで発表された服が、そのまま流行するというわけではなくなってきています。
逆に、日本からの流れもあるくらいで(たとえばバッグにつけるチャームや、スカートの下にズボンなど)、ヨーロッパの流行と、日本の流れが別物であるという傾向は顕著です。
それでも、今度の秋冬に展開されるブリティッシュテイストは、要注目なのではないかなと思います。
なぜなら、私たち日本人は、ブリティッシュテイストになじみが深いし、好きだからです。
また、流行に左右されないアイテムやシルエットが多くあるというのも、大きな特徴です。

ブリティッシュといえば、タータンチェック、ツイード、金ボタンのブレザー、ダッフルコートなど、
どんなものでも、違和感なく日本人が取り入れることができるものばかりです。
皆さんも、たんすの中に何かしらタータンチェックのアイテムを持っていらっしゃるのではないでしょうか。
もしマフラーなどの小物をお持ちでしたら、今年はぜひ引っ張り出してきて使いましょう。
小物でしたら、違和感なく取り入れられると思います。
しかし、ジャケットなどのたぐいのものは要注意。シルエットは、前回のものとかなりちがっていますので、そのまま着ると、何だかおかしいものもあるでしょう。
着て外に出る前に、鏡の前で確認してください。
一方、ダッフルコート、特にイギリスのメーカーのものはさほどシルエットの変更がありませんから、たぶん、そのまま着用が可能だと思います。
その他、いわゆるイギリスの老舗メーカーの品々も、流行とは一線を画すものが多いので、それらも大丈夫でしょう。
何も持っていないけれど、取り入れてみたい方は、やはり小物がお勧めです。
気軽に雰囲気を楽しめます。

また、ブリティッシュテイストの復活とともに、戻ってきたのがプリーツスカートです。
プリーツスカートといえば、最近では女子高生ルックでしか見なくなりましたが、昔はだれもが1枚は持っていましたね。
プリーツスカートも、シルエットを変えようがないアイテムなので、たぶん昔のものでも着られるのではないかと思います。
似合わない人のいないアイテムですので、新しいものを見つけてもいいですし、古いものを着てみるのもいいでしょう。

ブリティッシュテイストはトラッド、つまりトラディショナルです。
伝統は、いわば安心です。
安心で、戻るところがあるからこそ、私たちは冒険できます。
伝統や安心は、つまらないと言えば、それまでです。
この、つまらなさの否定としてアバンギャルドは出てきましたが、
それとて、戻るところ、壊すべきものがあればこそできただけ。
洋服というものがどういうものかわからなくなったら、伝統から学びましょう。
それを知った上でしか、私たちは遠くまで行けないのです。

2011年7月26日火曜日

スタイリストの提案する服



最近、ファッションレッスンを受けてくださった方から、
「簡単に手に入り、値段も手ごろで、簡単におしゃれに見えるブランドはどこですか?」と聞かれました。
これは、誰でも知りたいことですよね。

最近、私が注目しているのは、スタイリストさんたちが提案する服です。
実店舗よりも、カタログのほうが多いようですが、なかなかこれが、あなどれません。

では、デザイナーとスタイリスト、どこが違うのでしょうか。
スタイリストに求められる能力は、編集する力です。
デザイナーは、自分のデザインした服のことをクリエイション、つまり創造物と呼んだりしますが、
スタイリストは、自分がデザインしたものを、こうは呼ばないでしょう。
また、自分のデザインがオリジナルであるとも言わないと思います。
デザイナーは、たとえばデザインを始めるとき、美術作品や映画などにイメージの原泉を探すと思いますが、スタイリストがデザインするとき、アイデアソースは、数多く見た実物の服になると思います。
デザイナーたちは、さほど他人のデザインした服を吟味するということがありませんから、
この点に関して、スタイリストのほうがずっと知識を持っているのです。

そして、自分の中に蓄積された膨大な服のアイデアを、今度は着る人にあわせて編集しなおします。
これがスタイリストのデザインの仕方です。
デザイナーとは、方向性が全く違います。
ですから、スタイリストのデザインする服というのは、適度なトレンド感、そして着る人の気持ちや立場が十分に考慮され、なおかつ、自分のセンスで編集はするものの、決してデザインがでしゃばるものではない、ということになります。
こうしてデザインされた服が、適度におしゃれで、まさに、ああ、こういうものがほしかったんだというものになるのは、当たり前の話です。

ソニア・パークさんなどは、実店舗で販売していますが、
その他の方々は通販が多いようです。
(すべての通販をチェックしたわけではないので、あまり詳しいことはわかりません)。

どこに行けばおしゃれな服を買えるかわからないとき、スタイリストがデザインした服を試してある価値は大いにあると思います。

☆写真は、dinos系のカタログ、「Cara」11秋冬号より、スタイリストの戸野塚かおるさんデザインのもの。シャツとスカートでのセットアップという、ほかではあまり見ない服の組み合わせ。
こういった、ありそうでなかったけれども、あったらよさそうという提案も、スタイリストならでは。

2011年7月19日火曜日

誰にでも「かせ」がある

洋服を着るという行為において、すべての人に「かせ」があります。
それは心理的にと同様に、身体的にもです。

たとえば、ある人は、胸が小さいから服が似合わないと思い、
ある人は、胸が大きいから、着る服がないと言う。
また、ある人は、身長が高くて服がないと言い、その一方で、身長が低いのを非常に気にしている人がいる。
このように、誰でも、何かしら、自分にとって「かせ」であると感じている部分があるのではないかと思います。
これは、日本人が着ものを着ていた時代には、考えられなかったほどのプレッシャーです。
もちろん、着物にも、それが似合う体型と似合わない体型があるとは思いますが、それでも洋服以上には、適応範囲が広く、ほとんどの人が純粋に服を選んだり、楽しむことができたのではないかということは、容易に想像できます。

この「かせ」ですが、ならば、モデルのような体型であったら、その人にはないのかといったら、そういうわけではありません。
今度は、その人にとって、「年を取っていくこと」が、大きな心理的なかせになります。

では、その「かせ」はどうしたらいいでしょうか。
まず、「かせ」があることによって、工夫が生まれます。
身長が低いなら、どうやって、それが気にならないようにするか、いろいろ策を練ります。
胸が小さい、あるいは大きすぎるなら、それをどうやって魅力的に見せるか、いろいろ試行錯誤をしてみます。
ですから、「かせ」は悪くはありません。
葛藤がないところに、進歩は生まれないのです。
そして、その工夫の痕跡こそが、あなたにほかの人とは違う魅力、味わいを与えます。

しかし、同時に、あなたが思っている、その「かせ」は、他人にとって、それほどでもないことが多いというのも事実です。
あなたが欠点と思っていることも、他人は、別にどうでもいいと感じていることは非常に多いです。
だから、それほど気にする必要もありません。
もし、その「かせ」のせいで、あなたが冒険を恐れているのなら、
いますぐその「かせ」は、取り去るべきです。
絶対にはずすことができないと思っていらっしゃるでしょうが、よく見ると、その「かせ」は簡単にはずせます。
「かせ」をはずして、足取り軽く、一歩を踏み出してみてください。
おそれていたのは、自分だけであったということがわかります。

2011年7月11日月曜日

モテる服?

モデルのSさんのインタビューを読んでいたら、洋服選びのポイントは、「モテる服を選ぶ」ということだそうです。

はあ、そうですか。そういう人もいるんですね。

終わり!

というわけにもいきませんね。

「モテ服」なるものが、雑誌の表紙に踊るようになったのはいつごろからでしょうか?
「モテ服」とは、つまり、男性受けのいい服なのでしょう(多分)。

では、その「男性」とはだれなのでしょうか?
まさか全世界のすべての「男性」が対象?
それとも、20代から40代ぐらいまでの「男性」が対象?
それとも、うちの会社の独身「男性」が対象?
それとも、私の周りにいる独身「男性」が対象?
それとも、私が好きなただ1人の「男性」が対象?
モテる、モテるって、みなさん、だれにモテたいんでしょうか?

では、モテる服って、どういうことでしょうか?
セクシーに見られる服?
いい人そうに見える服?
かわいくて、優しくて、料理が上手そうに見える服?
モテるとは言いますけど、みなさん、どう見えたいのでしょうか?

これは、別に「モテる服」を否定しようっていうわけではないのです。
でも、みなさん、もし「モテる服」を選びたいと思うのなら、上記の点を考えてほしいのです。

モテる服だからって、最近の女子高生みたいにパンツが見えるほど制服のスカートを短くして、
変な人が寄ってきてもいいのか。
モテる服だからって、あなたが好きでもない、どうでもいい男に好かれたいのか。

「モテる」というのは、他人からの基準です。
多分、大勢の男性の支持、しかも、それは恋愛や性的な意味も含まれる好意の感情を引き起こすような服という意味でしょう。
あなたの基準が常にそれにおかれるとしたら、あなたは選択する権利を相手に受け渡したことになります。
あなたは、男性が「好意」を引き起こす服しか、選べなくなってしまいます。
それでもいいのか。
この点は、自分で選べます。
権利を渡すということすら、選べます。
それを承知でするのなら、それはそれで問題ないと思います。
他人、特に男性から好意を持たれるために服を着るというのが、あなたの軸になります。

ところで、洋服に関していままでいろいろ経験してきましたが、
私は洋服の趣味だけによって、男性にモテるという方を知りません。
その「男性」が好きなのが「洋服」であるなら、それはあなた自身を好きであるという意味ではありません。
その「男性」が好きなのは、その「モテる服」であって、あなたではありません。
ゆめゆめ勘違いなさらないように。

☆本当のことを言うとね。モテる人って、何を着ててもモテるんだよ。それが本当のモテるってことだよ。

2011年7月5日火曜日

サイズ全般について

最近、インポートの服をたくさん試着してみたり、また、ファッション・レッスンを受けてくださった方のなかから、サイズについてのご質問を多々いただきましたので、今回は、サイズ全般について書きたいと思います。

