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2012年10月29日月曜日

「はずし」のテクニック


おしゃれな人がよくやるテクニックで、「はずし」というものがあります。
「はずし」とは何をはずすのかというと、完璧になることからはずす、ということです。

コーディネイトをする際に、すきがない、すべて完璧というスタイルを、おしゃれな人は嫌います。
完璧すぎるというのも、どこかバランスが崩れているということなのです。

しかし、この「はずし」というテクニック、
昔からあるものというものでもないようです。
50年代、60年代の映画を見ても、
あ、これははずしているなというスタイルは出てきません。
きっちり完璧、パーフェクトにエレガントです。
その後、70年代になって、服装が一気にカジュアル化していく中で、
その名残が80年代へと受け継がれ、
そのころから、この「はずし」が言われるようになったようです。

「はずし」をするためには、何通りかの方法があります。
1つ目は、「はずし」アイテムを1つ付け加える方法。
例としては、まず、完璧なエレガント・スタイルを作ります。
そこから今度は、何か1つのアイテムを「はずし」アイテムと交換、
または付け足します。
「はずし」アイテムは、普通なら、これはこのコーディネイトに取り入れない、と考えるものです。
たとえば、シルクのインナーだったものを、ポップなイラスト入りTシャツにかえる、
または、バッグのチャームにスワロフスキーのキティちゃんを付け足す、
全身黒のコーディネイトに、時計だけ蛍光色のバンドのものをする、
などです。
全体として、どう考えても、普通だったら取り入れない、というものをあえて付け足す。
これが「はずし」のテクニックです。
この場合、「はずし」 か所は1か所におさえておきます。
それ以上、取り入れると、「はずし」にはなりません。

2つ目は、着崩す方法です。
着崩すというのも、「はずし」の中に入ると思います。
なぜなら、完璧な着こなしを壊す行為だからです。
「崩す」ですから、壊します。
やり方は、まず普通に着る。
そこから、袖をまくってみる、
襟をたててみる、
シャツのボタンをはずす、
パンツのすそを折るなど、
完成された服の形そのままで着ないで、
「崩す」部分を作っていきます。
これをやる場合は、必ず鏡の前で、全体のバランスを見ながら決定していってください。
袖をまくる長さも、
パンツの裾を折る長さも、
それぞれみんな同じということはありません。
その人にぴったりのバランスというものがあります。
他人の真似ではうまくいきません。
自分でいろいろ実験してみて、ここだというバランスを探してみてください。

この「着崩し」で、最も参考になるのが、前にも出しましたが、
「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンの着こなしです。
機会があれば、アン王女の着崩しの過程のみに注目して、
もう一度、映画を見てみてください。
最初はシャツをきっちり着ていますが、
ボタンをはずしたり、袖をまくったりと、
だんだん着崩していっている姿がわかります。


どうしてこうも、おしゃれにおいて、完璧を嫌うのでしょうか。
理由は、完璧ということは、防衛的であり、
行き過ぎた防衛は、攻撃になるからです。
完璧なものは近寄りがたいです。
触れようとは思いません。
声をかけることも、できません。
そして、たとえば、全身、それとわかるハイ・ブランドで固めたスタイルは、
防衛を通り越して、攻撃的にさえ見えます。
私たちは、その攻撃性を察して、近づかないのです。

「ローマの休日」を見ればわかるように、
完璧な着こなしのアン王女には、自由がありません。
誰かが声をかけるような、気軽さもありません。
しかし、着こなしが崩れていくとともに、
自由でのびのびと、楽しげになっていきます。
そして、新聞記者のグレゴリー・ペックとの関係も深まっていきます。

誰にも声をかけられないような完璧なスタイルは、
もうおしゃれではないと、おしゃれな人たちは気付いているのです。
バッグのチャームがキティちゃんだったら、
誰かが、
「それ、かわいいね」と声をかけるでしょう。
そこから話も広がります。
話しかけられるすきをわざと作る、
それがおしゃれなのです。

完璧なコーディネイトで街をただ1人で歩いても、
それでは意味がないのです。
服は主役ではないのです。
着ている人こそ、主役です。
主役に誰も声をかけないなど、考えられません。
砂漠で一人、ダンスをするのと同じです。
完璧すぎて誰からも声をかけられなくなったら、
服に主役を奪われたということ。
だったら、服からその主役の座を奪い返さなければなりません。
そのための1つの方法が「はずし」なのです。

客席から主役の衣装を点検するつもりで、
鏡の中の自分を見てください。
自分より出しゃばっている服はありませんか。
勝手に自己主張している服はありませんか。
そんな服は、主役の足を引っ張ります。
服はあなたより目立ってはいけないのです。
服はいつだって、単なる服です。
せりふを言うのは、あなたです。

