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2012年12月17日月曜日

レトロ


最近、クラッシックなデザインへの回帰が多く見られるようになりました。
それに伴い、レトロといわれる、いわゆる懐古趣味のスタイリングも多く提案されています。

しかし、この「レトロ」ですが、どこら辺の時代までさかのぼるか、はっきりした定義はありません。
ただ、提案されているものを見る限り、
大体は、50年代から60年代ごろ、
現代ファッションの基礎ができ上がった時期と一致しているようです。
70年代以降になると、それは70年代ファッション、80年代ファッションと呼ばれるようになり、
レトロとは言いません。

では、レトロとは、どんなファッションをいうのでしょうか。
まずは、現代服の基本形であること。
クリスチャン・ディオールが発表したような、フェミニンではあるけれども、
かっちりしたジャケットとタイトスカートや、
その上に羽織るコート、タイトスカートの上に着るカーディガンや丸首ニットなど、
アイテムとしては、ごく普通のものばかりです。
デザイン的にも、袖丈が短い以外、奇抜なものはありません。
その中で、何が一番特徴的かと言うと、サイズ感ということになります。

この時代、まだプレタ・ポルテと呼ばれる既製服は、ないことはないですが、多くありません。
ほとんどの人が、それぞれ寸法をはかってもらい、好きな生地、好きなデザインで、
クチュリエに頼んで作ってもらっていました。
そのため、袖丈、身幅、スカート丈など、その人にぴったりのサイズで洋服ができ上がっています。
現在のように、服のサイズに自分自身をあわせるのではなく、
服のほうが、その人の体に合わせて作られたのです。
ですから、袖をまくり上げたり、裾を折ったり、ウエストをベルトでごまかしたりというような、
着崩す必要がありません。
自分にぴったりのサイズの服を、着崩すことなく着る、
これが当時のスタイルです。

そして、このきっちりした着こなしにあわせて、
帽子、手袋、靴と鞄(同色)をあわせていきます。
洋服のスタイリングの基本中の基本の組み合わせです。
はずしも、着崩しも、ビッグサイズも、リラックスもなく、
すきのないよう、完璧にスタイリングしていきます。
その結果、全体の雰囲気はエレガントになっていくのです。

一部のコンサバ・スタイルを除いては、
現代の人たちは、このエレガント・スタイルを経験しないできてしまいました。
本当は、完璧な完成された形を経験して、それを崩すから、
バランスがわかるのです。
標準があるから、ビッグがわかるのです。
きっちりしているから、リラックスがあるのです。
完璧だから、はずせるのです。
その、おおもとであるエレガントを理解しないと、
それ以外のテクニックは、なかなか理解できません。

エレガントを理解できない大きな理由は、
私たちのほとんどが既製服を着るところから人生をスタートさせたからです。

ぴったりの身ごろとはどんな感じなのか、
ちょうどいい袖丈、
スカート丈は、
コート丈など、
知らないまま既製服を着ています。
服にどうやって自分を合わせるか、それしか知らないのです。

クラッシック・スタイルや懐古趣味の復活は、
そのことを私たちに問いかけているような気がします。
本当にあなたは、自分にぴったりのスタイルを知っているのか、と。

もし、自分にぴったりのサイズ感、つまり袖丈、身ごろ、スカート丈がわかっていたら、
レトロ・スタイルを取り入れるのは簡単です。
自分にぴったりのものを着て、
すきのないスタイリングをすればいいのです。
もうちょっとそれらしく見せたければ、袖丈を七分にして長い手袋をあわせたり、
その時代に流行っていた色や柄を使ったりすればよいでしょう。
その場合、50年代、60年代の映画が参考になります。
(もちろんオードリー・ヘップバーンもその時代に入ります)

では、自分にぴったりのサイズ感がわからないとしたらどうしましょうか。
それは仕方ありません。
今からでも遅くはないので、自分の体に合うサイズを知ることです。
バスト、ウエスト、袖丈をはかってみて、
それに対してどれぐらいのゆるみがあればいいのか、知るのです。
それは一般的な7号や9号サイズとは違うはずです。
そのとききっと、自分がいかにあわないサイズの服を着続けていたかに気づくでしょう。
いつでもどこか足りなかったり、余っていたりして、
ぴったりした感じは、めったに味わったことがないはずです。

それは当たり前のことです。
あなたと同じサイズの体は、ほかにどこにもないのですから。

もう一歩先へ行きたかったら、
自分の体に合ったサイズの服を作ってみてください。
自分で作るのもいいですし、余裕があればオーダーするのもいいです。
またそこまでできなくても、部分的にお直しに出すのもいいですし、
買ってきた服を好きなように自分で直すのもいいでしょう。

そうやって、自分にぴったりの服がどんなものか熟知していなければ、
本当は、美しく服を着ることなどできないのです。

自分の体のことは、案外知っているようで、よく知っていません。
他人からの視線を気にする割には、
自分で自分で知ろうとする努力を、私たちはあまりしません。
しかし、自分で自分のことがわかってしまえば、
それは力になります。

本当に自分にぴったりしたサイズを知れば、
採寸した数字がただの数字にすぎず、
全体のバランスさえ整えれば、
無理なダイエットなど必要ないこと、
いくらでも服を使って修正できることがわかります。
そして、今まで何だかしっくりこなかったのは、
自分の体が悪いわけではなく、
ただ単に、サイズが合った服を着てこなかっただけ、ということもわかるでしょう。

知ることは力です。
知らないから間違うのです。
雑誌も、お店の人も、既成のサイズにあなたをあわせたいだけなので、
本当のサイズのことなど教えてくれません。
それは自分で探しにいくしかありません。
だけれども、探しにいくだけの価値はあります。
知れば、変えられます。
知らないと、変えられません。


自分にぴったりのサイズの服を着ていた50年代、60年代の女性たちを発見しましょう。
それは、日本の古い映画、たとえば小津安二郎の映画の中の原節子さんの姿からもうかがえます。
服がその人にあわせた時代の、その着こなしを、再度、見てください。
服とは、人が無理してあわせて着るものではなく、
服こそが、あわせるものだということがわかります。
そして、それがわかれば、
次に選ぶ服も、おのずと変わってくるはずです。
もうあなたは、自分にぴったりの服以外、選べなくなるでしょう。
そしてそのとき、服に自分をあわせる時代は、終わりを告げるのです。

☆写真:1960年代の「ハ―パース・バザー」誌から。すきのないコーディネイト。