日本のアパレル業界においては、標準サイズというものが厳格に定められており、たとえば9号サイズではバスト何センチ、ウエスト何センチ、ヒップセンチ、袖丈何センチなどというように、標準的な寸法は決まっています。これは何年かおきに見直しされるようですが、そんなにしょっちゅう変わるものでもないので、1度決まったら、当分変わりません。
標準的な最低寸法が決まっているため、大手アパレルでは、その寸法以下になるものは基本的に作りません。ヌード寸法+緩みの計算をして、それ以下になる場合は、デザインを変更してでも大きくします。
日本のアパレルのサイズ表示は、7号、9号、11号などとされますが、最近、6,8,10などのアメリカ式、また36,38などのヨーロッパ式で表示されているものも出てきました。しかし、それでも大手アパレルの場合は、日本の標準寸法に合わせて計算しますので、標準以下の寸法ででき上がるということは、ほぼないと見ていいでしょう。
これらはどれもサイズが一定なので、自分のサイズを把握し、それに合うサイズのものを買えば、まったく外れるということはありません。
それに対して、デザイン優先のブランドや、インポートでは、サイズのとらえ方に大きな違いがあります。
特に、インポートものは、サイズ表示はあるものの、デザインによって、大きさは全く一定していません。このブランドなら、このサイズと思っていても、アイテムによっては、まったく違うサイズのほうが合うということが、実際に多くあります。
特にデザイナーの名前を冠したブランドは、この傾向が顕著で、こちらのアイテムの38と、そちらのアイテムの38では、まったく違うサイズ感になるなんていうことはざらです。
大きい分には着られないということがないので問題ないのですが、注意しなければならないのは、ウエストなど、細い部分です。またタイトな服だと、それだけサイズ感が大事になってきますので、自分に合ったものを買うには試着してみる以外、方法はありません。
またシーズンによっても、サイズ感が違ってきます。先シーズンはこのサイズでぴったりだったのに、今期のものは合わないということもよくあります。
またデザインによっては、いつもと違うサイズ上げたり下げたりしてみたほうが似合うということもあります。

デザイナーズブランドは、定番の白いシャツやTシャツなど、シーズンごとに微妙ですが、ボディに対する緩み分を変えていきます。これは以前書いた、身体に対する空気のデザイン部分です。去年の白いTシャツと、今年の白いTシャツ、まったく同じでないことこそが、デザイナーズブランドの存在意義です。
いつもサイズが一定でないとメーカー側に文句を言っている方がいましたが、文句を言ったところで、この性質は変わりません。
通販で買う場合など、試着できない場合は、この点を考慮しましょう。また、返品できるかどうかも確認しておいたほうがいいでしょう。
いつもサイズが一定のものを作るブランドは安心感や安定感はありますが、面白さや、楽しさがあるのは、サイズ感など無視したブランドであるというのも事実です。

2011年6月28日火曜日

なりたい自分の服を着る

たとえば、誰でも、やせたらあれを着ようとか、お金が入ったら、あのコートや靴を買おうとか、何かあるのではないかと思います。
もしくは、将来は、絶対ああいう生活をしようとか、あの仕事をしようとか、目指すべきところがあるのではないでしょうか。

そういうとき、服は、そういう状態になった後、それにふさわしいものを選ぶのが普通だと思うのですが、そうではなくて、先に服からそのスタイルを作ってしまったほうが、「なりたい自分」により早く近づけるのではないかと思います。

やせたら、あのドレスを買うのではなくて、先に買ってしまう。
そしてそれを毎日眺める。たまに着てみる。
そして、そのドレスが似合う自分をありありと想像し続ける。
するとそのうちに、多分なのですが、体はそのドレスにふさわしい体型に近づいていきます。

服というのは、皮膚に一番近いものです。
色が気分に影響を与えることはよく知られています。
単純な言い方では、ピンクは女性らしさとか、ネイビーは理知的とか。
私たちは、色を使うことでだいぶ気分を変えることができますが、
その色プラス、自分のなりたいイメージの形を付け足すことで、自分がその気分を体験することができるようになります。
その気分を濃い密度で体験し続けることによって、多分、あなたが変わります。
そして、あなたを取り巻く世界も変わります。
物質が変化するのは、一番最後の段階です。
そこにいくまでに、あなたの気持、気分で、それを経験し続けます。
そのあなたが経験し続けたあなたの気持や気分は、あなたのオーラに刻印されます。
刻印が安定すれば、物質の変化が始まります。

気持ちや気分を刻印するために、鏡、音楽、香り、しぐさ、照明など、何でも利用するといいでしょう。
とにかく濃い密度で、深く、継続的に経験することが肝要です。

シンデレラだって、意地悪姉さんたちがいない間に、こっそりドレスを着てみました。
彼女は、そのときに、深くその感情に入って、王子様と結婚する自分を体験していたのです。
その彼女の印を見つけたからこそ、魔法使いがあらわれました。
印がないと、魔法使いは見つけられません。

しかし、最後に注意を。
この「なりたい自分」イメージは、ほかの憧れのだれかであってはいけません。
憧れの女優さんとか、モデルさんとか、自分以外のものでは効果は出ないと思います。
あくまで自分の理想形を、未来でなく、今に持ってきてしまいましょう。
あなたが心躍る服を着れば着るほど、あなたの毎日も心躍るものになります。
それが服の持っている魔法です。

2011年6月20日月曜日

アーカイブとしてのディオール




久々にアウトレットに行き、ハイブランドのコート、ジャケット類を片っ端から試着してきました。
私が行くのは静岡県の御殿場なのですが、プラダ、グッチ、サンローラン、ランバン、マーク・ジェイコブス、バーバリー・プロ―サムなど、エルメスやルイ・ヴィトン以外なら何でもそろっています。
アウトレットなわけですから、試着したのは今期の春夏ではなく、去年の冬もの。
流行というものは高いところから低いところへ流れていきます。ですから、去年ハイブランドで発表されたものは、今度はデパートに入っているようなナショナルブランドが同じ形を発表します。
なぜか。それは去年のものをサンプルとして買ってきて、それをそのまま作って売るからです!
(一般にはこの行為を「パクる」と言いますね)

まあ、その話はいいとして。
それで、試着室へ入る必要のないものを次々着ていったわけですが、ある1つの傾向がありました。
それは、ウエストが細い、ということ。
私が着てみたのはヨーロッパサイズで36とか38なのですが、どれもウエストはぴったりです。
冬ものなので、たとえば、中には薄手のニットを着られるぐらいといった感じ。
また、ウエストが細いのと同時に、肩幅が若干広くなっています。そして、ウエストから下は少しフレア気味。またはペプラムとなっていました。
これは1つのブランドだけでなく、ほぼ全体を通して見られる傾向です。
それで思い浮かんだのが、ディオールのニュールックです。
まさに写真にあるようなスタイル。

シルエットというのは流行によってどんどん変わっていきます。
私が「ルール」としてシルエットにはあまり触れないのはそのためです。
こういう体型の方にはこのシルエットがいいですよといっても、それはどんどん変わってしまうので、ほんの次の瞬間には通用しなくなってしまいます。

けれども、流行をずっと見ていくと、必ずかえっていくスタイルというものがあります。
ふだん着の場合だと、それは、1つは制服やスポーツウエア、そしてもう1つがディオールが戦後打ち出した、ニュールックです。
もちろん、そのままということはありません。しかし、去年の秋冬からの流れは、あきらかにオリジナルを、ディオールのこのスタイルに持っていると思われます。
ディオールが発表したのは、このスタイルだけではありませんが、どれも現在のファッションのシルエットに多大な影響を与えているのです。
このように、欧米のデザイナーたちには、必ず返るべきスタイルがあります。
どんなにアヴァンギャルドとかいって、形を崩したものが流行っても、彼らはこの原点を忘れません。

今年の秋冬は、デパートの店頭にも、このスタイルのジャケットやコートが並び始めるでしょう。
次の「新しさ」を感じたい方は、この形を選ぶのがいいのではないかと思います。

☆ちなみに、この写真のルックスですが、私はロンドンのヴィクトリア&アルバートミュージアムで実物を見ました。ものすごく細いウエストでした。今も展示されているのでしょうか。

2011年6月13日月曜日

旅のワードローブ:補足

記事の右側のガジェットの部分に、投稿記事の人気順位というものをつけてみたところ、
だんだんと「旅のワードローブ」が上がってきました。
実は、私の旅の装いはあまり参考にならないのではないかと思っていたので、これはちょっと意外でした。
前回の記事はだいぶ長くなってしまったので、書ききれないことがありました。今日はその補足です。

前回の記事では、どうしたらおしゃれに見えるかという点について、一切ふれていませんでしたが、
これは「おしゃれのルール」と全くいっしょです。
色、テイストをとにかく絞り込む。そして自分らしい小物で味付けする、です。

小物なのですが、私は帽子、ストールやスカーフ、冬だったら革の手袋、そしてコスチュームジュエリー、そして、自分がいつもアミュレット(お守り)のようにふだんつけているペンダント(これは身につけて)を持参します。
コスチュームジュエリーとは、いわばイミテーションのジュエリーで、なくしても、壊れても問題ないものを、ワンピースを着るときに着用するために持っていきます。
外国の方々、特に私はイギリスで感じるのですが、身につけているものを、たとえそれが知らない人でも、それ、素敵とか言って、気軽にほめてくれます。
ですから、わざと日本風のアクセサリーをしていくのも、面白いなと思います。
たとえば、ちりめんでできた椿(カメリア)のコサージュとか、よいのではないでしょうか。
(これはまだ実験してませんが)

それと、この前書いたワードローブで特徴的なのは、荷物の総量に対して靴のとる分が多いということだと思います。靴だけでなく、靴磨きの小さいセットも持っていきます。
そして、これは特に気をつけるのですが、私の場合、はいていく靴は最低でも5センチ、できれば七、八センチくらいのヒールの靴です。たいていはショート,またはロングのブーツですが、私は背が低いので(155センチです)、あまり低いヒールで外国へいくと、そうでなくても幼く見える日本女性が、より一層子どもっぽく見えてしまうのではないかと考えるからです。1泊2万円ぐらいのホテルに泊まるわけですから、そう見えると困るわけです。
何せ、一人旅の場合、すべてのチェックインは自分で行います。
ホテルのチェックインも、とても重要です。それによって、これから宿泊するに当たっての待遇が変わるからです。
どんなによれよれで空港に着いても、ホテルのチェックインまでは気を抜きません。それが旅を快適にするための、重要な分かれ道になります。ここが一番の勝負です。勝負のための格好をしないと、日本人は負けてしまいます!
で、その靴ですが、別に旅行用に買うわけではないので、ふだんからヒールがある程度あるけれど、石畳の道をがしがし歩いていける靴を探します。そしてもちろん、旅行でその靴を新しくおろすのではなく、ふだん、日常にはいていて、それで旅行にも行くのです。
格好つけた靴でホテルに1度チェックインしてしまえば、あとはどんな靴をはいてホテルを出て行っても、問題ありません。スニーカーにはきかえて出かければ、ホテルのスタッフも、あ、郊外へ行くのねと、思ってくれます。