☆写真:「ローマの休日」のワン・シーン。これ、色ついてますね。もう既に着崩したスタイル。最初はもっときっちり着ています。












2012年10月22日月曜日

冬のマリン


おしゃれに見えるということの条件の中に、
他人とは違ったものを着るという項目が、ひそかにあります。
他人とはちょっと違う格好をするだけで、
人目を引き、あ、おしゃれだなと思わせることができます。
この場合の「他人」とは、大多数の人、という意味です。

他人とは違ったものを着るためには、いくつかの方法が考えられます。
まず1つ目。
奇抜なデザインのものを選ぶ。
他人が着ないような、奇抜なデザイン、たとえば袖が4本あったり、
余計なところが膨らんでいたり、実用を完全に無視したような、
そういったデザイン、できれば有名デザイナーがデザインしたものを着る。
2つ目。
誰もが認めるおしゃれブランドの、それとわかるものを着る。
本当におしゃれかどうかはともかく、いわゆるロゴやブランド・マークが入った、
誰が見ても、あ、それ、○○だよね、とわかるものを着る。
3つ目。
デザインは何の変哲もない、しかも、有名デザイナーズ・ブランドのものでもないが、
その季節、ほかの人が着ないようなスタイルを、あえてする。

この3つのうち、 1つ目と2つ目は、お金が解決してくれます。
簡単と言えば簡単です。
お金だけの問題ですから。
では、お金がなくても他人とはちょっと違うスタイルにしたい場合、
どうしたらいいかという答えが3つ目です。
これはお金は別にかかりませんが、工夫とセンスが必要です。
そういう意味では、難易度は一番高い選択肢です。

この3つ目のスタイルとして、去年は「冬のホワイト」を取り上げました。
冬に真っ白いコートを着る人は少数派。
しかし、あえてそれを選択することで、おしゃれに見えるという方法です。

それと似たような方法で、冬のマリンがあります。
マリン、つまり海に関するスタイルは、どちらかというと、夏向きのものが多いです。
夏の湘南海岸にあんなに人がたくさんいたのに、
冬は閑散とするのと同じぐらい、
冬向きのマリン・ルックは、ぐっと少なくなります。
しかし、であるからこそ、冬のマリンはおしゃれに見えます。
みながこぞってマリン・ルックを取り入れる夏よりも、それは数段おしゃれ度が高いのです。

しかも、マリン・ルックというのは、案外、簡単に誰でも取り入れることが可能なスタイルです。
基本は、
紺色+白の2色、または紺、白、赤のトリコロールの3色で構成することです。
そして、この色の範囲を決して出ないようにして、
(靴とジュエリーは除きます)
そこにマリン・テイストのアイテムを加えます。
たとえば、ボーダー、ピーコート、アラン・ニット、デッキ・シューズ、セーラー・カラー、
水兵帽(船長さんがかぶるような帽子)などです。
それはほんの1点でも構いません。
けれども、厳格に色を絞ればマリン・ルックになります。
そして、全体のコーディネイトをする上で重要なのは、白をきかせること。
白い範囲があまりに小さいと、マリンにはなりません。
靴でもバッグでも帽子でもマフラーでも、白をきかせれば、それらしくなります。

一番簡単なのは、みんなが好きなボーダーのニットを取り入れることでしょう。
白と紺、あるいは白と赤のボーダーのニットを取り入れつつ、
全体の色数を絞る。
これだけで、立派なマリン・ルックです。

そして、この簡単なマリン・ルックですが、
実際、冬にやっている人は少数派です。
雑誌では見るけれども、本当にそういう格好をしている人は、ぐっと少ないと思います。
だからこそ、あえてするのが粋でおしゃれ、ということになるわけです。

確かに、世の中にはお金で解決できる問題がたくさんあります。
お金がたくさんあればそれで済むのに、と思うことも多々あるでしょう。
ファッションは、特にその傾向が強いです。
しかも、年々、その傾向は強まっています。

けれども、忘れないでください。
どんなにお金があったとしても、手に入れられないものもあるのです。
そして、お金で買えないものこそ、誰かに奪われることも、
劣化して捨てなくてはならなくなることもないのです。

ファッションは、そのための訓練をする場でもあります。
あえてお金で解決しない方法を選ぶことによって、
あなたの目に見えない口座に貯金がふえます。
その貯金の価値を、初めのころは気付かないでしょう。
けれども、数年たって過去を振り返ったとき、
ああ、あのときお金で解決しないでおいてよかったと思える日がきます。
それは誰にも奪えないもの、
誰にも真似できないもの、
欲しいと言われてもあげられないもの、
そして、あなたしか持っていないものです。

