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2024年9月19日木曜日

似合う服がないと感じるなら

 私は当初より、似合う似合わない論争は不毛だからしない、と言っています。
理由は、最終的に日本人は洋服が似合わない、に落ち着くからです。
誰もが時代劇の中で、子どもからお年寄りまでが着物を着ているのを見て、
ああ、この子供は着物が似合う、ああ、あのおばあさんは着物が似合わない、
などと思わないでしょう。
日本の気候風土、靴を脱ぐ生活様式から考えても、
いまだ、日本人にぴったり似合うのは着物なのです。

しかし服は、似合う似合わないにかかわらず、着なければいけないもの。
だから、似合わないにまっすぐ向かっていくしかない、不毛な論争をする必要はありません。

それでも、他人がどう思うかは別にして、
自分で似合うと思える服に出会いたい、探していると言うのなら、
たぶんそれは、行動の方向性が間違っています。
今の「服が似合わない」と感じる自分のままで、
どこかへ似合う服がありませんか、と探し続ける旅に出ても、
似合う服は見つからないでしょう。
それはを探すヒントは、
まるであの「青い鳥」のように、自分の家の中にあります。
自分の家、すなわち自分の肉体がヒントです。
似合う服がないと感じるのなら、
それはあなたの普段からの姿勢と身のこなし方が、洋服に合っていないのです。

それは着物でも同じです。
洋服を着たときと同じ歩き方、同じふるまいで着物で行動してみたら、
着物は似合いません。
着物のときは内またで小幅、腕も挙げすぎないなど、
着るものに合うような姿勢とふるまいをすることによって、
よりいっそう着物はその人に似合うものとなります。

洋服も同じです。
端的に言うと、姿勢がよくないと、洋服は似合いません。

現在、以前にもまして姿勢が悪い、いわゆる猫背の人がふえました。
電車で座っている人たちをながめてみると、
皆、前かがみでスマホの画面をみつめています。
子どもは子供で、重たいランドセルやリュックのために、
身体が前方に倒れた姿勢で歩いています。
周囲が姿勢の悪い人ばかりなので、なかなか気づきにくいとは思います。
もし見る機会があれば、
洋服を着る文化の国から来た観光客を観察してみてください。

少し前、私もJR藤沢駅の改札前で立っていた、
非常に洋服が似合う黒人女性を見たことがあります。
着ていたのはネイビーのスーツ、インナーはたぶんTシャツ。

彼女は大勢の中、ただ立っているだけでした。
服それ自体が特に高級なものではなく、ごく普通のスーツです。
しかしその立ち姿の美しさが、彼女を周囲から抜きんでておしゃれな人に見せていました。

日本のふつうの教育を受けてきた人は、
立ち方、歩き方、そして発声の仕方など、
習う授業はありません。
それは演劇やダンスを習う人以外、なかなか教えてもらう機会はないものです。
ですから皆、自己流に立って、自己流に歩いています。
自己流でしかも猫背のまま、何も意識しないでいたら、
いつまでたっても洋服が似合う姿勢にはなりません。

洋服は、体型はカバーできますが、
その人の姿勢までは修正できません。
それは、帯を締めることによってある程度、姿勢を修正する着物とは大きく違います。

まずは自分の普段の姿勢がどのようになっているのか確認しましょう。
ミラーやショーウィンドウに写る自分の歩く姿を都度チェックしてください。

正しい姿勢がわからない、あるいは自分で修正の方法がわからない場合は、
仕方がありません。
習いに行きましょう。
多くはありませんが、洋服に合う歩き方、身のこなし方を教えてくれる場所はいくつかあります。

スマホとパソコンのせいで、
日本に住む人々の姿勢は年々悪くなってきました。
また、年をとると姿勢も悪くなっていきます。

姿勢が悪いうちは、
どこへ行っても自分が納得する似合う服は見つけられないでしょう。
 あなたが思う「似合う服」に出会うために必要なのは、
家に帰って、「青い鳥」である自分の身体の姿勢を正すことです。

痩せている、太っているといった体型の問題ではありません。
似合う服を探すのではなく、
服に似合う自分になること、
それが似合う服を見つけるための一番の早道で、かつ唯一の道です。

 