また持っていく下着について、前回は乾きやすいものとだけ書きましたが、私は必ずシルクのキャミソールと、セットのフレアパンツも持っていきます。一人旅ですから、誰かが見ているわけではありませんが、素敵なインテリアのホテルに泊まるなら、それにふさわしい下着を持っていき、よく映画のシーンにあるように、上にバスローブを着て、お部屋の中を1人でうろうろしたりします。シルクは温かいですし、洗ってもすぐ乾くので、実は旅に適した素材だと思います。

それらをそれぞれ布や、ひもつきのショップでもらったお気に入りの袋に入れ、カバンに入れます。
すべて好きな袋にちゃんと入っていますので、税関などで開けろと言われても、何も困ることはありません。

一人旅のワードローブは、ほかの道連れの相手に見せるということはありません。
けれども、一番厳しい、そして一番親しい、自分自身にそれは見せます。
見るものと見られるものは、ここでは一致しているのです。

2011年6月6日月曜日

白いボトム

毎年、夏になると出てくる白いパンツやスカート。
今回は、特に白いパンツについてです。

今年は、久しぶりにホワイトデニムがほしくて、いろいろ試着してみました。
でも、どれも見事に透けるのです。
下着は、線の出ない、シームレスで、裾は切りっぱなしのものをつけていました。
だから、下着は透けません。
では何が透けるのかというと、ジーンズの前ポケットについているポケットの袋布の形がそのまま透けて見えるのです。
ジーンズがだめなら、いわゆる透けない白布を使ったパンツも試着してみましたが、これもやはり同じように、ポケットの袋布の形がそのまま透けます。
これらはジーンズや、透けない効果をうたった白い布地ですので、どちらかというと、厚手です。
それなのに透けるのです。でも、以前、買ったとき、そんな感じはしませんでした。
何が違うのでしょうか。
前に買ったのは、多分10年以上前、リーバイスのホワイトデニムでした。
アニエスベーのグレーのボーダーシャツにあわせるために買ったものでした。
そして、上着は、白いヘルムート・ラングのワークウエア風のジャケット。
このときは、ホワイトデニムの透けなど気にならなかったのです。
思い起こしてみると、まだあのころは、デニムがスキニーではありませんでした。
細くはないので、ストレッチ素材も入っていなく、綿100%。
今のようにぴったりはくタイプではなかったので、ゆとりがありました。
現在のジーンズは、ボーイフレンドタイプといっても、かなりぴったりフィットします。
その違いで、透けが出ているのだということがわかりました。
だから、この透けを解消するためには、ぴったりをやめるか、下着を工夫するしかありません。
ポケット布と同じ色の下着、つまり白で、ポケット布より少し長い丈のものだったら、
この透けは防げるのかもしれないと思ったのですが、そんな下着はなかなか売っていません。

そんな折、たまたまシャツに使うような薄い素材で、淡いブルーの夏用のパンツを見つけ、
それを試着してみました。素材の薄さからいくと、絶対透けそうです。
しかし、はいてみたところ、全く気にならないのです。ジーンズなどよりはるかに薄い素材です。
透けない理由は、1つはゆとりのあるシルエットだということ、そしてポケットの袋布の大きさがかなり大きいということでした。
つまり、はじめから透けるということが前提にあって、ポケットの袋布を下着が透けない範囲まで大きくとってあったのです。そして、この一工夫が、薄い素材でも下着が透けないためのポイントでした。
そういえば、うちにある通販のカタログの白いボトムにも、ポケットの袋布を工夫しましたと書いてありました。読んだときは、何のことかよくわからなかったのですが、はいてみて初めてわかりました。

というわけで、白いボトムを選ぶときは、ポケットの袋布の大きさに注目しましょう。
後ろも前も大きめにとってあって、下着の部分が隠れるように工夫してあるものは、透けません。
何の工夫もなく、フィットするデザインは透けます。
また、かえってポケットがないものであれば、ポケットが透けるという心配はありません。
その場合は、透けない下着を選びましょう。

2011年5月28日土曜日

レインウエア

D様よりレインコートについてのリクエストをいただきました。
D様、ありがとうございます。
今日は、もうちょっと範囲を広げて、レインウエアについて書いていきたいと思います。

さて、もう関東も梅雨入りしてしまいました!
じめじめした季節の到来ですが、ここで考えるのは、レインウエアを着るべきか着ないべきか、
そして着るとしたら何を選べばいいか、ですね。
現在、私は通勤時間に電車に乗らないので、お勤めの方がどれぐらいレインコートを着ているのかわからないのですが、私が街で見かける限りにおいては、スカートまで隠れるレインコートを着ていらっしゃる方は年配の方が多いようです。
一方、若い方たちは、カジュアルな街着として、アウトドア用のレインウエア、+レインブーツをはいて電車に乗っている方を多く見かけるようになりました。
長靴をはいて電車に乗っても、恥ずかしくない時代がきましたね。
まあどんなデザインを選ぶかは好き好きですので、長いコートがいいのか、それともアウトドア用によく見られる、腰の下まであるものがよいのかは、みなさんがそれぞれのテイスト、そしてライフスタイルにあわせて選べばいいのではないかと思います。

で、問題なのは素材なのです。
日本の梅雨がじめじめしています。ですからはっ水性、+空気の透過性が必要になります。
そうでないと、蒸れてどうにもこうにも着ているのが苦痛になります。
今現在出回っている素材で最高品質のものは、GORE-TEXです。
こちらははっ水、透過性、ともに優れています。また耐久性もあります。
ただ、難点は値段が高いこと。いわゆるブランド素材なので、だいたいコートで5万円前後になってしまいます。
そのほかの素材もいろいろあるようです。全部は把握し切れていませんが、たとえば東レなど、日本のメーカーがはっ水、透過性の目的のために作ったものは、ある程度信頼ができます。
これはタグに表示があれば、それを信頼していいでしょう。
日本製の生地なので、値段は安くなりますが、どういうわけか、あまりこの生地を使ってレインウエアを作っているメーカーがありません。

もっとも多く、そしてもっとも注意しなければならないのは、またしてもポリウレタンです。
本当に、またかという感じなのですが、ポリウレタンによる撥水加工をしたコートは非常に多いです。
ボンディング加工も注意です。よくラベルを見ると、ウレタン系樹脂と書いてあります。
これはポリウレタンと同じ。約3年で劣化します。
しかも、驚いたことに、3年で劣化するポリウレタンなのに、値段が安いとは限らないのです。
普通、レインコートで5万も出せば、それなりに長持ちすると思うでしょうけど、全くそうではないのです。
ポリウレタンコーティングで5万のコートもあります。
本当に要注意です。
また、素材について、アウトドア専門店の販売員さんたちは知識がありますが、普通のデパートの販売員さんたちは、素材の知識などありません。平気でいい加減なことを言います。
ですから、自分で判断するしかありません。
もし気に入ったコートだけど、素材が長持ちかどうかわからない場合は、すぐに買わないで、ネットなどで調べてからにしましょう。
また、マッキントッシュという素材のイギリス製の有名なコートがありますが、あれは洗濯ができません。かなりお高いと思いますが、長年使用していると、生地を貼り合わせるのに使っているノリ剤がしみだして、しみのようになるそうです。しかも、クリーニングも不可なのです。
着てはいけないとは言いませんが、選ぶのなら、それを覚悟の上、買いましょう。

ちなみに、GORE-TEX素材のコートは、パタゴニア、ノースフェイス、エーグル、モンベルなどのアウトドアブランド、また、コートで有名なサンヨーからも出ています。
アウトドアブランドにおいては、GORE-TEX以外のオリジナル素材のものもありますので、それは販売員の方に聞いてみるといいと思います。

2011年5月23日月曜日

デザイナーたちのふだん着

すべてのデザイナーを調査したわけではないので絶対とはもちろん言えませんが、
デザイナーたちのふだん着は、あまり派手でないことが多いです。
男性デザイナーの場合、ジーンズと白シャツ、またはTシャツという組み合わせの方も多く見受けられます。
たとえば、マーク・ジェイコブスやアルマーニがそう。
また、女性デザイナーの場合でも、自分のブランドのものではあるものの、人が振り返るような派手な格好をしている人はそんなにいません。
たとえば、ミウッチャ・プラダなんかも、自分のデザインしたものでしょうけど、何気ないものを着ている写真が多いです。
日本のデザイナーにも、やはりその傾向はあります。
私は1度、表参道の交差点の信号で川久保玲さんとすれ違ったことがありましたが、
本当に、ただの黒子みたいな格好で、隣にいた友達に教えてもらえるまで、全く気がつきませんでした。

もちろん例外もあって、たいそう派手なお方もいます。
私が学生時代バイトしていた、東京コレクションに参加していたデザイナーさんなどは、
もう50も過ぎていたでしょうに、時々、女子高生のようなプリーツのミニスカートをはいたりしていました。
(確かに後ろからは女子高生かも、でしたが、前から見たら、ぎょっとしました)
そのほかにも、直接見たことはなくても、写真などで、派手な格好だとわかるデザイナーの人もいました。
後から気付いたことですが、そういう派手な格好のデザイナーが作る洋服はあまり売れてないようです。
私がバイトしていたブランドも、全然売れていませんでした。
(ちなみに、カンサイという派手ないでたちのデザイナーがいますが、文化服装学院の学生たちの間で、あの方をデザイナーとして認めている学生は、ただの一人もいませんでした。テレビ専門の人ということでしょうか)

洋服も、いろいろわかってくると、ミニマムに、そしてあまり派手でない傾向にいくのではないかと思います。
本当のおしゃれな人というのは、誰もがあっと振り返るような格好をしている人でなく、何気ない格好をしている人なのです。
なぜそうなるか。
彼らは、自分自身より服が目立ってしまうことのばかばかしさを重々承知しているからです。