紺、白、赤をテーマカラ―としている方々は、今からどうやったら冬のマリンができるか、
考えてみてください。
それは、たとえば白いマフラーを付け足す、靴を白いスニーカーに変えるといったような、
簡単な方法かもしれません。
真冬の海岸線を散歩する、自分の姿が想像できたなら、
あなたのマリン・ルックもきっとうまくいくことでしょう。

追記:必ずしも紺色のアイテムを持っているとは限らないと思います。
その場合、紺を黒や濃い茶に変えてみても、変形マリン・ルックになります。
トリコロールがベストですが、そうでない場合、自分なりのマリン・ルックができないか、考えてみてください。

☆写真:「ベニスに死す」の ビョルン・アンドルセン。こんな姿を真冬に見たいわけよ。でも、こんな人はいません。



2012年10月15日月曜日

着回し

ワードローブの数をしぼり、少ない数で毎日のコーディネイトを考える上で、
着回し、すなわち、1つのアイテムをそのほかのアイテムとあわせて、
回して着ることは、必ず必要になります。

よく雑誌などで、「着回しアイテム」などといって、
ジャケットなり、スカートなりが紹介されていますが、
この前、そういった記事を見ていて、
そこには重大な欠落部分があることに気付きました。

これを読んでいらっしゃる皆さんも、
雑誌で「着回しアイテム」として紹介されているアイテムを購入したことがあるかもしれません。
しかし、それではたして、着回しできたでしょうか。
雑誌で紹介されているほど、うまくいかなかったのではないでしょうか。
それにはちゃんとした理由があります。

雑誌などで紹介されている「着回しアイテム」には、
それが着回しできるための条件があるのです。
そして大概、雑誌の記事において、その条件についてふれられていません。
その条件とは、
「ここで紹介しているワードローブ内において」、着回しが可能だということです。
つまり、雑誌で紹介されている、その組み合わせの中でのみ可能ということで、
それをほかへ持っていっても、可能かどうかはわからない、ということです。
これは、着回しをする上での絶対条件です。
この前提が欠けていたら、着回しはできません。

ワードローブは1つのチームです。
チーム全体で1つの働きをします。
ですので、ほかのチームのいかにも着回しできそうな、
万能選手がそのチームに入団したとしても、
チームの中での位置や立場がなければ、
使い物にはならないのです。
あちらのチームでは活躍していた、だけれども、こちらにきたら何の活躍もできなかった、
そういうことが着回しのアイテムについても言えるのです。

また、よく雑誌で紹介されている「着回しアイテム」は、
デザイン性の少ない、無難な感じのジャケットやパンツが多いですが、
だからといって、チームにふさわしくなければ、着回しはできません。
逆に、とても変わっているデザインの、あまり見たことがないようなジャケットだとしても、
それが、そのチームにふさわしければ、出番も多くなるのです。
それは、特異な才能の選手が、あるチームにおいて、大活躍するのと同じです。

そう考えると、着回しできるための条件は、以下のとおりとなります。
自分のテーマカラ―に合致していること、
自分のテイストに合致していること、
そのアイテムが好きなこと、
です。

最後の、「そのアイテムが好きなこと」は、一番重要な点です。
どんなに自分のカラーと合っていたとしても、
どんなに自分の好きなテイストと合っていたとしても、
どんなに雑誌でそのアイテムが推奨されていたとしても、
どんなにシンプルなデザインでも、
好きでなければ、それを週に何度か、着回してまで、着る気は起こりません。

皆さんも、自分が毎日選んでいる服をチェックしてみてください。
結局のところ、好きなものばかり着てはいませんか。
それが全体のコーディネイトから見たら、何かそぐわない点があったとしても、
また今日も同じものを着てしまう、
そんなことはないでしょうか。

好きには理由など、ないのです。
理屈では、それよりもいいジャケットがあるとわかっている、
それを着れば、何となくさまになる、
だけれども、やっぱりこのジャケットを選んでしまう。
理由はただ1つ、それが好きだから。
好きでないものを、着回しなどできません。

ファッションは、理屈をこえた世界です。
これが何となく格好よく見える、
これが何となく好き。
理由はない。
ただ好き、それだけです。

そして、その好きという感情は、どこからきたものでしょうか。
自分でもどうしてかわからない、だけれども、好き。
どうしてこんな変なものが好きなんだろう。
わからないけど、好き。
もっと違うものを好きになったほうがいいような気がするし、
みんなもそう言う。
だけれども、これが好きなの。
理由は、自分でもわからない。
いつもそんな調子ではないでしょうか。
自分の好きという感情を自分で選べたことなど、一度もなかったのではないでしょうか。

