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2012年10月8日月曜日

若さと若づくりの境界線


「若さ」というものの価値に非常に重きが置かれている現代において、
洋服を着るという行為においても、「若さ」が要求されています。
若く見えることはいいことであり、
その反対に、年を取って見えることは、忌み嫌われます。
そして、「若さ」を追及し過ぎると、それは「若づくり」という名の、
非難すべき対象となり、これもまた、指さされ、冷笑される結果となります。

では、ファッションにおいて、「若さ」と「若づくり」の境界線とは、どこにあるのでしょうか。
まず、「若さ」ですが、単純に年齢が若いということ、
または、肉体や容姿が人々の想定する年齢より若く見えるということ、
そして、その肉体にふさわしいスタイルをしていること、
これらの行為を「若さ」と呼ぶでしょう。
そこには、何の偽作もありません。
ただ、自分の肉体にふさわしい衣装をまとっただけです。

それに対して、「若づくり」とは、年齢が若くはないこと、
または、肉体が若くないにもかかわらず、
若い年齢、または肉体にふさわしい服装をすることを指します。
たとえば、よくあるのが、娘の服をそのまま着るお母さん。
高校生や大学生の娘の服を、それより20も、30も年が離れた女性が着ることは、
明らかに「若づくり」である行為です。
もう既にその人は、ティーンエイジャーではないのですから、
それを着るということには、何かちぐはぐな感じがつきまといます。
それはサイズだけの問題ではありません。
襟の大きさ、スカートの丈、色といったデザイン的なものから、
素材まで、ティーンエイジャーの肉体にはティーンエイジャーにふさわしいものがあります。
それを、その年よりずっと上の年代の人が着ると、
たとえサイズ的には何に問題がないとしても、やはりそれは無理があるのです。
肉体的には鍛えていて、10代と変わりなかったとしても、
肌の輝き、表情の陰影、選ぶ言葉、すべてが10代とは違うはずです。

「若さ」と「若づくり」の絶対的な違いは、
自分は若くない、と認識しているかどうかの差です。
年齢が若い人、または、肉体や容姿が若い人たちは、
自分のことを若くないなどとは、決して思わないものです。
それに対して、「若づくり」と言われる人たちは、
自分たちが若くない、そして若く見えたいという強い思いの裏返しとして、
自分たちとはベクトルが反対方向の「若さ」を持つ人々のための服を選ぶのです。
その、意識の差こそが、「若づくり」に見える原因です。

人々が冷笑するのは、その実際の服ではなく、
「若くないのに若く見せようとしてわざと若い人たちの選ぶ服を着ている」
という、その行為なのです。
若く見せようとして何をするつもりなの、
その欲望はどこに向かうの、という疑問が頭に浮かぶからです。

ここからは、私の考えです。
私は、ファッションには、年齢は全く関係がないと思っています。
そもそも、人の年齢を一律に同じように考えること自体がおかしいのです。
なぜなら、人の一生の長さは、みな違うからです。
100歳まで生きる人の50歳と、
50歳で死ぬ人の50歳では、意味が違います。
そして、それは決してみな同じではないのです。
生まれてからの年数だけが重要で、
その逆は見ようとしない年齢の数に多くの意味を与えるのは、
バランスを欠いた考え方だと思います。

そしてもう一つ。
「若さ」を追及した途端、すべての人は負けます。
なぜなら、人間は決して「若さ」に向かって歩いてはいかないからです。
「若さ」第一主義は、まず年齢が若い人に負け、
そして、自分の若かったころに負けます。
決してなれないものを目指したら、それはすべて負けであり、
永遠の自己否定です。

自分は若くない、若く見せなければと戦っている人の気持ちを、他人は読みとります。
自分で自分を否定した途端、他人もそれに賛成してくれます。
そうよ、あなたは若くないのよ、と。
若くないからこそ、そんな格好をするのでしょう、と。
そんなことを続けていても、おしゃれに見えるわけがありません。

いつでも今の自分が最高で、
自分の年齢を受け入れて、
自分を肯定した上での服選びをすれば、他人もそれは認めざるを得ません。
年齢を超越した、
自分自身への信頼があればこそ、その人はおしゃれに見えます。

ピナ・バウシュしかり、
フジ子・ヘミングしかり、
節子・クロソフスカ・ド・ローラしかり、
そして、晩年のオードリー・ヘップバーンだってそうです。
誰も「若さ」となど、戦っていません。

今の自分以外のものになろうとするのをやめて、
そのときの自分の最高のものを見せれば、
それだけでおしゃれな人になれるのです。
重要なのは、たったそれだけのことです。

自分以外のものになれというのは、社会からの脅迫です。
決してなれないものになれ、
それはファッション業界の合言葉です。
だけれども、そんな脅迫に負けてはいけません。
それを受け入れた途端、あなたは幸せから遠く離れます。
青い鳥も死にます。
時には、脅迫的な言葉を聞かないように、
耳をふさぎましょう。
この世界には、ノイズがあふれています。
あなたを自己否定に向かわせる周波数から、遠く離れるのです。
瀕死の青い鳥を救えるのは、あなた自身だけです。

☆写真:ユニセフの親善大使として活動するオードリー。画像はユニセフさんよりお借りしました。