2011年5月11日水曜日

スタイリングの難易度

スタイリングにも、簡単なスタイリングと、難しいスタイリングがあります。
難易度別に紹介します。

難易度1  もっとも簡単レベル
何といっても一番簡単なのは、同じブランド、同じシーズン物でスタイリングすることです。
これはお金で解決します!
お金を持って、あるブランドへ行き、ちょっとセンスのいい販売員さんに、とっかえひっかえ服を出してもらい、その中から一番似合うものを、それこそ靴からバッグまで、すべて買えば完了です。
何せ、もうすでにデザイナーがすべてコーディネイトできるようにデザインしているわけですから、選ぶ側は何も考える必要はありません。決め手は似合うか、似合わないか、または、入るか、入らないか、だけ!
これは誰でもできます!(お金さえあれば)

難易度2  次に簡単なレベル
シーズンは違うけど、同じブランド物を組み合わせる。
これも割に簡単にスタイリングができます。自分で洋服を組み合わせるのが苦手な人はこのレベルがお勧め。
ただし、いつも●●を着ている人ねというイメージが固まりやすいので、自分らしさは表現しにくいです。

難易度3  普通レベル
シーズンは同じで、違うブランド物を合わせる。
いわゆるセレクトショップに行って、上から下までそろえるスタイル。
これはセレクトショップの販売員さんのセンスに依存するところ大です。
センスのいい方に会えば、かなりしゃれた最新スタイルができ上がるでしょう。
難点は、これもそのお店の色、そしてその販売員さんの色のスタイリングになりやすいこと。
自分と違和感のある人にスタイリングしてもらったら、失敗してしまいます。
またセレクトショップ内ではなくても、同じシーズンでしたら、
やはりその年の流行がありますので、同じテイストのショップ同士でしたら、難易度は普通かなというところです。
ただやっぱり、お金がないとだめですね♪

難易度4  もっとも難易度の高いレベル
これは、いろいろなシーズンの、いろいろなブランドでのスタイリング。
古いものから、新しいものから、そして多岐にわたるブランドのリミックス。
これはもっとも難易度が高いです。
だから、ぼけっとしていると、変な格好になってしまいます。
またおしゃれ度を出しにくいのもこのレベル。テクニックが必要になってきます。
ただし、ここをクリアすると、その人らしさが表現できます。

以上がスタイリングの難易度です。
何かお気づきになりましたか?
そうです、みなさんが毎日やっているのは難易度4です。
雑誌のスタイリストさんの仕事は、せいぜい難易度1(ブランドとのタイアップ記事)か、または難易度3レベルです。
ごく普通の人は、それより難しいことをやるわけですから、毎日大変なのも仕方のないことです。
簡単でもありません。
どうしたらいいかは、「おしゃれのルール」、再び読み直してください!

2011年5月9日月曜日

衣食住のバランス

これは、洋服のおしゃれとは違う話ですが、おしゃれな人と考えるときは、衣食住のバランスがとても大事だと思います。
私が過去にいたアパレル業界の人たちは、衣食住のうち、「衣」の部分だけが突出している人がほとんどでした。
着るものにはあんなにお金をかけているのに、信じられないぐらい劣悪な環境にたくさんの服と住んでいる人や、インスタントやコンビニ弁当ばかりの、貧しい食べ物ばかりを食べている人など、たくさんいました。
確かに、洋服は高級ブランドを身につけていたでしょう。
だけれども、そのほかの部分がこんなに貧しいと、とてもおしゃれな人とは言えません。
私が通っていた、文化服装学院の先生などはよく、「十条でも四畳半」と言っていました。つまり、赤羽十条に住んでいるけれども、借りている部屋は四畳半だということです。こんなこと、自慢している場合じゃないです。
別に、衣と同様に、住も食もお金をかけろということではありません。
全体のバランスを見て、美しく暮らすことは可能だということです。
たとえば、インテリアをおしゃれに見せるやり方は、洋服の場合と非常によく似ています。(色やテイストをそろえるなど)。それだって、自分でクッションやカーテンを作ればできること。(もちろん、その前に部屋を片付けること)
食べ物だって、きちんと自分で作って食べるということをすればいいわけです。
そういうことをおざなりにして、とても「おしゃれ」とは言えないと思うのです。
安いお部屋に住んでいるのに、ルイヴィトンやエルメスなんて、要らないんです。
全体のバランスを考えてみましょう。洋服代ばかりが突出しているとしたら、要注意です。

2011年5月3日火曜日

ぽっちゃりさんのためのファッション

正直な話、私は今まで太っていたことがないので、あまり深くぽっちゃりさんのための洋服について考えたことはありません。
けれども、街を歩いていて、おしゃれだなと思う方の中には、ぽっちゃりしている方も必ずいます。
今、ぽっちゃりしていておしゃれな方のファッションについて、どこが私のアンテナに引っかかったのか考えてみますと、それは何といっても、太めということを無視して洋服をコーディネートしている、ということだと思います。
もちろん、太めの方がやせて見えるためのテクニックはあります。構築的な服を着る、縦線を強調するなど。
でも、私がおしゃれだなと思った方というのは、そういうテクニックでうまく着痩せして見せていた方ではありません。
最近、芸人の森三中さんたちの衣装のスタイリストさんが本を出したり、ブランドを作ったりしていますね。
私も、ちょっとのぞいてみたのですが、やはり、こうすればやせて見える、などということは完全無視した装いが多いです。
たとえば、ボーダー、つまり横縞は、より幅が広く見えるため、着痩せのためにはタブーとされているのですが、このスタイリストさんの提案の着こなしには、ボーダーのトップスもありますし、しましまのタイツなどをはいているスタイリングもあります。
つまり、やせていることを前提にしたスタイルではなく、世間で言われている太めの体型こそを基準にしているわけです。
この体型が標準だよね、だったら、この体型の中で完成するスタイルを作ろう、という姿勢です。
その体型が標準であるなら、あとはただ、好きなものを好きなように着ればいいわけです。
やせているほうが異常なわけですから、そこと自分たちを比べる必要はありません。
比べ始めたら、地獄です。
ファッション雑誌がやせている人たちのためのファッションばかりを提案するのでしたら、こっちから無視してやればいい。だって、それは、必ずしも美の基準ではないからです。
自分の体は正しい。
だれかと比べる必要はない。
そこから、好きな服をおしゃれに着ていこう。
こういう考えのもとで作られたぽっちゃりさんのための服が、徐々にですが、出現してきています。

2011年4月28日木曜日

ボーダー

ボーダー柄は、もうそれだけで完成されたスタイルです。
デザイナーのジャン・ポール・ゴルチエは、トレードマークとして、いつもボーダーのニットを着ていました。(現在はどうか、わかりませんが)
大人でも子供でも、男も女も、だれでもボーダーが似合うと思いますし、それを身につければ、それなりに素敵に見えます。
ただ、そこに落とし穴があると思います。
だれでも着ている、どこでも売っているとなると、それはあまりにありふれたデザインということです。
少し陽気がよくなって、外出してみれば、ボーダーのカットソーを着ている人と何人もすれ違います。
みなそこそこ素敵です。けれども、みなどこか同じです。
ブルーのボーダーカットソーにジーンズにスニーカーまたはサンダル。
それなりにおしゃれには見えます。けれど、同じ格好の人とすれ違う危険性もあります。
だから、ボーダーのアイテムをよりおしゃれに見せるためには、工夫が必要です。
いろいろあるとは思いますが、まずは、ほかの人も考えそうなスタイルは避ける。
ほかの人がジーンズに合わせるのなら、ジーンズには合わせない。
これはかなり難易度が高いです。
なかなか、これはと思うスタイルは出来上がりません。
そんなボーダーですが、先日、これは素敵と思わせるスタイルの人とすれ違いました。
3月の終わり、まだみんながウールのコートを着込んで、首元にきっちりマフラーを巻いて歩いていた中で、
その彼女は、Pコートのボタンを全部開いて、中にニット素材のボーダーワンピースを着て、ショートブーツをはいていました。Pコートは紺色、白と紺のボーダーで、アクセントは華やかなピンクのトートバッグと、ぐっと開いた首元の肌でした。
あまり売っていない冬もののボーダーワンピース、そしてまだ誰もボーダーを着ていない季節、その2つを取り入れることで、見慣れたボーダースタイルが、とびきり素敵に変化したのでした。
意外性を取り入れる、それがボーダーをおしゃれに見せるための、1つのヒントではないかと思います。

2011年4月23日土曜日

旅のワードローブ

連休が近づいてまいりました。
旅行の予定がある方も多いのではないかと思います。
さて、今日は旅行のためのワードローブです。
今回ご紹介するのは、私が過去に行った、ヨーロッパ一人旅を重ねて、考えるに至った1つの方法です。
ご参考になればと思い、紹介します。
その前に、前提ですが、今日紹介する旅とは、1週間から10日程度、都会、またはある程度は街である場所、そして一人旅、季節はだいたい、春か秋ということです。ですので、秘境やリゾート地では通用しないと思われます。また、ツアーで荷物をだれかに運んでもらえる場合とも違うと思いますので、その点、念頭に置いて読んでください。

上にも書きましたが、これは「一人旅」のためのワードローブです。
一人旅において、最大限気をつけるべきことは、荷物をなるべく少なく、軽くすることだと思います。
だれかが持ってくれるわけではありませんし、たとえば、駅や空港でトイレに行くときも、スーツケースごと個室に入ります。だからなるべくコンパクトに、小さいほうがいいのです。
私はもっぱらナイロン素材のダッフル型(細長い形です)のかなり小さいスーツケースで行きます。
(この形はあまり売っていないのですが、最近、パタゴニアで販売されていることを知りました。)
そして、スーツケースの重量は10キロを超えないように考えます。
ですから、この中に入るように、ワードローブを考えるわけです。
たとえば、旅行期間が9日とします。
前にも書きましたが、必要ワードローブはボトムより、トップスのほうを多めにします。
この場合だと、ボトム3着、トップス4枚ぐらいです。
目安は、ボトムが日数の3分の1、トップスが日数の半分以下です。
下着や靴下なども、日数の半分以下。こまめにホテルで洗濯します。
旅先では気温が変化することが考えられますから、基本は重ね着です。
これに、薄手のカーディガンや、それに準ずるものを足します。
そして、上着、コートと続きます。
上着は、ちょっとかしこまって見えるけど、決して肩の凝らないジャケットを選びます。
そして、コートです。
またワードローブの中に、必ずワンピース、またはワンピースに見えるようなセットアップを入れます。
(ワンピースを追加したら、必ず基本から1つ枚数を抜いてくださいね)
素材はしわにならないジャージーやポリエステル素材のもの。
そして最後に大判のストールを足します。
そして、はいていく靴とは別に、街歩きや郊外へ行くときのための靴も入れます。
ホテル内のレストランを利用する予定のときは、ホテル内用の靴(かさばらないバレエシューズなど)も用意します。
以上がだいたいの基本です。