好きという感情は、自分で選んだり、決めたりしたものではないのです。
あなたより1つ上の世界の誰か、たとえば天使が、
あなたにそれを好きになるように、そそのかしているのです。
あなたは、キューピッドの矢に射られたごとく、
それを好きにならずにはいられません。
だから、自分では理由がわかりません。
だから、自分ではどうすることもできません。
好きという感情を、自分で選ぶことはできないのです。

これはほかの分野においても同じです。
とてもいいものでも、
どうしても好きになれないものがあります。
逆に、どうしようもないと思っても、
好きでたまらないものがあります。

何でも自分で決められると思っていたら、大間違いです。
私たち人間は、自分の「好き」という感情すら、自分で選べることができないのです。

あなたが毎日選ぶもの、そこには必ず「好き」という気持ちが必要です。
しかも、それは自分で選んだものではない。
自分で選んだものではない、その気持ちを自分自身に問うてみてください。
私はこれが本当に好きなの?
私はこれが本当は嫌いなの?
自分でもその理由はわかりません。
そのわからないものをわかろうとするところから、
自分の「好き」の追求が始まります。
そして、その「好き」の追求ができて、初めて「着回し」はできるようになります。

毎日毎日自分に問うてみる。
変化する自分の気持ちを追いかける。
理由もなく、ふいに、つき動かされるようにふれてみる。
それは、自分の「好き」を決めている、
上の存在の意向を知るための、永遠の訓練です。




2012年10月8日月曜日

若さと若づくりの境界線


「若さ」というものの価値に非常に重きが置かれている現代において、
洋服を着るという行為においても、「若さ」が要求されています。
若く見えることはいいことであり、
その反対に、年を取って見えることは、忌み嫌われます。
そして、「若さ」を追及し過ぎると、それは「若づくり」という名の、
非難すべき対象となり、これもまた、指さされ、冷笑される結果となります。

では、ファッションにおいて、「若さ」と「若づくり」の境界線とは、どこにあるのでしょうか。
まず、「若さ」ですが、単純に年齢が若いということ、
または、肉体や容姿が人々の想定する年齢より若く見えるということ、
そして、その肉体にふさわしいスタイルをしていること、
これらの行為を「若さ」と呼ぶでしょう。
そこには、何の作為もありません。
ただ、自分の肉体にふさわしい衣装をまとっただけです。

それに対して、「若づくり」とは、年齢が若くはないこと、
または、肉体が若くないにもかかわらず、
若い年齢、または肉体にふさわしい服装をすることを指します。
たとえば、よくあるのが、娘の服をそのまま着るお母さん。
高校生や大学生の娘の服を、それより20も、30も年が離れた女性が着ることは、
明らかに「若づくり」である行為です。
もう既にその人は、ティーンエイジャーではないのですから、
それを着るということには、何かちぐはぐな感じがつきまといます。
それはサイズだけの問題ではありません。
襟の大きさ、スカートの丈、色といったデザイン的なものから、
素材まで、ティーンエイジャーの肉体にはティーンエイジャーにふさわしいものがあります。
それを、その年よりずっと上の年代の人が着ると、
たとえサイズ的には何に問題がないとしても、やはりそれは無理があるのです。
肉体的には鍛えていて、10代と変わりなかったとしても、
肌の輝き、表情の陰影、選ぶ言葉、すべてが10代とは違うはずです。

「若さ」と「若づくり」の絶対的な違いは、
自分は若くない、と認識しているかどうかの差です。
年齢が若い人、または、肉体や容姿が若い人たちは、
自分のことを若くないなどとは、決して思わないものです。
それに対して、「若づくり」と言われる人たちは、
自分たちが若くない、そして若く見えたいという強い思いの裏返しとして、
自分たちとはベクトルが反対方向の「若さ」を持つ人々のための服を選ぶのです。
その、意識の差こそが、「若づくり」に見える原因です。

人々が冷笑するのは、その実際の服ではなく、
「若くないのに若く見せようとしてわざと若い人たちの選ぶ服を着ている」
という、その行為なのです。
若く見せようとして何をするつもりなの、
その欲望はどこに向かうの、という疑問が頭に浮かぶからです。

ここからは、私の考えです。
私は、ファッションには、年齢は全く関係がないと思っています。
そもそも、人の年齢を一律に同じように考えること自体がおかしいのです。
なぜなら、人の一生の長さは、みな違うからです。
100歳まで生きる人の50歳と、
50歳で死ぬ人の50歳では、意味が違います。
そして、それは決してみな同じではないのです。
生まれてからの年数だけが重要で、
その逆は見ようとしない年齢の数に多くの意味を与えるのは、
バランスを欠いた考え方だと思います。