2024年9月10日火曜日

モデル体型など、目指す必要なし

最近、日本の、特に通販用の広告用写真に出てくる女性モデルたち、
アメリカやヨーロッパのモデルの基準から考えても、痩せすぎています。

一次情報に接していたいので、
コレクションやVOGUEやFIGAROのインスタグラムばかり追いかけていて気付きませんでしたが、
ちょっと通販サイトをのぞいてみたら、
驚くほど痩せたモデルが、ふわっとしたシャツやドレスを着ていて驚きました。

90年代に流行った痩せすぎモデルは、当時問題になり、
フランスでは痩せすぎモデルの起用を禁止する法律が2017年にできています。
参照記事はこちら

その法律によると、BMI(体格指数)が低すぎるモデルの起用を禁止しています。
ただ、具体的な数値は決められていません。

そのため世界保健機構が示したガイドラインである
「BMIが18.5以上25.0未満を標準体重」
が基準であると考えられています。

この基準によると、例えば、
155センチの女性は44.4キロ以上、
160センチの女性の47.4キロ以上、
165センチの女性は50.4キロ以上であることが必要です。

日本の通販の広告写真に使われているモデルを見た感じでは、
165センチで50キロ以下であろうモデルが大半です。

欧米のファッション誌にも、コレクションにも、
痩せすぎたモデルは一切出てきません。
日本の痩せすぎモデルの多用は不健全だと言わざるを得ません。

海外のコレクションに出るようなモデルたちは肉体を鍛えている人がほとんどなので、
筋肉質の身体をしています。
となると、体重もそこそこあるはずです。
日本の、運動をしていなさそうな、ひ弱なモデル、
ひいては「痩せすぎが美しい」と感じさせる広告の多さは異常です。

こちらは、このモデルたちの痩せすぎは異常だと認識する必要があります。
決して、このモデル並みに痩せようなどと思ってはいけません。

もちろん中には体質的、あるいは病気のために痩せている人もいます。
(私も小さいころから痩せ体質です)
そういう人たちは、この範囲ではありません。

毎日、何回も、この痩せすぎモデルのイメージを眼に焼けつけると、
自分の感覚が狂ってきます。
ですから、通販の広告のための痩せすぎモデルが写る写真を見すぎないように注意してください。
おしゃれなもの、ファッショナブルなものを見たいのなら、
VOGUEやELLEなど、海外のインスタグラムのヴィジュアルを見てください。
海外には韓国やインドその他、アジア諸国も含まれます。
そちらで目をならしてから、日本の通販の広告写真を見れば、
その異常な痩せ具合に気付くでしょう。

世界の流れは、「ボディポジティブ」といって、
自分の身体をありのままに愛そう、というものです。
そのため、コレクションでさえ、オーバーサイズのモデルを多数起用しています。
もちろん、病気の心配があるほどの太り過ぎはいけませんが、
それ以外の人は、これら女性服を売っている通販会社が送ってくるメッセージ、
つまり「痩せすぎであることがこの服を着ることの条件」を
受け入れないでください。

それは見えないけれども、精神の毒です。
後々あなたはその毒に破壊されます。

無理なダイエットをして身を亡ぼすのは自分自身。
将来何かしらの病気になったとしても、
他人は責任をとってくれません。

「ボディポジティブ」を発信している媒体に多く触れ、目に記憶させて、
自分の価値をおとしめ、自信をくじくような、
そんな広告媒体からは距離を置き、
徐々に心の中に侵入させないように注意しましょう。
だまされてはいけません。

 

2024年8月21日水曜日

今、有毒な服や靴が売られている

 残念ながら、世界には、有害物質が含まれている服や靴が売られています。
そのほとんどは、信じられないような低価格で売られているものです。
検出されているのは、フタル酸エステル、ホルムアルデヒド、鉛等です。
(参照の記事はこちらこちら

例えば日本で販売している、特に老舗のメーカーは全日本婦人子供服工業組合連合会に加盟しています。
この協会は「製品安全確保と品質向上事業の促進」を目的の一つとしており、
着用することによって人体に悪影響を及ぼすような素材は、
衣服として使用しないよう指導しています。
このため、多くの日本メーカーの衣服から、上記のような有害物質が検出されることはありません。

しかし、海外から、それも個人で輸入する衣料について、
それが着用において安全かどうかはわかりません。
もちろん海外のブランド、メーカーがすべて疑わしいわけではありません。
疑わしいのは、どういう原材料で、どこで作って、
どんな流通経路で作ったらそれほどの低価格になるのか、
全く想像できないような衣料を売っているECサイトで売られているものでしょう。