次に、これらを構築していく上でのポイントです。
・かさばらない、だけど温かいなど、案外旅で重宝するのがカシミアとシルク。
薄いカシミアのカーデガンや、シルクのシャツは軽い上に着るととても温かいです。また、見た目にも少し高級な感じがしますから、お勧めです。もちろんカシミアストールも便利です。

・コートと靴は、見た目の上で最も重要。
ホテルやレストラン、お店に入るときなど、見られるのはコートと靴です。インナーはどんなに安くても構いませんが、コートと靴だけはある程度のレベルのものにします。ブランドもののバッグを1つ持つよりも、実はずっと効果を発揮します。

・ワンピースについて。
これは特にイギリス旅行へ行くときに発見したことなのですが、イギリスでホテルに泊まって、ホテル内のレストランで食事をすると、周りの女性たちは、みなワンピースを着ているのです。どうやら、改まった席=ワンピースのようです。別に高くなくてよいのです。ワンピース+なくしても構わないアクセサリー、そしてホテル用の靴。このひとそろえを持っていくと便利です。もちろん、ホテルの外のレストランに行くときもこのスタイルです。

・現地で調達。
私の行くのはもっぱらイギリス、フランス、イタリアなので、何かしら現地で洋服を買います。狙い目は、デパートや高級スーパーのオリジナル企画のデザイナーもの。ちょっとしゃれたデザインが、かなりお安く手に入ります。お店自体もカジュアルな感じなので、敷居も低いですし、気軽に買えます。また小物類の現地調達もお勧めです。日本であまり見ないようなものが手に入ります。

・小さなクラッチバッグ。
ホテルのレストランで朝食をとるとき、財布、パスポート、部屋のカギなどを入れる、クラッチバッグを持っていきます。お財布をそのまま持つのも変ですし、ちょっとお出かけのときも便利です。

・下着は乾きやすいもの。
下着はホテルで洗うことになりますので、乾きやすいものにします。ですから、綿100%はなるだけ避けます。

・行きと帰りはなるべく重ね着。
持ち歩く荷物を少なくするために、家を出てホテルに着くまでは、なるだけ重ね着していきます。そのためにも、薄く、軽く、温かい素材のものを多く選びます。

・寝るときはレギンス。
寝るときのためにレギンスも必ず持っていきます。寒い日は、スカートの下にはいたりもできます。レギンスの上は外着としても通用するチュニック丈のもの。ポイントは、ホテルのスタッフが入ってきて、見られても困らない格好ということです。

だいたいこんな感じです。
旅行のために特別何かを買うということは、あまりないです。
自分が持っているものの中から選びます。
普段から、旅行のワードローブについてもきちんとイメージを持っていれば、ふだん着がそのまま旅行用になります。

これはあくまで1つの例ですので、みなさん、それぞれ考えてみてください。
旅行のための最低限のワードローブを作れるならば、日常のための最低限のワードローブを作ることも可能であるということです。

☆旅のワードローブ:補足はこちらから。

2011年4月19日火曜日

都会の服と田舎の服

なんだか、「都会のねずみと田舎のねずみ」みたいですが、洋服にも、明らかに都会向けと、田舎向けがあります。
それぞれの方の住んでいる地域、活動範囲などによって、どちらがより必要かは変わってきます。
もちろん、これらの区切りは、はっきりしているわけではなく、グレーゾーンもあります。
私の住んでいる地域など、まさにそのグレーゾーンで、おまけに海に近いせいもあり、
この地域を出なければ、かなりゆるい感じです。
田舎の一本道に、スーツを着て、ハイヒールで歩いていたら、それは明らかに場違いなわけです。
では、その逆だったらどうでしょうか。
最近の傾向として、この「田舎向けの洋服」が、都会にまで進出しているということが言えると思います。
都会の真ん中、たとえば銀座や新宿といった都会でも、田舎スタイルは堂々と通用するようになりました。
渋谷までいってしまうと、かなり混沌とした状態なので、何でもありです。
今はやりのナチュラルスタイリングや、山ガール風で銀座を歩いても、だれも奇異な目では見ません。
真夏になれば、ビーチサンダルで歩いている人もいます。
それでも、全く問題ないのです。

都会で受ける、能率、効率、スタイリッシュ、お金持ち風は、田舎では滑稽極まりないことになるのですが、
田舎のスタイルを都会に持ち込むことは、問題がないだけでなく、ここ最近ずっと続いている流れなのです。
そうなると、私はめったに都会に行かないわという方には、こういった都会の服スタイルは、ほとんど必要ありません。最低限のラインがあれば、事足ります。
この点も考えて、ワードローブを構築していきましょう。
ほかの人が必要だからといっても、必ずしもそれが自分に必要であるとは限りません。
自分がどこまで行動するかは、ライフスタイルにもつながります。
都会だけが生活ではありません。
もしかして、そのスーツは、ほとんど必要のないものかもしれません。

2011年4月11日月曜日

めがね

めがねは、実用的であると同時に、その人の印象を決める力を持つ、重要なアイテムの1つです。
サングラスも含めたら、みなさん、何かしらのめがねをかけた経験があるのではないかと思います。
もうお気づきだとは思いますが、めがねのフレームの形にも流行があります。
ここ15年ぐらい、めがねのフレームはずっと小さい方向に傾いていました。
それ以前は、アニメの主人公のように、とても大きなフレームでした。
それが一気にどんどん小さくなり、現在は、その最終型ではないかと思います。
つまり、もう行きつくところまで行きつきました。
今度はフレームが大きくなる番です。
一部には、すでに大きなフレームが出回っているようで、流行に敏感な若い人など、ぼちぼち大きいフレームのめがねをかけているのを見かけるようになりました。
今、かなり大きなフレームをかけていると、とても新鮮で、おしゃれに感じますが、
何事も行きすぎると、あとで振り返ってみて、ものすごくおかしく感じるという点では、洋服の流行と同じです。
その点も考えて、フレームの形を選ばなければなりません。

私も普段はずっとめがねをかけています。
自分に似合う、かつ好みのフレームを探すのはなかなか難しいです。
お金に余裕のある方の中には、自分に最も似合うフレームを1つ決めて、そのフレームが壊れたら、全く同じ形でオリジナルフレームを作ってもらうという方もいるそうですが、なかなかそうもいきません。
視界の中にフレームが入り込むのがうっとうしいので、小さいフレームはあまり好きでないのですが、
なかなか小さいフレームのブームが終わらず、どうしようかと思っていましたところ、めがねが壊れました。
けれども、まだそのときは店頭に行っても、小さ目のフレームばかりで、思うような大きさのものがありませんでした。
苦肉の策として、めがねのフレームを外国の通販で買ってしまいましたが、これがとても使いよく、結果的によい買い物ができました。しかも、フレームの価格は日本のほぼ半額でした。
最近のめがね店は、レンズのみの購入でも嫌がりませんので、気に入ったフレームが見つからない方は、外国の通販の利用もいいかもしれません。(もちろんリスクはありますが)
また、サングラスで似合う型が見つかったら、それに度入りのレンズを入れるのも手かとは思います。

ともかく、これからレンズが大きくなることは、歓迎すべきブームです。
どう考えても、顔が小さく見えるのは、小さなフレームではなくて、大きなフレームですから。
真夏に大きなサングラスをかけると、それだけで印象が大きく変わりますし、もちろん顔も小さく見えます。

2011年4月4日月曜日

花がら



ファッションのユニセックス化が進み、男性と女性の着るものの差がどんどんなくなってきました。
その中で、男性があまり着ていないものの代表は、花がらのものになるでしょう。
花がらに限らず、ほかの形のがらでも同じなのですが、
柄物のコーディネイトをおしゃれに見せるためには、コツが必要になります。
以前、「カラーパレット」で紹介した方法と同じです。
簡単に言うと、その柄の中で使われている色の中で全身のコーディネイトを完成させることです。
たとえば、白、青、赤で構成された柄の生地だとしたら、そのほかの無地のアイテムもこの色だけで構成するわけです。
もちろん、靴やカバンも、この色の中で構成すると、おしゃれ度はずっと上がります。
中には、花がらは嫌いという方もいらっしゃるでしょう。
そういう方でも、2色で構成された花がらだったら、取り入れやすいのではないでしょうか。

この法則を使用すると、おしゃれに見えるということは、これを壊すと、何となくさえない感じになります。
そのため、柄物と柄物をあわせるのは難しいと言われています。
ただ、同じブランド、同じシーズンに販売されたアイテムの中では、色までそろえているものもありますので、そういう場合は可能になります。
いずれにしても、高度なテクニックが必要であるということには、変わりありません。

☆写真は、ハンターのクロッグス。花柄が苦手な方は、このように小さい面積のものから取り入れてみるのもお勧めです。

2011年3月25日金曜日

「うさと」という考え方

「うさと」というブランドがあります。
いわゆる普通のファッション雑誌では、一切、取り上げられないブランドです。
また、デパートや普通の流通では販売されていません。
デザイナーは、文化服装学院出身のうさぶろうさん。
「うさと」は、タイに本拠地を置き、
デザインこそ、うさぶろうさんによるものですが、その他、生産の一切をタイのとある村の人たちで担っています。
すべてオーガニックの素材で、布を織る、裁断、縫製、仕上げまで、ひとりの方が全部やります。
そして、驚いたことに、商品の仕上げまでの、納期はありません。
みな、農作業の合間を縫って作業しているそうです。
ですから、すべてが一点モノ。
同じ色でそろえることはできません。
オーガニックの素材と染料、手織り、そして一点モノであるにもかかわらず、
値段はワンピースで2万円前後、麻や綿のストールで5000円ほどと、驚くほど安いのです。
その理由は、中間の商社や問屋や流通が入っていないから。
そして多分、デザイナーさんだけが、儲けようとしていないから。
ですから、作る人、売る人、買う人、すべてひとしく幸せになれる形態です。
不当な搾取はありません。
これこそまさに、近い未来に主流となるであろう、ブランドの姿だと、私は思います。
そして、これから少しずつですが、こういった形のブランドは増えていくでしょう。