そしてもう一つ。
「若さ」を追及した途端、すべての人は負けます。
なぜなら、人間は決して「若さ」に向かって歩いてはいかないからです。
「若さ」第一主義は、まず年齢が若い人に負け、
そして、自分の若かったころに負けます。
決してなれないものを目指したら、それはすべて負けであり、
永遠の自己否定です。

自分は若くない、若く見せなければと戦っている人の気持ちを、他人は読みとります。
自分で自分を否定した途端、他人もそれに賛成してくれます。
そうよ、あなたは若くないのよ、と。
若くないからこそ、そんな格好をするのでしょう、と。
そんなことを続けていても、おしゃれに見えるわけがありません。

いつでも今の自分が最高で、
自分の年齢を受け入れて、
自分を肯定した上での服選びをすれば、他人もそれは認めざるを得ません。
年齢を超越した、
自分自身への信頼があればこそ、その人はおしゃれに見えます。

ピナ・バウシュしかり、
フジ子・ヘミングしかり、
節子・クロソフスカ・ド・ローラしかり、
そして、晩年のオードリー・ヘップバーンだってそうです。
誰も「若さ」となど、戦っていません。

今の自分以外のものになろうとするのをやめて、
そのときの自分の最高のものを見せれば、
それだけでおしゃれな人になれるのです。
重要なのは、たったそれだけのことです。

自分以外のものになれというのは、社会からの脅迫です。
決してなれないものになれ、
それはファッション業界の合言葉です。
だけれども、そんな脅迫に負けてはいけません。
それを受け入れた途端、あなたは幸せから遠く離れます。
青い鳥も死にます。
時には、脅迫的な言葉を聞かないように、
耳をふさぎましょう。
この世界には、ノイズがあふれています。
あなたを自己否定に向かわせる周波数から、遠く離れるのです。
瀕死の青い鳥を救えるのは、あなた自身だけです。

☆写真:ユニセフの親善大使として活動するオードリー。画像はユニセフさんよりお借りしました。

2012年10月1日月曜日

ワンピース


誰だって、今日は何を着たらいいか、どうしても思いつかない日があります。
疲れてたり、急いでいたり、脱力していたり、
あるいは恋をしていたり(?)、
服のことなんか、思いつかない!
という日があることと、思います。

それでも何とか、クローゼットの前までいって、
何かをみつくろってみるけれど、
そういうときって、決まらないコーディネートしかできません。
そして、そのまま出かけてしまって、
少し冷静になって自分の姿をチェックすると、
何だかさまにならない組み合わせで来てしまったことにがっかりして、
1日じゅう、それが気になって、気になって仕方なくなってしまいます。
そういう日が年に何回かはあるはず。

そんなときの強い味方がワンピースです。
一番コーディネイトを考える必要がないアイテムは、ワンピースだと思います。
それはスーツやセットアップ以上です。
完璧なワンピースがあれば、コーディネイトを考える必要もないし、何より安心です。

もちろんワンピース単体で着られる日は限られていますし、
コーディネイトがいらないからといって、靴、バッグ、アクセサリーなどは何とかしなければいけません。
それでもなお、ワンピースには強い力があります。

服の歴史をさかのぼってみれば、どの地域においても、まずワンピース、
つまり1枚の布をまとうことが、衣服のはじまりです。
1枚の布を身につけるということは、着ることの根源であり、
衣服の基本中の基本なのです。
基本的なワンピース+装飾品というのが、長い間、装いの原型でした。
人間が、こんなに細かくいろいろなアイテムをそろえるようになったのは、
人間の長い服装の歴史からみたら、ごく最近のことです。
それまではずっとワンピースが主流でした。

ですから、まずは自分にぴったり合った、
そう、まるで自分のためにしつらえられたかのようなワンピースを選び、
似合う装飾品を決めておけば、
それは服の原型にそった、立派な装いであり、
まさにどこに行っても恥ずかしくない、正式なスタイルになります。

そしてもう一つ大事な点。
今のところ、ワンピースは、女子しか着ません。
いくらジェンダーをこえたファッションが出てきても、
いまだ、ワンピース(ドレスという意味で)を着た男性は、街を歩いてはいません。
女装の人を除いては。
そう、まさに女装。
ワンピースを着ること、それは女になることです。
女らしさを表現するのに、これ以上のものはありません。

