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2014年4月7日月曜日

テーラード・ジャケット

ジャケットにはいろいろな種類がありますが、
テーラード・ジャケットだけは特別な意味が与えられています。
つまり、どこへ出ても恥ずかしくない、きちんとしている服装、という意味です。

さて、では、テーラード・ジャケットとは、どんなジャケットのことを言うのでしょうか。
英語で考えてみると、これは「仕立てられた上着」という意味なので、
上着の形状については何も示していません。
しかし、日本でテーラード・ジャケットと言った場合、
襟の形がテーラード・カラーであるジャケットという意味になります。

しかし、テーラード・カラーというのもおかしな言葉で、
それだけでは「仕立てられた襟」以外の意味にしかなりません。
改めて考えてみるとおかしいなと思って少し調べてみたところ、
英語ではMan-tailored collarという言葉があるようです。
これは男物仕立ての襟ということで、必ずしもジャケットの襟のことではないようですが、
たぶん、この言葉のManが省略された、テーラード・カラーという言葉が日本で定着したのだと思います。

日本で言うところのテーラード・カラーというのはどういうものかというと、
立襟を折り返してラペルを作り、胸のあきがVになった襟のことです。
ラペルというのは下襟のことですが、この部分は身頃についた形になっています。
襟として縫い付けられているのは上襟のみです。
テーラード・カラーとは、もともと立ててあった襟を開いた形のことで、
その名残としてラペルの先にボタンホールが残っていることもあります。
あのボタンホールは閉めて着ることが可能なもので、
逆のラペルの裏側、本来であれば表側にはボタンがついているはずです。
しかし、現在では単なるデザイン的に残されているだけなので、ボタンなしものが多いでしょう。

いつごろから立て襟が開かれるようになったか、正確なところはわかりませんが、
ヴィクトリア朝の絵画で、女性の上着で襟が開かれた形のものがあったように記憶しているので、19世紀後半ぐらいなのではないでしょうか。
(すみません、ここは不確かです)

いずれにせよ、男性の軍服の立て襟が、息苦しさからなのか、暑さからなのか、
開いて着られるようになり、それがスーツのジャケットの襟に継承され、
それを真似る形で女性もののジャケットの襟として採用されたのがテーラード・ジャケットです。
ですから、テーラード・ジャケットの定義は、襟がテーラード・カラーである上着のこと、となります。

特に日本においてですが、
テーラード・ジャケットには、「ちゃんとした」という意味合いが与えられています。
もし、きちんとした格好をしなさいとか、恥ずかしくない格好でと言われた場合、
とりあえず、テーラード・ジャケットを着ていれば、許される場合が多いです。
ましてや、それがスーツであったのなら、ほとんどの場合、問題ありません。

ここで、ほとんどと書いたのは、必ずしも100パーセントではないからです。
ファッションは自由な表現、そして変化を好むので、
伝統的なものを壊したり、変化させたりします。
その中で、このテーラード・ジャケットもさまざまなものが提案されてきました。
たとえば素材。
ニット、レース、カットソーなど、いわゆる男性のスーツには採用されない素材もどんどん取り入れられています。
また、大胆な柄物、チェック、ストライプなど、生地に多色の色付けがされているもの。
そして、ビッグ・シルエットや、わざとバランスを崩したシルエット、アシンメトリーのものなど、正統とはほど遠いシルエットものなど、
襟こそはテーラード・カラーではあるけれども、
そのほかの部分については、男性のスーツの背広とはほど遠いものも存在しています。
ですからテーラード・ジャケットと言えども、「ちゃんとした」という意味合いには当てはまらないものも数多くあります。

では、何を持って「ちゃんとした」と言っているのかというと、
それはあくまで男性のスーツの背広に準じているかということです。
それに近ければ近いほど、ちゃんとした感じがするのだと、日本人は考えていて、
その意味を与えました。

しかし、これはあくまでも日本だけの、まさに日本ローカル・ルールであり、
海外であれば、また別です。
たとえば、洋服の正統が今も存在しているであろうと思われるイギリスにおいて、
その代表であるエリザベス女王は、いつも正式で、きちんとしている存在ですが、必ずしもテーラード・ジャケットを着用しているわけではありません。
ノーカラーのときもあれば、フラット・カラーのときもあります。
また、ブランドで言えば、洋服の王道、シャネルのシャネル・スーツのジャケットもノーカラーです。
襟はありませんが、これは十分に「きちんとした」ジャケットです。

つまりこの暗黙のルールは世界共通ではないし、絶対ではないけれども、日本においては有効であるということです。
ですから、私たちはこれを利用すればいいわけです。

ジーンズだろうが、チノパンツだろうが、ミニスカートだろうが、ショート・パンツだろうが、
男性のスーツのジャケットに準じるようなジャケットを1枚羽織れば、
ほとんどのところへの出入りは許されます。
それは見えない威力です。
インナーがTシャツだろうが、ノースリーブのニットだろうが、
テーラード・ジャケット1枚で、高級レストランのドレス・コードに引っかかりません。
テーラード・ジャケットはおじさんのスーツのジャケットと同じで、つまらない、動きにくい、夏は暑いととらえるのもいいですが、
これ1枚でもどこへでも行けるのだと思えば、
それは強い味方です。

必ずしもすべての人にテーラード・ジャケットが必要だとは思いません。
だけれども、銀行へ行くとき、弁護士とミーティングをするとき、
パスポートの写真を撮るとき、どこかの会社の応接室に通されたとき、
テーラード・ジャケットは役に立つのです。
それは意味を相手に伝えます。
その意味とは、私はあなた(たち)と会うためにちゃんとしたスタイルで来ましたよ、ということです。

テーラード・ジャケットは、日本社会に広く浸透した、社会的服装の1つのコードです。
それさえ着ていれば、どこへでも行ける、きちんとしていると認められる、
便利な通行証です。

あれこれ自分を説明する必要も、
相手を説得する必要もなく、
無言で通してもらえる、
許可証のようなジャケット。
そんなジャケットを1枚持っているのは、悪いことではありません。
買うときは、できればスーツで、
クオリティのいいものを、
そして長く着られる、流行にあまり左右されないような、トラッド寄りのデザインで。
日本で生活している限り、それは役に立ちます。
皆がそれを信じている限り、それはずっと続きます。
その意味が変わるときとは、社会自体が変わってしまうときでしょう。
そのときが来るまで、テーラード・ジャケットは、日本社会において、1つの意味のある言葉です。