ただ、1つ、付け加えておくと、「うさと」の服のデザインは、
長年、欧米の価値観に支配されたファッション雑誌を読み続けてきた私には、すんなり取り入れられるようなものではありません。
連想してしまうのは、邪馬台国?それともナウシカ?みたいな感じです。
今まで買ったのは、友達のプレゼントのための、麻のストールぐらいです。
それでも、このデザインを「変」というつもりはありません。
なぜなら、私たちがよいと教え込まれてきた価値観のほうが、もしかしたら、異常かもしれないからです。
行きすぎた西欧への憧れは、いつか振り子のように、戻ってくるでしょう。
そのとき、「あのときの格好、馬鹿みたいだったよね」と言われるのは、こちらの側かもしれません。

うさと

2011年3月3日木曜日

イメージチェンジ

たまたまつけたラジオで、イメージチェンジと、それについてコンサルタントをやってらっしゃる方のインタビューを聞きました。
卒業や引っ越しなどのこの季節、洋服を使ってイメージチェンジをしようという方もいらっしゃるでしょうか。

私は自分がもともと、誰かに指図されるのが大嫌いなので、コンサルタントを受けて、お勧めされた洋服を買うなどということは、やりたくありません。
ですから、私がアドバイスを請われたとしても、スタイル一式お勧めするということはしません。
そうではなくて、どうやったら自分でできるか、その方法をお伝えします。
では、その方法について。
前から書いていることと同じです。
自分がどうなりたいか、自分という物語において、自分という主人公はどういう物語を歩むのか、
まずそれを決めてください。
そのときに注意しなければならないことがあります。
他人からの視線を考えないことです。
他人の視線を全く無視するわけではないのですが、それは最後の最後でいいのです。
前にも書きましたが、日本で普通に生活している人で、尋常でないほど常識を逸脱した服装の方は、いません。
よほど尋常でないとか、違法行為だとかでない限り、他人のことを考える必要はないのです。
これを誤ると、最終的なつけは、自分に戻ってきます。
その主人公の舞台はどんな場所か、脇役はだれか、時代はいつか、考証しましょう。
それが決まったら、その主人公に似合うワードローブはどんなものなのか、自分で考えてみましょう。
そして初めて、ワードローブを買いそろえましょう。
そのとき、そのためのワードローブはどういうところに行けば手に入るのか、どうしたらいいか、
その点を誰かに相談するのは構いません。
他人から見た、これが似合うでもなく、
心理テストの結果、あなたにこれがふさわしいでもなく、
自分がどうしたいのか、どうなりたいのかを第一に考えること。
これが、あなたが後々後悔しないための、唯一の方法です。

白の色

以前、黒の色の幅について書きましたが、
白にも、さまざまなものがあります。
白の幅のある色見に対しては、オフホワイトという名前ぐらいしか付されていませんが、
もちろん、洋服に見られる白は、オフホワイトと、その他というわけではありません。
以前、壁を白いペンキで塗ろうと思い、いろいろ調べたとき、一口に白といっても、いろいろな名前がついていて、とても楽しいなと思いました。
黄色が強いもの、赤み、蒼みなど、光沢のあるもの、マットなものなど、さまざまなもの、それぞれ一つずつちゃんと名前がついていました。
私はその中でも、「シュガーホワイト」という白が気に入って、その白いペンキで壁を塗りました。
この白は、名前のとおり、砂糖、それも粉砂糖のように、マットで白以外の色見のない純粋な白です。
残念ながら、洋服の白い生地には、それほど細かく名前がつけられていません。
にもかかわらず、白の色の幅は多岐にわたっています。
よく男性のワイシャツに使われている白は、かなり青みが強いものですし、
オフホワイトは、黄色みが入っています。
白シャツを選ぶ場合、この色見が影響してきますから、それぞれ自分の肌色に合ったものを選びましょう。
また、厳密に言うと、日焼けした夏の肌のときとそうでないとき、似合う色も違いますし、
髪の色を変えたときなども、似合う色が変わってしまいます。
自分にどのタイプの白が似合うか、知っておくといいでしょう。
よくわからない場合は、他人から見て、不健康そうに見えない色が、似合う白です。

ここまでは染めの白の話ですが、素材によっても、見え方は違います。
木綿、ウール、化繊など、光沢によっても変わってきます。
そして、忘れてはならないのは洗濯による変化です。
Tシャツや白シャツなど、洗濯を重ねると、どうしても黄ばんできます。
だからといって、洗浄力の強い洗剤を使用したり、漂白したりすると、今度は繊維がいたみます。
その兼ね合いを考えましょう。
また、やはり白いニットセーターなどは、袖口などに、汚れが入り込み、何となくくすんでいきます。
ウールのニットはあまり洗わないので、特に目立ってしまいますが、ひどくならないうちに、
その部分だけ手洗いして、汚れが定着するのを防ぎましょう。

時々、白シャツは似合わないとおっしゃっている方がいらっしゃいますが、
それは「白」が似合わないのでなく、選んだ白の色目が合っていないのだと思います。
1枚似合わないからといってあきらめず、自分に似合う白の色を探しましょう。
それは、どこかに、必ずあるはずです。

2011年2月24日木曜日

半袖の袖丈

さきほど、とある1枚の写真のコーディネイトを見て、ふと、この組み合わせはいやだなと感じました。
白いリネンのストール、グレーのニット、パールのネックレスの組み合わせ。
それぞれ上質なものでしょうし、何の問題もないパーフェクトな合わせ方。
何だろう、このもぞもぞする気持ち。どこが自分に引っかかったのだろうかとよく観察すると、
なぜか、そのコーディネートを見ると、「老けている」と感じるのです。
どこだろうと自問自答しながら、改めて点検してみます。
すると、原因がわかりました。
グレーのごくごくシンプルなニットを着ているのですが、それが半そでのニットで、ちょうど二の腕の太いところで切れてる袖丈なのです。しかも、ぴたっとした袖口です。
この、二の腕の太いところに、袖口という横のラインが入るという組み合わせが、何だかとても「老けて」見える原因でした。

二の腕の太さは、もちろん人それぞれだと思います。
細い人もいるでしょうし、肉づきのよい方もいるでしょう。
だいたい、若い方は、二の腕なんぞ、気にもなりませんが、年をとると、そうもいきません。
特にニットやカットソーでぴったりする袖口が、二の腕の太いところを強調するようなデザインは、誰が何と言おうと、老けて見えます。
これから、春夏に向かい、半そでのものを買おうとする場合は、ぜひ袖丈に注意してください。
そして、二の腕の一番太いところで終わり、ぴったりするようなものは避けること。
思い切って袖なしか、うんと短め、または長めの半そで、そうでなければ、袖口に向かってフレアが入って、広がっているものを選びましょう。
もちろん、「たくましいお母さん」を演じたいのであれば、二の腕ぴったりの半そででも、構わないのです。
まあ、もしもの場合です。

2011年2月22日火曜日

手作りの愉しみ



ものの値段がどんどん下がって、どんなに手の込んだものでも安価に手に入れることができるようになりました。
私は、学生のころから、お金がないから自分で作ったほうが安いという理由で、いろいろ自分で作ってきましたが、(それは布関係に限らずですが)、今では、自分で作ったほうが安いとは言えなくなりました。
また、これもやはり、むかしと違って、今の日本ではありとあらゆるものが売られています。
選択肢の幅は大きく広がり、どうしてもほしいものが売っていないという飢餓状態も感じないようになりました。
けれども、自分で作るということは、それ以上の意味があると思うのです。
自分が、どういう「スタイル」をしたいか決める。
デザインを考える。
素材を考える。
素材を集める。
作り方を検討する。
作り始める。
完成する。
身につける。

こういった過程は、実に楽しいことです。
私の場合、どういうものを作ろうか考えているときが一番楽しいのですが、それは人それぞれ違うでしょう。
中には、ミシンを使っているときやアイロンをかけているときが好きな人もいるでしょう。
また、手作りといっても、その分野は様々です。
ミシンを使う、毛糸を編む、刺繍をする、ビーズを組み合わせるなど、いろいろ使う技術があります。
私自身、ミシンや編み物は非常に苦手なのですが、きっと探せば、好きな技術を使う手作りの分野があると思います。

手作りは、お金も時間もかかります。苦手なことも、少しはやらなければならないでしょう。
それでもなお、自分で考えて、自分で作る、この喜びは、なにものにも変えがたいものではないかと思います。

☆写真は私が作ったキャスケット。色違いで2つ作りました。もう5年はかぶっていると思います。
帽子などは、パーツも小さいですし、たとえば、要らなくなったスカートやワンピースなどをリサイクルすることもできますので、手作り初心者の方にはお勧めです。

2011年2月16日水曜日

おしゃれな人



2007年にお亡くなりになりました、山口小夜子さん。
日本的な美しさを追求した、最初で最後のモデル。
この方の後には、真にオリジナルの美を表現している日本人モデルは出現していません。
同時に、山口さんを積極的にコレクションのモデルとして登用していたデザイナーがいた時代は、
まだデザイナーの心の中にも、新しい日本的な美の追求という野心がありましたが、
今では、そういうデザイナーもいなくなりました。
もちろんお若いときも美しいのですが、私はお亡くなりになるちょっと前に出演したテレビでの映像が忘れられません。
若くなくても、日本人で、こんなに美しくいることができるのだと、大変感動したのを覚えています。
そのころは、自分でデザインなさった洋服を着ていらっしゃったように思います。
晩年、雑誌やコレクションのモデル活動は、ほとんどしていらっしゃいませんでした。
およびがかからなかったのか、ご自分で拒否されたのか、どちらかはわかりません。
ダンスの舞台などには出演していらっしゃったので、人前に出なくなったわけではありませんでした。
洋服を着た日本人が、どうやったら美しく見えるのか、ずっと考えていらっしゃったんだろうと思います。
山口さんがこの世を去った今、私たちの美の羅針盤は、どこにも見当たりません。
たくさんの情報やモノという大海の中で、ただただ迷うばかりです。

2011年2月11日金曜日

年をとると似合う服がなくなる?