ワンピースは、すべての女性のためのレスキュー・アイテムです。
何を着るか困ったとき、
疲れてしまったとき、
どうしていいかわからなくなったとき、
いやされたいとき、
助けてほしいとき、
あなたにぴったりのワンピースがあれば、
これほど心強いことはありません。

まずは自分のサイズにぴったりの、
そして着て心地よく、
見て美しく、
歩いて軽やかな、
あたかも女神になれるような、そんなワンピースを探しましょう。
そして、女神にふさわしい装飾品も、一緒に用意しておきましょう。
どんなときでも大丈夫と思えるような、
誰にも文句は言わせないわと思えるような、
そんな最強のワンピースを、少なくとも1枚は持ちましょう。

嵐がきても、雪が降っても、
疲れてもう一歩も歩けないと思っても、
哀しみで胸が張り裂けそうでも、
私たちは、休まず服を着続けなければなりません。
心が疲れて、先のことが考えられないとき、
あのワンピースさえ着ておけば、何とかなると思えることが、
あなたを救うかもしれません。
ばらばらのアイテムを、パズルのように、どのように組み合わせるか、
それについて考えることも重要ですが、
時には、そんなことは放棄して、楽な道を選びましょう。

楽な道を選んだとしても、
すてきなワンピース姿なら、けちをつける人は誰もいないでしょう。

衣服の服と、薬をのむときの服用の服とは、同じ意味です。
服はかつて、薬でした。
そう、きっと、ワンピースは、私たちのレスキュー・レメディです。

☆写真:ポール・スチュアートのノーブルなワンピース。トレンチコート、革のジャケット、ウールのロングコート、テイラードジャケット、ニットカーディガンなど、いろいろなものと合わせることが可能。
もちろん小物を変えればカジュアルにも、フォーマルにも対応できます。
気品のあるデザインなので、どこへ着ていっても、気おくれすることがありません。






2012年9月24日月曜日

カラーブロックと色のトーンについて


ここ最近、カラーブロックと呼ばれている、
2色構成のアイテムがいろいろ売られています。
スカート、ワンピース、コート、いろいろありますが、
最も多いのがニットでしょう。
特徴は単に2色を使うのではなく、どこかにラインが入って、
そこからぱっきり色が変わるということです。
ですから、今まであったような、
たとえば、黒いドレスで、襟と袖口だけが白、というようなものは、カラーブロックとは呼ばれていません。
あくまで色のブロックで構成されているアイテムをカラーブロックと呼んでいます。

大体のものは、シンプルな形に大胆なカラーブロックというデザインで、
今まであまり、こういうタイプのものはなかったことから、
市場にもたくさん出回るでしょうし、取り入れやすいアイテムではないかと思います。

では、このカラーブロック、どのように着こなせばよいでしょうか。
まず基本は、全体のコーディネイトを2色以内におさえるスタイル。
たとえば、紺とベージュのカラーブロックだったら、アクセサリーのゴールドやシルバーを除いて、
すべてこの2色以内で構成します。
コレクションなどで提案されているスタイルには、このやり方が多いです。
色見を最小限に抑えることによって、
シンプルなデザインでも、モードっぽく見えます。

次のスタイルは、3色以内に色をおさえるスタイル。
これがごく一般的でやりやすいスタイルではないかと思います。
鞄、靴、小物含めて、3色以内に抑えます。
いわゆる3色ルールの適用です。
この場合も、貴金属のシルバーとゴールドは除いても構いません。

さて、最後は上級者のためのスタイルです。
つまり、2色でもなく、3色でもなく、多色使いです。
もし、カラーブロックのニットなりワンピースなりを、3色以上のコーディネイトに落とし込むにはどうしたらよいか。
その答えは、使う色全体のトーンをそろえることです。
一般的にトーンは以下のようにわかれています。
ペール(うすい)
ライト(浅い)
ブライト(明るい)
ヴィヴィッド(鮮やか)
ライトグレイッシュ(明るい灰色がかった)
ソフト(やわらかい)
ストロング(強い)
ダル(鈍い)
ディープ(濃い)
グレイッシュ(灰色がかった)
ダーク(暗い)
ダークグレイッシュ(暗い灰色がかった)
(詳しく知りたい方はネットや、色見本帳などを調べてみてください)

もし、全体のコーディネイトを多色使いで構成したいなら、
すべての色のトーンを同じにすると、きれいにまとまります。
これは何もカラーブロックのアイテムを着るときだけに通用するものではなく、
ほかのどんなものの多色使いでも同じです。
柄物でもチェックでも、多色を使いたいなら、トーンを合わせると、
おしゃれに見えます。