安いのには理由があります。
安全でないもの、違法な方法や労働など、
何らかの形でコストが削られています。
しかし、削られたコストは犠牲という形で消費者と労働者にかえってきます。

これら有害物質は発がん性物質が含まれているものもあります。
安さと引き換えに、健康を失うかもしれません。
そして、それは着る人のみならず、それを作っている人も同じです。

安いものをたくさん買って着ることの代償は大きいのです。
目には見えなくても、いつかその見返りを受け取る日が来るでしょう。

着る人、作る人、そして地球環境にとって最も有害な服、靴、バッグを
買わないでください。
「ファッション」の名のもとに、毒をまき散らすのは許されない行為です。
誰かが「これはいい」とインスタグラムであおっても、その誘惑に負けないで。

がんや鉛中毒になってからでは遅いのです。

 




2024年8月15日木曜日

多ければ多いほど、おしゃれから遠ざかる

 「認知的過負荷」という言葉を知っていますか。
これは、シーナ・アイエンガ―が「いちごジャムの実験」により発見した脳の状態です。

「いちごジャムの実験」とは、
6種類のジャムを置く売り場、24種類のジャムを置く売り場、
両方作ったら、どちらのほうが実際にジャムが売れるのか、という実験です。
この実験によると、6種類のジャムが置かれている売り場のジャムのほうがよく売れるという結果になりました。
このことからわかるのは、「多すぎる選択肢は、やる気をそぐ」ということです。
人は、選択肢を与えすぎると選べなくなります。
そればかりでなく、選択肢が多ければ多いほど、クリエイティブな作業の出来栄えも悪くなるそうです。
※参照「最高の発想」を生む方法 シーナ・アイエンガ― 櫻井祐子訳 ニューズピックス

この「認知的過負荷」、服選びの際にも起こります。
ワードローブの中の枚数が多ければ多いほど、
そしてバッグや靴が多ければ多いほど、
私たちは選ぶことが難しくなります。
そればかりではなく、その多い中から選択し、
最高に素敵なコーディネートについて考える気力も失います。

それは、ネットフリックスやAmazonプライムのラインナップの中から
今日見る1本を選び出すのが難しいばかりでなく、見るのさえやめてしまう、
あの誰もが知っているあの感じと同じです。

「多ければ多いほどおしゃれになれる」ということはありません。
逆に、「多ければ多いほど、おしゃれから遠ざかる」のです。

では、どれぐらいのアイテム数であれば、
私たちは正気を保ち、やる気を維持しつつ、
素敵な組み合わせを考えることができるのでしょうか。

同じ著書の中で著者は、心理学者のジョージ・ミラーの研究によって明らかにされた、
「7個プラスマイナス2個」であると言っています。

この7という数は、七不思議、七大陸、七色の虹、そして1週間の7日など、
何かと使われる数字です。
これは単なる偶然ではなく、7までなら人間が認識しやすいことの所以です。

私は、心理学の実験をしたわけではありませんが、
感覚的に、1週間が人間のハンドルできる枚数であると感じていました。
そのため、これまでも季節ごとに、1週間分のワードローブができてればよい、
と説明してきました。

それ以上が過剰なのは、たとえそれがあったとしても、私たちはその過剰分を適切には扱えないからです。
多くの人が全体のワードローブの2割から3割しか稼働していないのも、
これが原因です。

もちろん個人差はありますから、人によっては5,あるいは9の場合もあるでしょう。
しかしせいぜいその程度です。
なぜなら私たちは皆、人間であり、脳の機能は似たり寄ったりだからです。

あまりにたくさんのものから選択することが、
私たちにはできません。
日々のレベルだけではなく、たまに行くお買い物のときも同じです。
余りに膨大な似たようなものが並ぶ売り場は、
私たちの脳の負荷をかけるだけ。
負荷がかかった脳では、自分の欲しいものがわからなくなるでしょう。

多ければ多いほど、私たちは道に迷います。
あなたがもし迷子だとするならば、
それはただ単に、多すぎて選択できないだけかもしれません。

1シーズン、1アイテムにつき7枚まで。
これで十分に回せます。

あらゆる側面において、多ければ多いほど選べない、そしてやる気もなくなる、
「認知的過負荷」という現象について覚えておいてください。
たくさんあるのにおしゃれにならないのは、
それを見た瞬間、あなたの脳がバグを起こして、
間違った選択をしてしまうからです。
原因がわかったなら、その原因を取り除きましょう。
つまり、ワードローブ全体数を減らしましょう。