年をとると、どんどん似合う服がなくなっていくという声を、ちらほら聞きます。
私が学生のころ、ずっと「装苑」で洋服についての連載を持っていた中野翠さんも、そのようなことをインタビューで答えていらっしゃいましたし、事実、中野さんの最近のお写真は、いつも着物姿です。
また、ずっとイラストの世界で第一線で活躍していた大橋歩さんも、最近は似合うものがなくなったということで、ご自分でブランドを作って、自分の着たい服をデザインしていらっしゃいます。
年をとったら、似合うものがなくなってしまうというのは、私たちの側の問題でしょうか。
それとも、作る側の問題でしょうか。
私は、ここに、日本の服飾業界の未成熟さを見てとります。
誰でも年をとるのに、そうなったときにすてきに見える服がない。
デパートは相変わらず、若者向きのブランドに力を入れている。
「ミセス」や「マダム」という雑誌だって、表紙は30代の女性。
大人かわいいもいいのですが、決してだれにでも似合うコンセプトではないし、50歳、60歳、70歳になってまで、そんな格好をするのかどうか、大いに疑問です。
日本の服飾業界は、年齢を重ねた日本人の女性に似合う服の提案を、してこなかったのです。
有名なデザイナーたちも、その問題に向き合っていません。
既成のものを壊すことで成立したアバンギャルドも、自分の芸術表現の手段としての洋服も、
この問題に対する答えにはならないのです。
そうなったときにどうするか。
大手スーパーの売り場に並ぶ、あのくすんだ色合いの服を選ばなければならないのか。
無理してでも、若者用の服を着るのか。
それとも、いっそ着物を選ぶのか。
まだ、そのことについての答えはありません。
自分のスタイルを構築すると同時に、そうなっていくとき、どういう自分でいたいのか、
常に考える必要があるでしょう。
なぜなら、ワードローブの構築とは、今だけの点の問題ではなく、未来へ続く道だからです。

☆大橋歩さんのブランド、エードットはこちら。

2011年2月9日水曜日

ポリウレタンに注意:補足

今日、たまたまクリーニング屋さんの前を通ったら、
ポリウレタンに注意のポスターが貼ってあるのを発見しました。
そこには、ポリウレタンは、製造してから3年で劣化すること、
そして、その劣化は空気にふれることで起こること、
ポリウレタンコーティングの場合、劣化すると、表面がべたつくことなど、
かなり細かく記されていました。
で、今日、知ったことなのですが、ポリウレタンが入っている製品で、
ドライクリーニングを指定しているにもかかわらず、クリーニングできない製品があるそうです。
3年でだめになる、しかもクリーニングできないかもしれない・・・。
ポリウレタンが混紡されている製品を購入するときは、本当に注意が必要です。

その他の注意点
☆ポリウレタンコーティングの衣類やカバンなどは、はがれおちたコーティングが、ほかのものにうつります。ポリウレタンコーティングの衣類やかばんは、独立して保存したほうが賢明。
☆某有名ブランドの高級財布も、内側のコーティングはポリウレタンです。
長年使用してきて、中がべたついてきたら、劣化している証拠です。
☆コーティングははがれますが、繊維の場合、突然、切れることもあります。ジーンズでさえ、破れることがあるそうです。
☆突然崩壊する危険性のあるものは、スニーカーのソール、ラバー素材の腕時計のバンドなど。

ストレッチでも、耐久性のあるもの(もちろん永遠ではありませんが)
☆LYCRA(ライクラ)
☆DOW-XLA(ポリオレフィン系弾性繊維)

最後にもう一つ注意点。
ポリウレタン使用は、高級ブランドであるとか、値段が高いものであったら使用していないというわけではありません。どんなに高級品であっても、使用されているものは多数あります。
 

2011年2月3日木曜日

立春を過ぎたら

さて、明日は立春です。
暦の上では春です。
正確に言うと、春分点まで、あと1カ月と半分ということになり、いまはプレ春というような季節の始まりです。
「春物をどうするか」でも書きましたが、この時期から大きく変わっていくのは、太陽の日差しの角度の変化による、色の感じ方です。
もちろん気温も徐々に上がっていきますが、まだまだ寒い日もありますし、雪が降っているところもあるでしょう。
しかし、どんなに寒い日でも、太陽は春分に向かって、どんどん上がってきているのです。
とても微妙な光の加減なのですが、私たちはそれを察知して、春を感じます。
前の項目で、春を表現するには、色を使いましょうと書きました。
けれども、もっと手っ取り早く、しかもお金も全くかからない方法があります。
それは、肌を見せる部分を作ること、です。
タートルネックのニットを着ていたのなら、Vネックに変える。
シャツやジャケットの袖を少しまくる。
厚手のタイツをやめて、足首だけ、肌色が見えるようにするなど、
今まで覆っていた部分を、少しずつ出していきます。
もちろん、まだまだ外は寒いです。寒いですが、それを承知の上で、肌を出すと、
それだけで春らしく、しかも若々しく見えます。
かといって、寒い日の女子高生の制服のミニスカートからのぞく真っ赤な膝上の素肌のように、
無理にしている、しかもだれかに見せたいという欲望が見えてはいけません。
あくまでもさりげなく、寒くなんかなさそうに見せるのが粋というもの。
今まで隠されていた部分が、ほんの少し見えるというのは、この上なくセクシーです。
もっと輝かせたい人は、素肌が生えるジュエリーを首元や手首に添うようにつけ足せば、
大人の余裕というものが表現できるでしょう。

2011年1月30日日曜日

春物をどうするか

わたくし、風邪と思っていたら、どうやらインフルエンザみたいで、まだ咳がとまりません。
皆様も手洗い、うがい、そしてやっぱりマスク!マスクをお忘れなきよう。

さて、以前、「秋物をどうするか」について考えました。
今回は、「春物」です。
そろそろ、お店には春物が並び始めました。
この間、コートがバーゲンで売られたばっかりなのに、早いです。
特に、2月に「立春」がやってくると、まだまだ寒くても、気持ちは春になってしまいます。
ただ、気持ちは確かに春なのですが、最近、コートを脱いで薄着になっても大丈夫だなと感じられる日が、少々遅くなっているような気もいたします。
去年のことを思い出してみると、私の住む湘南地方でさえ、4月の第一週ぐらいは、まだ厚手のウールのジャケットやセーターが必要なほど、肌寒い日でした。
以前は、4月になったら、何が何でも冬のコートやジャケットを着るのはやめようと思っていたのですが、ここ数年、もう寒いんだから、何着てもいいわ、という感じに変わってきております。

では、「春物」とは、何なのでしょうか。
実際のところ、「春」向けの商品の、それ以外の季節との大きな違いは、色だけです。
パステル調の、ピンク、黄色、水色、黄緑など、明るく軽い色合いをほどこしたジャケットやコートが春物とされています。
素材も、素毛のウールや綿など、ほかの季節と変わるというわけではありません。
私が、ワードローブの相談を受けるとき、もっとも1年で着る回数の少ないアイテムの代表として、この春色のコートを挙げています。
ピンクや黄色、水色など、いかにも軽やかな、春らしい木綿、もしくはポリエステル製のコートは、4月に着ればまだ寒く、5月になると、もう暑いという、本当に、本当に着る時期の少ないアイテムの代表です。
かといって、この色合いを9月や10月に着ると、それはなぜか滑稽なのです。
私たちは、常に未来を向いていますから、過ぎ去った春を連想させる色合いのものを秋に着てしまうと、全くおしゃれではなくなるのです。
同様に、春色のスーツも、着る時期がものすごく短いアイテムです。
では、こういうものをなしにして、春気分にするためにはどうしたらいいでしょうか。
ヒントは、色です。
色さえ変えれば、春らしく感じられます。
ですから、たとえばマフラーやスカーフ、ストールに春めいた色のものをプラスする。また、ジャケットやコートなど、アウターは無理だとしても、インナーの色合いを明るいものに変えるなど、全体のコーディネートの中に春を感じさせるものをつけ加えていくといいでしょう。
また、やはりおしゃれというのは、先取りを大事にします。ですので、3月に入って、少し暖かく感じられる日などは、麻のシャツなど、夏物をインナーとして取り入れるのもよいです。
要は、気分の問題です。
冬の間、ぐっと斜めに差し込んでいた太陽の光が、あるときを境に、ふんわり優しく感じられるようになるのです。
そうすると、微妙ながら、今まで着ていた冬もののウールの色が、重く体と心にのしかかってくるように感じられます。
この「重さ」を払しょくするのは、明るい色なのです。
太陽の角度が変わって、日の光に変化を感じてきたら、その光を受けて輝くようなアイテムを、どこかに取り入れると、それだけで、特別春物として何かを買わなくても、春の気分は表現できます。

2011年1月25日火曜日

ふだん着とよそゆき

風邪をひいてしまい、寝込んでしまいました。
皆様もお気をつけを。そして、電車に乗る際など、マスクは忘れないように。

今回は、NOさんより「普段着とよそゆき着は分けないほうがいいのでしょうか」というご質問をいただきました。
NOさん、どうもありがとうございました。

さて、こちらの質問、ちょっと説明が必要です。
NOさん、いわく、カシミアのセーターを持っているのに、家の中では着やすいし、汚れてもいいようにと、安いものを身につけてしまう。
安いものを身につけていると、自分で自分の価値をおとしめているようで、やっぱり家の中でもよそゆきを着たほうがよいのかしら、というようなご質問内容でした。

この質問、簡単なようでいて、問題点がいろいろ隠れてますね(笑)。
まず、ふだん着とよそゆき。
そして、安いもの、それに対してカシミア。
着やすい、汚れてもいいという気楽さ、それに対して、汚れてはいけないという、気楽さのなさ。
「安いものを身につけていると、自分の価値をそれなりに見てしまう」のかという疑問。

では、順番に見ていきましょう。
ふだん着とよそゆき、この区別は現在、どんどん薄れています。
というのも、「よそゆき」のほうが、ぐっとカジュアル化したからです。
今どき、ジーンズでは宿泊お断りなんてホテルはないですね。
ドレスコードが厳しくなくなった分、「よそゆき」の存在はあまり重要視されなくなったのです。
ただ、気分をあげてくれるものとしての「よそゆき」があることも、また事実。
日常的には用はないけど、これを着ると自分が素敵に思えるというドレスなり何なりを1枚持っておくことは、いいことだと思います。
日本語で言うところの、いわゆる「ハレ」のための装いですね。
ただ、これも皆さんの生活様式によって、大きく変わるので、そこら辺はそれぞれご自分でお考えくださいね。