しかし、これはとても難しいのです。
なぜなら、トーンがぴったり合わせられるのは、
同じブランドの同じシーズンのものぐらいであり、
ほかのものは全くばらばらだからです。
去年のもの、今年のもの、こちらのブランドのもの、あちらのブランドのもの、
同じブルー一つとってみても、すべてトーンが違います。
年代も違う、いろいろなブランドで、すべて同じトーンでワードローブをそろえるというのは、
至難の業です。
その結果、同ブランドの同シーズンもの以外で多色使いをしようとすると、
色のトーンが違ってしまい、印象が散漫になります。
それはごちゃごちゃしたイメージで、色のハーモニーがありません。
落ち着きない感じがして、美しさからは遠ざかります。
結果的に、おしゃれには見えなくなります。

黒ばかりの服が流行した時代、
色に対する感性はかなり落ちたと思います。
黒だけは、トーンの外側の色です。
もちろん黒も一色ではなく、
墨色のような黒とか、漆黒の黒など、あるわけですが、
ヴィヴィッドな黒やグレイッシュな黒はないのです。黒は黒でまとめれば事足りました。

今また、色に対する感性が問われています。
さぼった分、勉強しなおさなければなりません。
黒ばかり着ていた人が、
色ものを選んだ途端、全くおしゃれに見えなくなった例を何人も見ました。
黒ばかり選んでいる間に、
色を選ぶ眼力が落ちたのです。
いつまでも白黒映画を見ているような、そんな世界に、
いきなり鮮やかな色があらわれても、それにはついていけません。

服ばかり見ていたら、色の勉強にはなりません。
優れた美術やデザインを見て回るのもいいでしょう。
しかし、最も多彩で完璧な色合いをしているのは、自然界です。
自然ほど、完璧なトーンで構成された世界はないのです。

これから、多色使いのスタイルがどんどん提案されていくことと思います。
それに追いつくためにも、今からでも遅くはないので、
色について学びましょう。
色についての理解を深めれば深めるほど、
あなた自身の住む世界の色も多彩になります。

今までは虹を3色でしか認識しない世界に住んでいました。
しかし、これからははっきり7色に見えるよう、目を鍛えましょう。
虹がはっきり7色に見えるようになれば、
虹のふもとにあると言われている黄金の壺が見つかるでしょう。
それは、あなたが世界にどれだけの色を発見するか、
その一点だけにかかっています。
虹の向こうにいかなくても、
あなたの世界は色づいて、かがやき始めるでしょう。

☆写真:Garnet Hillのカタログより、カラーブロックのニット。







2012年9月17日月曜日

ダウンコート、ダウンジャケット

スポーツ・ウエアから始まったダウンジャケットやダウンコートは、
小さな子どもからお年寄りまで、幅広い年代が着用するアイテムとなりました。
まず第一に暖かい、そして軽いというのが、これだけ広がった原因だと思います。
どんなに分厚いウールのコートを着ても実現することのなかった暖かさが、
ダウンを着ることにより、簡単に手に入れることができました。

最初にダウンジャケットをモードに進化させたのは、
私の記憶するところによると、90年代のヨウジ・ヤマモトだと思います。
ウールギャバで作られた、
その彫刻的なダウンジャケットは、今までのスポーツウエアのダウンジャケットの概念を覆すような、
そして、確かにそれまでは存在しなかった、新しいモードでした。
なぜそのことをはっきり覚えているかというと、
私の友達が、その紺色のウールギャバのダウンジャケットを、大枚はたいて買ったからです。
(もちろん、彼女のお給料の半分以上の額でした!)

90年代、いきなりモードの世界にあらわれたダウンジャケットでしたが、
なかなかその追随はあらわれませんでした。
そのため、多くの人は、モードの側に近づいたスポーツウエアとしてのダウンジャケットを着始めたと思います。
それから20年近くたって、やっと最近、おしゃれとしてのダウンジャケットやコートが出てくるようになりました。

しかし、それでもダウンジャケットやダウンコートをおしゃれに着るのは難しいです。
その一番の理由は、あのボリューム感。
まず、やせて見える、などということはありません。
また、コートの場合、ボリュームはすそのほうまで続くので、全体のバランスがとてもとりにくい。
ちょっと失敗すると、寝袋を着て歩いているようになってしまいます。
そしてもう一つの点は、誰もが似てしまうということ。
黒い腰下までのダウンジャケットなど、後ろ姿は男も女も変わりません。
では、どうしたらよいでしょうか。

私も、冬になり、街に出ると、
誰か素敵なダウンコートやダウンジャケットを着ていないかなと、
周りをチェックしながら歩くのですが、なかなか、これはというデザインのものに出会ったことがありません。
もともと、優れたデザインのダウンコートもジャケットもとても少ないのです。
けれども、あの軽さと暖かさは、一度知ってしまったら、手放せない。
そこで考えたのは、以下のとおりです。