 


2024年7月22日月曜日

おしゃれになるために必要な力、修正力

「自分の目、他人の目」の投稿で、
「役者の視点を持てるようになろう」と書きました。
自分を高い視点から客観的に見る能力です。
メタ認知と似ていますが、役者の場合、自分だけではなく、
客席についても認識する必要があります。

自分の演技と観客の反応、これを同時に認識できるようになったら、
次に必要なのは修正です。
演技ならいい演技のために修正する、
演奏ならいい演奏のため、
作品なら、いい作品を作るための修正です。

そこで必要なのは修正する力になります。

それぞれの分野でそれぞれ必要な修正力が必要になりますが、
その力をつけるために共通して必要なのは、
「いい」とされる基準を知ることです。
いい演技なら「いい演技」とされるものを見る、
いい演奏なら「いい演奏」とされるものを聞く、
いい作品なら「いい作品」とされるものを見たり、読んだり、聞いたりする、です。

では、おしゃれやファッションの場合はどうでしょうか。
これもまた同じです。
いいものを見る、いいものをさわる、いいものを着る、
いいものとは、いいデザイン、いいパターン、いい素材、いい縫製です。
この要素を持っているものに繰り返し接して、五感に記憶することで修正する力がついていきます。

ただし、おしゃれやファッションに関してはもう一つ付け加えなければならないものがあります。
それがトレンドです。
トレンドは若く、都会生活者であるほど影響を受けます。
影響を受けるということは、トレンド感があるほうが素敵に見える、ということです。
年をとればとるほど、田舎に近づけば近づくほど、
トレンドは遠ざかりますので、それほど必要ありません。
自分をどこに設定するのかは、その人の状況と環境によります。

さて、ではまだまだ若く、あるいは都会生活者である場合、
どのようにしてトレンドを知ればいいでしょうか。
それが「定点観測」です。

ファッションやおしゃれにおける定点観測は、
決めたブランド、あるいは店舗を観察し続け、
どのように変化していくか、流れ(トレンド)を把握することを意味します。
ひとつのものをいつも見続けることによって、
おのずと変化がわかるようになります。
その変化とは、シルエットと色、そしてスタイリングの変化です。
今だったら、インスタグラムやYouTubeを利用すれば簡単です。
好きなブランドがあったら、コレクションをチェックする、
インスタをフォローするなどすればいいでしょう。

(※注 インフルエンサーやスタイリストは除外します。
トレンドの発信元である作り手が基本です)

ファッションとおしゃれのための修正力は、
いいものにふれること、そして定点観測によってトレンドを把握することによって
可能となります。

役者の視点と修正力、
この二つがあれば、他人に頼らずとも、自分でよい方向に修正することができます。
そしてこのことはつまり、おしゃれの力がつく、
畢竟、おしゃれに見えるようになる、ということです。

この二つが身についていなかったら、
いくら自分の持っている服を次々捨てたところで
おしゃれに見えるようにはなりません。

洋服を着る、それは毎日のルーチンです。
だからこそ、自分でできるようになる必要があります。

必要なのは自分の実力をつけ、判断できるようになることです。
嘘つきがたくさんいるファッションの世界でだまされないためにも、
それは必要なことなのです。





2024年7月18日木曜日

自分を喜ばすためにおしゃれしよう

何のためにおしゃれをするのかは、
人それぞれだと思います。
中には自分以外の誰かを喜ばせるためという方もいるでしょう。
自分以外の誰かを喜ばせることが、
その人にとっての喜びなのかもしれません。

しかし、いずれそれは不毛な試みであると気づくでしょう。
自分以外の誰かすべてが喜ぶおしゃれなど、この世には存在しないのです。

どんなにおしゃれをしたところで、その姿をを見たことにより促される感情は、
それぞれ違うのです。
おしゃれであるがゆえに、気分を害する人もいるかもしれません。
おしゃれをすることが必ずしも他人を喜ばせたり、気に入られたりする要因ではないということは、各種校則や、ファッションポリスの謎規制を見ればわかるでしょう。

他人の感情を完全にコントロールすることは不可能です。
そのため、その試みはいずれかの時点で失敗する運命でしかないのです。

であるならばこそ、
自分を喜ばせるためにおしゃれをしてはどうでしょうか。
自分がいいと思うもの、好きだと感じること、着ると喜びが溢れる、
そんなものを身に着ける。
他人がどう思うか気になるのなら、
自分の家の中だけでそれを楽しむ。
それで自分が喜ぶのなら、それでいいのではないでしょうか。

他人の評価を求めたり、
褒めてもらおうとしたりして努力しても、
がっかりすることになるでしょう。
自分以外の他人がすべて同じ意見、同じ感想を持つことはありません。

他人の気分ではなく、自分の気分をよくするために
おしゃれを使うほうがよほど意味のあることだと思うのです。
なぜなら自分の気分をよくすることは、自分の幸せにつながることだから。
人生の究極の目的は幸せでいることでしょう?