さて、次ですが、安いものと、カシミア。
この場合、カシミアは高いもののたとえですね。
何度も書いてますが、アパレル業界において、高いものイコールいいものでも、安いものイコール悪いものでもありません。だから値段がいくらであれ、自分にとって価値があるのか、ないのかで判断しましょう。
洋服を値段ばかりで判断すると、足元をすくわれます。

次は、着やすい、汚れてもいいという気楽さです。
着ていて楽であるというのは、1つの大きな価値観です。
たとえば、農作業や庭仕事をするのに、この「着ていて楽である」がなければ、何の意味もありませんね。
だから、家事をするのに「着ていて楽がある」という大きな価値を重要視することは、もっともなことであり、何の問題もありません。そして、「着ていて楽である」という価値も、値段とは関係ありませんね。

で、最後になりました。
要するに、ふだん着に安いものばっかり着てる私って、自分で自分の価値を認めてないのかしら、おとしめてるのかしら、ということなんですね。
まず提案ですが、すべての価値をお金だけで計算するのはやめましょう。
この話をすると長いので、短くしておきますが、現在の経済システムにおいては、すべての労働の対価として、等しく経済が分配されるというシステムにはなっていません。
いまだに、家事労働には、何の対価も支払われません。
世界の地域によっても、その対価は大幅に変動します。
アフリカで作られた洋服と、日本で作られた洋服、同じ手間がかかっても、値段は大きく違います。
お金は絶対基準ではないんです。
でも、思い出してください。
太陽だって、海だって、山だって、対価なんてもらってませんよ。
地球の大地だって、お金を払わなくても、種をまけば、ちゃんと芽を出すだけのエネルギーを分けてくれます。
何でもお金だけで計算すると、がんじがらめになって、本当に大事なものを見落としてしまいます。

私にとっては、有名ブランドのクロコの300万もするようなバッグは意味がありませんが、大好きな作家さんが作った1点ものの5万のバッグには大きな価値があります。
小さい子供にとって、お母さんが作ってくれたドレスは、デパートで何万もするドレスより、ずっとずっと大きな意味があるでしょう。
同じように、自分にとって何が大切かを自分の価値基準で見極めていきましょう。
そのとき「お金」という基準を1度、抜いてみること。
それがわかってきたら、自分のチームを作りましょう。
「私」を応援してくれるのはどんな選手たちなのか。
気楽さ、楽しさ、うれしさ、あたたかさ、優しさ、そして愛とか。
自分の価値を認める、自分の価値をおとしめないというのは、結局のところ、自分で決めた自分の価値基準で集めたもので、自分のまわりを固めることなのだと思います。

2011年1月17日月曜日

ノーカラージャケット



Nさんより、ノーカラージャケットの着こなし方についてご質問をいただきました。
Nさん、どうもありがとうございます。

さて、最近、ノーカラージャケットがスーツという形でなく、単体として売られているのをよく見かけます。
たとえば、ジャケットとスカート、またはワンピースとジャケットなど、スーツとして着る場合は、さほどいろいろ考えなくてよいのですが、単体でノージャケットを着て、それが素敵であり、何となくおしゃれに見えるためには、ちょっとしたこつが必要です。
その1つは、まず色でつながりを持たせること。
たとえば、ジャケットとボトムの色を同じにする、もしくはジャケットとインナーの色をあわせるなど、どこかに色のつながりを持たせたほうが、見ている人は、それが単体で購入したジャケットだとしても、何となくおしゃれであると感じます。
特に、あまり背の高くない方の場合は、ジャケットとボトムの色をつなげるほうが、背がすらっとして見えます。
次のポイントは、インナーは襟のないもの、そしてタートルネックでないものを選ぶことです。
キャミソールタイプのもの、またはクルーネックやスクープネックなど、首が詰まっていないもののほうが、エレガントに見えます。
そうして、開いた首元に、ネックレスの1本でもつければ、立派なよそゆきです。
ノーカラージャケットは、もちろん少しあらたまった席での着用に適しているのですが、カジュアルに着こなすことも可能です。
たとえば、ジーンズやチノパンツに白いTシャツ、その上からシャネルタイプのノーカラージャケットという組み合わせも、ちょっと意外性のある、おしゃれなあわせ方です。
しかし、この場合も、決してジーンズにスニーカーなどあわせず、ジャケットのイメージに合ったヒールのパンプスやサンダルを合わせること。そのとき、裾を少しロールアップするか、クロップト丈にして、足首の肌色を見せると、抜け感が出て、今風になります。
また、脚がうんと長い方は、フラットのバレエシューズやフラットのブーツでもOKです。
これから春に向かって、お勧めの組み合わせです。

☆写真はシャネルを演じたオドレイ・トトゥ。ノーカラージャケットの正統派シャネルスーツです。

2011年1月11日火曜日

サトヴィックな衣服

インドのヴェーダ哲学に、物事を3つに分類する考え方があります。
1つは、サトヴィック、2つ目はラジャシック、そして最後にタマシックです。
サトヴィックなものとは、「真実の」「自然な」「オリジナルな」「シンプルな」「楽しい」「輝きのある」という意味。
ラジャシックとは、「王様のような」「高貴な」「派手な」「きらびやかな」「ぎらぎらしている」「浪費的な無駄遣いをすること」「興奮」「刺激的」などです。
そして、タマシックは、「暗い」「よどんでいる」「抑圧的な」「憂鬱な」「醜い」「恐ろしい」ものに対して使います。
そして、本当の本当に未来的なファッションとは、サトヴィックなものになるだろうというのが、私の予測です。
この考え方は、以前取り上げたウルトラライトにも通じますし、また、ずっとたどっていくと、ガンジーの非暴力という思想につながっていきます。
上の3つの分類で考えると、現代のファッションはラジャシックと、タマシックがあふれています。
ラジャとは王という意味。王様のような、きらびやかで豪華な衣装が掲載されているファッション誌は多くあります。
また、タマシックの代表は、やはりファストファッションでしょう。大量に生産された粗悪な衣服は、必ずしも着る人をハッピーにしませんし、何より、作る過程で何が起こっているのかを考えると、とてもフェアなものとは思えません。その安さは、どこかでだれかの安く不当な労働力によって成り立っていることは明らかだからです。(それはどこかのアジアの国の話ではなく、日本国内でも同様です。)
サトヴィックな衣服とはシンプル、だけれども上質でオリジナル、着る人も、作る人も、売る人も幸せになる服です。将来的には、こういった服は、徐々に増えていくと思われます。
(ただ、マスコミはあまり取り上げないかもしれません。)
と同時に、私たちは、サトヴィックな「気質」も取り入れなければなりません。
すなわち、どういうことかというと、買う前に以下のようなことを考えるのです。
①私はそれを本当に必要としているのか。
②私はそれなしにで生きることはできるか。
③私は今までもそれなしでずっとやってこられたが、なぜ、これからもそれなしで生きられないのか。
④私がほしいものは長持ちするものか。
⑤長持ちするように作られているか。
⑥環境に優しい素材と製造方法でできているか。
⑦見た目にも美しいものか。
このように自分で自分に問いかけます。そして、OKが出て、初めてそのものを手に入れます。
私たちは、ずっとたくさんのものを持つほうが幸せだと思い込まされてきましたが、実際は違います。
多く持てば持つほど、気が滅入り、憂鬱になるのです。
サトヴィックな衣服、そしてサトヴィックな気質が私たちにもたらすものは、幸福です。
このことは、インド人の哲学者、サティシュ・クマールが提唱していることであり、
と同時に、私がファッションとかかわってきた長年の経験によってたどりついた考えなのです。

<参考文献>
「宇宙に融けこむエコ・ハートフルな生き方」サティシュ・クマール  エハン・デラヴィ・愛知ソニア訳
 2009年 徳間書店

2011年1月8日土曜日

他人の目

洋服に関する相談で、
「でも、他人にどうみられるかって重要ですよね」とおっしゃる方が必ずいらっしゃいます。
けれども、これも、答えが1つということはなく、「重要ですよね」とおっしゃる方にとってはそうですが、
さほど、重要でないと思っている方にとっては重要ではありません。
また、他人が要求していると思われるルックスと、自分の好みのルックスが一致していると感じてる方も、
このような疑問は持ちません。
問題なのは、他人の視線を気にしつつ、それが自分の好みと一致しないのではないかと考えている方の場合です。
こういう質問が出るということは、つまり、何となく他人の視線を気にしているということ。
そして、それがもしや、他人の目を満足させないのではないかと疑っているということです。
ただ、ここでちょっと考えてほしいことがあります。
他人とは、だれのことなのでしょうか?
自分以外のすべての人のことでしょうか。
自分以外のすべての人の目を気にするなんてことは、ナンセンスですし、そもそもできません。
だとしたら、ここで言う「他人」とは、すべてではなくて、自分で思っている一部の範囲の方々のことなのでしょう。
私が思うに、日本に住んでいらっしゃる方で、他人の目を全く無視して、極度に普通から逸脱しているファッションの方は、それこそ、特別な場所にでも行かない限り、ほとんどいないと思います。
(一応、ほとんどとしておきます。)
なぜなら、ヨーロッパなどに行くと、Tシャツからブラのひもが見えても平気な方や、ジーンズからパンツが出ている方など、よくも、その格好で歩けるわねえというような方がたくさんいます。
でも、日本では、そういう方はめったにいません。
それでもなお、気になる他人の目とはいかほどなものでしょうか。
私の観察では、「他人」はさほど、あなたの服装に注目もしてないし、覚えてもいません。
試しに、あなたが3日前に会ったお友達の服装を思い出してみてください。
うすぼんやりとしか、覚えていらっしゃらないのではないかと思います。
みんな自分のことで一生懸命ですから、他人のことなど、どうでもいいのです。
「他人の目」が気になったとき、それはだれなのか、そしてなぜなのかを考えてみましょう。
本当に気にしているのは、服ではなくて、何かほかのことの可能性が大きいです。