まず最初に、優先順位を決めましょう。
防寒なのか、おしゃれ着なのか。
まず、防寒のためと割り切ったら、おしゃれには目をつぶる。
あたり一面の雪の中やスキー場、
誰もいない真夜中の街のようなところで、
おしゃれを最優先させることはありませんから、
その場合は、防寒第一に考えて、ダウンジャケットやコートを選ぶ。
そして、「暖かさ」が第一と決めたなら、その点は妥協しない。
そんなふうにして選ぶといいと思います。

次に、ダウンだけど、おしゃれに見えるためと決めたなら、
多少の機能性はあきらめる。
この丈だと、背中がちょっと寒いとか、ダウンの量が少ないとか、
おしゃれに見せるために、いろいろ欠点が出てきます。
けれども、「おしゃれに見せる」を最優先させるなら、そこはこだわらない。
この2つをどちらも望むと、結局、中途半端なものを買うことになってしまいます。

ダウンジャケットやコートをおしゃれに見せるために、まず気をつけるべきことは、
自分の身長とのバランスです。
日本の既製服の設定身長は163センチぐらいだと思います。
しかし、多くのダウンコートは、163センチの人がヒールの靴をはいて、初めてよいバランスがとれるようにデザインされているように思います。
そうなると、それより小さい身長で、フラットの靴をはくとなると、
もうそれだけでバランスは崩れます。
まず、試着するときは、冬用の靴とコートのバランスをチェックしましょう。
そのとき、下のほうにボリュームが出て、
何となく重たく感じるものは、あまりおしゃれには見えません。
いくらコートが軽くても、それだけで太って、重たそうに見えます。
特に、背の低い方は注意です。

また、ダウンジャケットやコートは、そのデザインをステッチをかけることで表現しています。
ステッチの入れ方によって、印象を変えているのです。
ステッチを入れることによって、ウエストを高くし、しぼることにより、
全体でAラインのシルエットを作っているものもあります。
そういったステッチの入っているものは、全体的にすっきり見えますし、
バランスもとりやすいでしょう。
ステッチがない場合でも、ウエストにベルトがついているものもあります。
ベルトつきダウンも、ボリュームを減らしますので、こちらもお勧めです。

最後に素材ですが、おしゃれ用として着るなら、
表地の素材の光り方にも注意してください。
サテンのような美しい輝きならよいですが、
ビニールのようだと、安っぽく見えます。
光り過ぎない適度な光沢のものを選びましょう。
その中でも、ウール素材(またはウールに似せたものなど)は、ダウンの中でも、都会的でおしゃれに見えるものです。
自分の身長にぴったり合うものが見つかったら、そちらを買うとよいでしょう。
割合、どこに着ていってもおかしくない、ウールのコートに劣らない品があるアウターだと思います。

着こなしですが、ダウンのボリュームが大きいほど、そのほかのインナーやボトムはコンパクトにしましょう。
逆に、ダウンベストや小さめのジャケットだったら、ボトムにボリュームスカートを持ってくることもできます。
とにかく、全体で一定のボリューム以上は作らないようにすること。
ある限度をこえると、とたんに太ってみえるので、注意してください。

実際のところ、ダウンジャケットやコートは、まだ発展する余地があると思います。
シルエットが大きいものに変化していくこの時期から、
デザインのバリエーションも広がっていくことでしょう。
まだまだ過渡期なので、今は練習段階です。
そしてもう少しデザインが洗練されていったら、それこそイブニングにもふさわしいような、
ゴージャスなダウンコートがあらわれるのではないかと思います。

軽さ、暖かさ、快適さ、
これらは人をリラックスさせます。
自分にぴったりのバランス、ボリューム、素材感のダウンが手に入ったら、
そのリラックス感も手に入れられるのです。
重いコートを引きずって、冷たいアスファルトの上を、
ぎりぎりの体力で、歯を食いしばって歩く時代は終了しました。
無理をすることがファッションだと教えられてきましたが、
きっと、そうではない道があるのです。

深夜近くの満員電車、
蛍光灯の光に照らされた、疲れ切った顔が正面の窓ガラスに写っていました。
そこには、リラックスなど、ありませんでした。
そうでないといけないと信じこまされてきたけれど、本当はそうでなかったのです。
太陽の下、明るい顔で、冬の冷たさなど、あたかもないかのように、
重いコートの重圧から解放されて、
軽やかに冬の街を歩きましょう。
ダウンコート、ダウンジャケットは、そんなときにうってつけのアウターです。