自分を喜ばすために必要なのは、
自分がどうしたら気分がよくなるか、
自分が何が好きで、何を着たら喜ぶのか、
それを知ることです。

もしかしてそれは他人から見たら、ちっともおしゃれではないかもしれません。
けれども、他人はあなたの感情にも幸せにも責任をとってはくれません。

他人の意見ばかり重視して、
顔色をうかがう人生を長く続けると、
自分の好きを忘れてしまいます。
そうであるならば、また最初からやり直しです。
自分の好きを見つける旅に出ればいい。

誰かに見せてもおしゃれとは思われないかもしれない、
だけれどもそれを着ると自分が喜びにあふれるもの。
そんなものをワードローブに1枚か2枚、加えてください。

それは全く実用的でないかもしれません。
洗濯ができなかったり、着ていく場所もないかもしれません。
それでもそれを見たり、触ったり、着たりしたら、
自分が喜ぶのであるならば、それはあなたにとって必要なものです。

他人を喜ばすためのだけでも、
実用的な必要な衣服だけでも、
きっと幸せにはなれません。

自分を喜ばせる力を持っているのは自分だけです。
自分の人生を他人に明け渡さないためにも、
その力を発揮しましょう。


2024年7月2日火曜日

自分の目? 他人の目?

 自分はこれを着たい。
でも他人の目が気になる。
変に思われるかもしれない。
でも大好きだから着たい。
自分の気持ち、他人の気持ち、どちらを優先すればいいの?
そう思うときがあるかもしれません。

特に昨今、ファッションポリスがネット界隈を跋扈しています。
ほとんどは匿名です。
相手は誰だかわかりません。
(もちろんときたまわかる人もいます)

では、その誰だかわからない匿名の、
あるいはわかったとしても、どこで勉強したのか、働いたのかわからない人の
言うことを唯々諾々と聞けばいいのでしょうか。

前にも書いたとおり、
幾ら、唯々諾々ちゃんになったとしても、
言った相手は、あなたの行動に対して責任をとってはくれません。
言うとおりにした結果、楽しい機会を奪われたり、
悔しい思いをするかもしれません。

ではどうしたらいいのか。
答えは、「役者の視点を持つ」です。

自分に埋没しすぎても、相手に没入しすぎても、
どちらも正常に判断はできません。
自分からも相手からも引き離して、
中心を自分と相手の間に置きます。
そして、周囲の人々(観客)の視線を感じつつ、
自分も冷静に観察する、役者の視点を持つのです。

役者は、観客の視線を意識しつつ
自分の演技をコントロールします。
自分のことだけ考えて、自分のセリフを言うのだけに一生懸命なだけでは、
その演技は観客には伝わりません。
必要なのは、その中間の視点から眺められる自分です。

役者でなかったら、確かにすぐ簡単にでくるものではないでしょう。
しかし練習すれば、誰にでもできるようになります。

それができるようになったら考えます。
この条件、この登場人物、このシーンの中で、
この衣装は演者である自分にふさわしいものだろうかと。

そうして考えて答えを導き出しましょう。
観客の言うことだけを聞いていたら、あなたの芝居は壊れます。
自分のことしか見えなかったら、あなたの言いたいことは伝わりません。

そこで答えが出たなら、それを実践すればいいでしょう。
それでだめだなと思ったら、次回は修正すればいい。

ロックTシャツを着たいのなら、
それを着る自分を、相手と自分のあいだからながめてみて、
ふさわしいならそれを選ぶ。
何か変だなと思ったら、次回から修正を加える。

大事なのは自分で決めること。
自分で決めたことなら、責任もとれるし、改善もできます。
何より自分自身、満足しますし、自尊心も高まります。

自分の着るものは自分で決める。
失敗を繰り返して、修正を加えながら、
本当の自分に近づいていく。
その一歩一歩の積み重ねが、
その人を素敵な大人にするのです。